第百十一話 後輩の過去を遡る件
「これは俺が聞いた話だが、少し過去から遡って話をしていくね」
若井監督の言葉を聞きながら、守と瑞穂は少しずつ駄覇の回想をイメージしていった。
――時は去年のシニア全国大会決勝戦。
「優勝は西東京シニアです!! エース駄覇君、決勝戦の舞台で完封ピッチング!! バッティングでも三安打二打点の大活躍です!!!」
――試合後、選手様のドアから駄覇を含む沢山の選手が出てきた。
「駄覇君! 今日もお疲れ様! 是非西京の一員に!」
「駄覇君! ウチも特待生で対応します!」
チーム用のバスに乗り込むまでの距離で、駄覇には高校野球のスカウトが声をかけてきた。ただその数は年々減っていた。その理由の一つに彼の身長が関係していると言われている。
駄覇は身長百七十センチもなく、かなり細身の選手だ。毎年身長も大きく変わってなく、恐らくこれが成長期の限界だろう。
身体が小さいとパワー不足に陥る可能性もあるとして、スカウトはそこを気にしている様だ。
プロ野球選手になる選手は、やはり全体的に身長が高い。近年は身長は高くなくてもしっかりトレーニングをした大きな身体で活躍する選手も存在はしている。
ただ駄覇は小さく、細い。この全国大会に出ている選手の中でも特にだ。彼の所属する西東京シニアは筋力トレーニングにも力を入れているクラブで、他の選手は皆ユニフォーム越しでさえ筋肉が発達しているのがわかる。その為、駄覇の体格は一際目立ってしまうのだ。
駄覇の全盛期は今この瞬間なのだろう。他の選手の身体がさらに出来上がり、技術力が追いついてくる高校三年間で彼は追い抜かれていくだろう。
いつしかスカウトの間でそんな推測がされるようになってしまったのだ。
――ドスッ。
駄覇がバスの椅子に腰をかけた。
「駄覇……」
駄覇と仲の良いチームメイトである
「おお中谷っち。沢山のスカウトがきて良かったじゃーん」
中谷の背は百八十を超え、体つきもしっかりしている。正に駄覇と正反対のタイプだ。
「あいつら勝手だよ……今回の全国大会だって駄覇の力で優勝したってのに」
「仕方ないんだよー。強いところは身長や体重とかも基準があるみたいだしさぁ」
駄覇は笑いながら答えた。
「本当、中谷っち凄いじゃん。皇帝学院の特待だっけ? 流石の俺でも聞いたことある学校だしー」
「それを言うなら駄覇は西京からずっと声かけてもらってるだろ。今日も一番に声掛けてくれてたじゃん」
西京学園は駄覇をリトルリーグ時代から注目していて、頻繁に挨拶に来ていた。
「あ、俺西京には行かないよ?」
「ハァ!? なんで……あの西京だぞ! 全球児の憧れ、西京学園!!」
「だって西京って寮生活じゃん。面倒くさいのは嫌いなんだよなぁー」
駄覇は口に手を当て欠伸をした。
駄覇は猫みたいな男だ。小柄だが能力は高く、そして自由奔放。確かに彼が規律の厳しい名門校で彼らしくプレーできるかは疑問である。
「ま、高校にそんな拘りはないから近くの学校にでも行くわ。勝ち進めば試合であたるだろうから、よろしくなぁー」
次の瞬間、駄覇は眠りに入った。
どこまでも自由な男だ。中谷は少し呆れながらも、駄覇の力なら本当にアッサリと勝ち進んでくると思わざるを得なかった。
皇帝学院に進学することを決めている中谷にとって、それは楽しみでもあり、恐怖でもあったのである。
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