カルナバル 春日・江戸
目の前で人間たちが踊り狂っているのを見た江戸湊はそのなかに阿呆面をしたディアボロス春日恭二を見つけると思わず背中を向けて帰ろう、何も見なかったことにしようと本気で思った。
「まてぇ、貴様ぁ! 助けろ」
「……えー」
呼ばれてしまった。
江戸は仕方なくちらりと春日を見る。踊り狂う春日――なぜか盆踊り。その腕の動きといい、腰のふりといい、堂にはいっている。さすが春日。
なにかあればその裏には春日がいるのではないかと言われているほど神出鬼没のFHエージェント。あらゆるものに変装し、一度は死亡したと言われていたがなぜか生きていた。
不死の悪魔、ディアボロス春日恭二。
が、ある作戦で負けてから毎回UGNと戦闘しては負けている――負けの春日。
そんな春日の前ではディスコ、あっちはラップか? とにかく踊る、踊る、踊る……人々は一心不乱に踊りあかしている。
その中央にいる裸の男――むき出しの筋肉に黒のビキニパンツ。鍛えた胸板がビクンビクンと気持ち悪く動いている。
「俺をみてぇえええええええええええええええええええええええええええ!」
ポーズを決めて白い歯がきらりと輝く。
うわぁ。
ここが公衆の面々――オフィスビル街でなかったら異様では――いや異様か。
仕事用のスマホにUGNの日本支部長である霧谷を狙ったFHの奇襲の連絡がはいり、これは大事になるぞ、と戦闘員、非戦闘員、非番も関係なくぴりぴりしている現状。
今日は仕事が休みでせっかくFHエージェントである春日未央とランチにきたのに。
その未央がこないかわりに、この連絡。きな臭い。
UGNエージェントで、特定の支部に属さず、あっちこっちへと駆り出される江戸はFHにもいくつもの知り合いを作り、ギブアンドテイクの関係性を保っている。
まぁようはナンパだ。
女の子をナンパしては、一緒にごはんをたべて、楽しくして、ついでに情報交換もする。
それが江戸湊のスタイル。
情報のためとはいえ、敵でも関係なくナンパして関係を作る江戸はUGNで許されるぎりぎりと寛容しされている。だからこういうことになると非常にめんどくさい立場――双組織から狙われることがあるが、そこまで馬鹿ではないし、ドジでもないつもりだが。
「あれが刺客?」
ぜんぜん忍んでないのが笑えてしまう。むしろ、目立つことに意識を向けているようだが、こいつはどうしようか。
腕組みをして踊り狂う人々と自分を曝け出す男を見て江戸は思考する。ほっといて帰ろうかな。ほんと。
「どうして貴様は踊らないのだ!」
男が江戸に気が付いて指さしてきた。
「え、いやですよ。そんな間抜けなの」
「私を間抜けだとぉ」腕を振りながら春日が叫ぶ。
「失礼なやつめ。この流れる音楽、そして私の美を見てたたえずにいられるというのか!」
「ディアボロス、あなたまで敵と同じようなこと言わないでくださいよ」
噛みつく春日と敵に江戸は笑って肩を竦めた。
確かに音楽が流れている。
レッツ・踊れ、踊れ、踊れ♪
私をたたえて踊れ、踊れ♪
なんだ、この阿呆みたいな歌詞と音楽。なんとなくノリがいいだけに腹が立つ。
敵の足元にあるラジカセから流れる曲。
その音楽に流れる能力――敵のシンドロームはハマヌーン――歌にのせた伝達干渉からの洗脳、肉体の自由を奪う。地味にいやな能力だ。
だが江戸は平然と立っている。
それが敵には解せないのだろう。
「なぜだ。なぜ踊らない。たたえない」
「生憎、私もハマヌーンなので、あなたの力をすべて遮断させてもらってます」
音楽という力の動きは空気を震わせて作用している。それが耳、鼓膜を通して脳へ伝達される。
同じシンドロームならば相殺することも難しくはない。
空気の振動が自分の耳に入るのにこちらも音による防壁を作り、相手の力を防ぐぐらいの芸当はできる。
「ディアボロス、あなたもそれくらいしなさい」
「できるかぁああああ」
へいへい、と踊る春日が叫ぶ。
「あなた、最近新しい力に目覚めたんでしょう。こう気合やがっつで出来る、出来る」
「おま、おまえ適当なことばかりいいよって!」
「あなたの世話まで見る気はないですよ」
「貴様、それでも幾度となく私と交戦し、仲を深めてきた敵同士か」
「敵だから助けないんでしよう」
「そういうところはなんとなくいい雰囲気で助けるもんだろうが」
「なんですか、そのなんかいい雰囲気って、あなたとそんな雰囲気はごめん被ります」
踊る春日は唾を飛ばす勢いで叫ぶのに江戸は冷ややかに言い返す。
「お、ま、え、た、ち!」
敵が叫んだ。
むきむきの輝く筋肉がポーズを決める。
「私を無視するなぁあああああああああああああああああああああああ」
声とともに敵を中心として風圧が増したのに江戸は舌打ちすると駆けだした。
軽やかな動きで敵が発せする風の余波をくぐりぬけ、懐に飛び込むとまずは狂ったラジオを蹴り壊した。
音楽が止まり、静寂に踊り狂っていた人々が倒れる。
「生憎とお前みたいなのは眼中にない」
回し蹴りを放つ。
江戸は暗殺に特化した古手空手の使い手だ。腰を捻っての容赦のない力をいれた蹴りは敵の横顔を――微動だにしない。普通ならは骨くらい折れる威力だというのに――江戸はぎょっとして後ろに下がろうとして、相手が足を掴む。途端に肉が裂ける痛みが江戸の足首に広がった。
「くっ!」
自由のきくもう片方の足で敵の顔面を蹴る。勢いは先ほどよりもないがそれでも顔面の一撃ならば――しかしまたしても微動だにしない。呆れるほどのかたいその敵は勢いよく江戸を地面に叩きつける。
「っ!」
背中の骨が砕ける激痛。
血が口から漏れる。
そのまま男の拳が降ってくるのに滑り込んで受け止めたのは春日だ。
片腕を鋭い獣の爪が生えた状態に変形させ、男の拳と己の拳をあわせる。普通ならば人の姿をしている敵の腕が砕けるはずだが――男の皮膚に傷ひとつつかない。
「っ、おおおおおおおおおおおおおおおお」
春日の咆哮。
「ははははははははははははははは」
楽しそうな笑い声を敵があげる。
じりっと春日が後ろに下がる。
なんと力で春日が負けている。
その様子に江戸は地面を蹴って立ち上がり、流れた血をフェンシングで使う鋭い細身の剣へと変え、素早く男の脇腹を狙って突き刺した。
岩のような皮膚だ。
だが所詮は生き物の皮膚に変わりない。
突き刺した血の剣が形を変えて男の皮膚に纏わりつく。それに敵がはじめて反応した。
「春日、今」
「はぁあああああああああああ!」
春日が均衡している拳を払い除け、赤い血を纏わせたそこに拳を叩き込む。ようやく敵が後ろに下がり、口から血を吐き出した。
「ぐっ、は……は、ははははははははははは! すばらしい! 血によってこちらの鉄壁を砕くとは!」
楽しそうに笑う敵に春日と江戸は構えたまま動かない。
見た目と性格はアレだが、この敵は下手にやりあえばこちらが不利に陥るだけの実力を持っているのは戦闘経験の高い二人だからこそ理解する。
「では、本気モードといこう!」
いきなり片腕を天へと向けて、なにをするのかと思えば男の我が身を鉄が覆う。
モルフェウスの力かと思って見ていたが
いくつもの鉄の合わせたそれは巨大な――
「仮面ライダー」
ぼそっと春日が呟く。
「日曜の朝の番組に土下座して謝ってこい」
江戸は顔をしかめて言い切る。
銀のヘルメットとスーツ姿――確かにちびっこが早起きして見る特撮ヒーローのそれだ。
「とぉ!」
なんでそんな元気のいい声をあげるんだ、この敵。
つっこみが追い付かないが、敵の下にはバイクが現れる。特別製らしいそれは敵の声にあわせてやってきて、見事に合体――まあただ乗っただけだが
「私、帰ってもいいかな」
なんだかやりあいたくない。
「帰るな! その気持ちはわかるが帰るな」
春日が叫ぶ。
「それにあれは強いぞ!」
「あんなふざけた姿ですけどね」
ハマヌーンのスピードと風、それにモルフェウスによる防具とバイクを作る手腕、その上で肉体がかたい。
「キュマイラの力も持っているように思えるんですが」
「ますます仮面ライダーだな」
「やめてくださいよ。私は悪ではないんですから」
江戸は頭痛を覚えながら言い返す。
「私、正義のヒーローマンの敵であるっ!」
高らかにスーツ男――ヒーローマンが叫ぶ。
「私は愛と正義、そして私の美をたたえる人々を守らねばならない、貴様たちは、悪の結社だな、そうだな、倒さねばっ!」
自分が平和に暮らしている人々を強引に踊らせ、好き勝手していることを棚上げしてそんなことを口にする。
言葉に一切の迷いも、ためらいもない。
妄想の世界にいるのだ。
自分は正しい、そしてすべては自分に都合よく世界がまわっている。反吐の出るような狂った言葉。
バイクが唸る。
「っ!」
よく見ればその黒いボティのバイク――Ninja 1000。
唸り声をあげて、エンジンをふかし、向かってくる。改造バイクの足元には鋭い羽のような刃がついている。横を通り過ぎたとき、その刃で切るつもりだ。
「ならば!」
春日が声をあげた。
その背中から鷹のような大きな茶色の羽が飛び出す。春日はためらいもなく江戸を抱えて宙へと逃げる。
空中で春日は大きく回転するのに江戸は目を細め、タイミングを見る。
バイクは地上を疾走し、ハマヌーンの風の力と横から飛び建て刃で縦横無尽に無抵抗に倒れる人々を、ひき殺していく。
バイクがいきなり止まった。
まるで見えない箒で掃いたような横殴りの強風によってひき殺した人々の死体が一つに集まり、台となる。なんと、死体を材料にして、敵は足場を作り、飛ぶつもりだ。
エンジンの音。
走り出すバイク。
血みどろの正義の道を走り、敵が飛ぶ。高く、たかく、たかく。
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」
敵が叫ぶ。
「今!」
春日が下降、飛ぶバイクの前に出る。
タイミングを計って落とされる江戸は手のなかに作った血の剣で敵の口を突き刺した落下の威力もあり確実に貫いた――が、敵の両腕が江戸を捕まえる。
「うおおおおおおおお」
「っ!」
純粋な力の圧によって骨が砕かれ、肉を裂く。
痛みに悲鳴すらあげられない江戸を助けたのは春日だ。迷いのない拳が剣の刺さった敵の顔面を撃つ。
三人は崩れて宙へと放り出される。
落ちる、堕ちる、おちる。
敵が両腕から力を抜いた隙をついて春日が江戸の腕をとって翼を広げ、落下スピードを落とそうとしたがその翼に鉄の鎖がまきついた。
なんと落ちる敵の両手が――まだなにかを作り出す力があったのかと驚愕のタフはを発揮して拘束してくる。
お前たちも一緒に死ね、とばかりに。
「ぐおおおおおおおおおおお」
重さに耐えかねで春日が叫ぶ。
「……っ、少し痛いですよっ」
江戸は目にも止まらぬ速さで己の血で剣を再び作り、春日の両翼を根本から叩き斬る。
あけっなく支えがなくなった正義のヒーローは一人で落下し、地面に叩きつけられる。
春日が江戸を庇うように懐に抱える。
春日の背中から落下するのに江戸は最後の力を振り絞り、手の中に作った濃厚なエネルギー塊を寸前に地面に向けて叩き込む。それは大きな風を呼び、春日と江戸を一瞬だけ浮かせ、落下の速度を殺し、二人は転がるようにして地面に直地した。
「い、いきてる?」
「貴様もな……」
信じられない体験をしたとばかりの江戸は荒い息で春日を見る。春日は力のほとんどを出し尽くし、尻餅をついたまま動かない。
「互いに悪運があるな」
「まったく」
かつんと鉄を引きずる音に二人は、ぎくりとした。
振り返ると、顔のない敵が――潰れた顔の男が立っている。一歩、二歩と近づいてくるのにもう限界の二人はただ座りつくす。
二人の前まできたとき、顔のない男は大きな音をたてて倒れ、その身が砕けていった。
「っ……死んだのか」
「たぶん」
ろくでもない敵、ろくでもない状態。
江戸はため息をついた。春日の疲れた吐息が聞こえてきた。
「まったくどうなっているんだ、これは」
「知りませんよ」
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