会話2
「ご苦労様でした」
愛想のよい声にヴラスターリは微笑んだ。
ユキサキの事件の後処理にUGN、FHさらには国防も追われててんてこまいの日常はしかしいつもよりも少しばかり穏やかな平穏を与えてくれた。
病院での治癒後、回復するまで三日もかかったヴラスターリはおかげさまで旦那様の熱い介抱を受けてしまった。彼自身も怪我をして動きづらいのにいつも横にいて、常に世話されるのはちょっと気恥ずかしかったし、さんざん周りからからかわれたがおかげさまで歩けるようになった。
少しばかりの休暇ももらい、いろいろと楽しい思いもした。
「もう任務へ?」
「ええ。そろそろ私も飼い主に会いに行かなくちゃいけなくて」
「……それは」
「アッシュです」
きっぱりとヴラスターリは答える。
「彼はお尻に火がついた役員たちを追いかけまわして楽しそうです」
「……そうですか」
「船のチケットなどもすでに手配されていて、人の都合を考えないところは本当に坊やで困ります。だから少ししか時間がないの。リヴァイアサン、話をしましょう、大切な話大丈夫、あなたを退屈なんてさせないわ」
だから、と付け加える
「狼の話をしましょう」
「狼の・・・・・・?」
「ええ、アッシュは利口で嫌われ者の狼で私は彼を支えてあげなくちゃいけない。だめなところも多いけれども、彼はこの世をより良くしようと奮闘している」
そして
「国を愛した狼たちとは、私たち、名もないオーヴァード。自分の日常を愛し、それを守ろうとしている。名はないけれども、私たちは牙を持って戦っている」
だから
「裏切者の狼であるリヴァイアサン、今回の件を引き起こしたのはあなたね?」
ヴラスターリは微笑んだ。
そうだ。
なにもかもが今回は出来すぎている。
仕組んだ人間は必ずいる。
すべてを整え、舞台操作をする脚本家が。
「……どうしてそう思うんですか?」
「あまりにもタイミングが良すぎる。いくら腕利きであってもあなたの居場所を的確に知りえて襲撃なんて出来るはずがない。それはあなたの近くにあなたの敵がいたということ、あの女は」
「ミス・クララは過激派の狼だったようです」
リヴァイアサンは微笑んだ。
「私の居場所を漏らし、それ以外も手配したようですよ。あの十二人を揃え、金を積んでFHのマスターの運び屋にも依頼した。もともと彼女はFHのエージェント、という二重スパイだったようですね」
オーヴァードの世界で二重スパイはさして珍しいことではない。だが
「ミス・クララはあまりにも間抜けでしたね。私の居場所を的確に教えすぎました。これでは仲間に裏切者がいるといっているようなものだ。
まぁわざと、隙を与えたのはありますが、おかげで彼女を捕らえる理由にもなりました。飼い主である過激派の議員を追いつめる材料にも」
淡々と、どこまでも冷たく。
きっと今頃、間抜けなメス狼は逃げ惑っているのだろう。いいやもっとひどいことになっていることだろうが自業自得だ。憐れむ必要もない。むしろ、狩りだしてやりたかった。
「……はじめからあなたは過激派の議員を潰したいからこの罠に飛び込んだの? リヴァイアサン」
「いいえ。目障りな相手のためにわざわざ動くような手間はかけませんよ」
ならばなおさら。
「私は、私のオリジナルは昔、すべてを承知で道化を演じたわ。お前たち脚本家たちの取引や差し金のために動いた。だからもう私はごめんよ」
牙を剥く狼のように睨みつける。
「……この世界をかくあるようにしたあなたの言葉を、私に聞かせてちょうだい。大丈夫、私はどんな答えでも受け止めるから」
「パンドラさんが」
ここでその名が出てくるとは思わなかった。不意打ちにヴラスターリは一瞬、何を言われたのか理解できなかった。
「私の作った料理をいくら食べてもおいしいとは言わないんです。レネゲイドビーイングだからでしょうか、味がわからないと」
「……」
「けど、一緒に食卓を囲むんですよ。私が作って、彼女が食べる。そんな日常を私はなによりも大切だと思ってます。つい先日議会で話題になったのがレネゲイドビーイングの安全性です。彼らは暴走しやすく危険でないのか。地位を与えるのはいかようなものか、ということですね。
あなたも知っているようにレネゲイドビーイングは危険です。その特性として彼らは裏切りやすく、暴走しやすい。地位を与えたとしても必ずそれを監視する者をつける」
日本などは昔から妖怪などいた、といわれるくらいに異形に対しての理解が高く受け入れているが、海外などは信仰する宗教のためか、レネゲイドビーイングを迫害するかまたは神のように信仰するかのどちらかだ。
UGNも、FHも彼らを扱いかねているが、その能力の高さゆえに無視も出来ない。だから常に人間の監視がついて、いつ裏切っても殺せるようにしている。
「最近、レネゲイドビーイングのジャームが出たそうです。極秘となってますが、その事件の際、議員の身内を一人殺した、と。それに過激派はレネゲイドビーイング排除を狙った。ただし今の現状ではそれも難しい。だから彼らは考えた。無能、または危険だと誰もが思うように」
たったそれだけのために、こんな茶番を企てたのかと乾いた笑い声が出そうになった。たかだか一人の身内が死んだから? 自分たちはのうのうとしているが、現場で動いている狼はいつも命がけで、死だって珍しくない。
ああ、彼らは知らないのだ。この世界で動くオーヴァードたちはみんないないものだから。
それに目障りな日本支部を退けよう、問題であるユキサキ――彼は身分としては国の一兵にすぎないが、あまりにも危険すぎる。
思惑は思惑を呼び、こうして一つの舞台作った。
「私が彼らの思惑に乗ったのは、レネゲイドビーイングを守るためです。彼らは決して危険ではない……良き隣人となりえるという証拠がほしかった。
パンドラさんは身を挺して私を守ってくれました」
「あなたは、パンドラ・アクターがいればいいんじゃないの」
意地悪くヴラスターリは言う。
リヴァイアサンが守りたかったものは、迫害されるレネゲイドビーイングじゃない。ただたった一体の存在。彼女を生存させるためだけにこんなばかばかしい茶番に乗ったのだ。
それにどんな大義名分も意味をなさない。
たった一つのことを望んでいい立場ではない狼が、それを望んで動いた。
それは裏切りだ。
裏切り者の狼。
ただそれが間違いだと断言も、したくなかった。
「私にとっての日常は彼女と食事を食べることなんです。私はこの世界の平穏を望みます。人とオーヴァード、そしてレネゲイドビーイングが共に生きれる世界を。
ミス・クララはすでにとらえています。ただここで死んでも困るのである国でこちらのデータを持ち逃げした体で死体を転がしています。これでその国の支部はてんてこまいでしょうね」
リヴァイアサンが淡々と口にする。
裏切者の狼の死体とデータを他国――敵対する者のところに転がし、疑惑の目を向けさせる。
そういう茶番も駆け引きも陰謀もこなす。だからこそリヴァイアサン。
そんな彼も何かを愛し、それを通して、世界を愛しているのだとその瞳が語っている。
「リヴァイアサン、あなたはこの世界が嫌い?」
「……好きであろうと努力しています」
どこか疲れた悲し気な瞳にヴラスターリは言葉を飲み込んだ。黙って背を向ける。
「この世界が、こうあるように私は望み、動きました。あなたたち名もない、日常を愛する狼たちを使い。それは背負います。どこまでも」
この世界に地獄なんてない。天国もない。ただ生きているしかない。
それだけだ。
ヴラスターリが長い廊下を歩いていると、その先にヴァシリオスが待っていた。心配していた、と目が語るのにくすくすと笑ってヴラスターリは駆け寄り、その手を取って握りしめて歩き出す。
「さぁ、坊やのところに帰りましょう」
「長い休暇は終わりだな」
「そうね、けど、私にはあなたがいる。あなたには私がいるもの」
機嫌よくヴラスターリは言いながら前を見る。
名もない狼たちが紡いだ物語、それはこの世界の表に出ることはないけれど、それでも自分は知っている。
日常を愛し、憎み、世界がこうあるようにと祈った者たちの物語。
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