第九の月――片割れの護衛官
乾いた枝は、朝までの追加分だけ拾ってきた。テントを張った辺りまでくると、足音に気づいたタウが鍋から顔を上げる。
「おかえりなさい、ご飯出来てますよ」
「おう」
焚き火から少し離れたところに追加分の薪を積んで、作業用の革手袋を外しながら近くの小川に手を洗いに行く。戻って椅子代わりの倒木に腰掛けると、隣のタウがスープを器に盛ってくれた。
「どうぞ」
「あんがとよ」
荷物袋からスプーンを二本出して、一本をタウへ。もう一本でスープをかき混ぜ口に含むと、香草と干し肉の風味が薫る。野菜も保存用の乾燥させたものだったが、汁を吸って柔らかくなっていた。
「美味い」
「パンもありますよ」
調理用のナイフが固い黒パンを薄く削ぐ。少し酸味のあるそれをスープに浸して頬張った。
「お前もちゃんと食えよ」
「食べてますから、心配しないでください」
ふわっとした笑顔は何だか落ち着かない。スープをかき込むと、くすくすと声をこぼしていた。
「お代わり、まだありますから」
言った当人は、スプーンをちまちま口に運んでいた。俺からしたら随分と物足りないサイズに切ったパンも、丁寧に囓って飲み込んでいる。焚き火が眼鏡に反射していて、本人がまぶしくないというのが不思議でならなかった。
保存食中心とは思えない食事を終えて、ふと上を見る。重なる木の葉の屋根の隙間から、星が光る夜空が見えた。
「今日は新月ですね」
「……そうだな」
ひとけの無い山の中で、俺とタウの声の他には自然の奏でる音しか聞こえない。何処かで鳴く梟の声とか、木々の擦れる音とか、そんなものだけが。
背後に下ろしたバックパックを引き寄せて、特別に織られた布で仕立てた袋を取り出す。六色の糸で六芒星が縫い込まれているそれを持ち上げると、固い物が中でぶつかるカラン、という音がした。
「ゼータ?」
手を突っ込んで、一番上に乗っていたカケラを取り出す。今日回収したばかりの真っ黒なそれには、タウの施した仮封印の白い線が複雑に絡み合って表面を走っていた。
「……怪我は」
俺が呟くと、タウはきょとんと小首を傾げた。
「足首、捻ったっつってたろ」
「あ、……そうでしたね、もう大丈夫です」
癒やしの術もかけましたし、と左の足首を擦っている。足場の悪い中、相手を追っている最中に足を
土で汚れたコートは軽く洗っていたようだが、まだべったりと袖が茶色くなっていた。汚れやすい白いコートを身分証代わりにしているのはひとえにそれが便利だからだが、つまり本来こんなところに来る用事はそうそうない、ということでもある。神官のほとんどは神殿に務め、たまにある遠出でも精々他の街へ祈りを捧げに行くくらいのものなのだから。
人里から離れていて誰も巻き込むことのない今回の回収を、良いことだとタウは言った。それが間違っているとは思わない。間違っていること、……失敗してしまったのが、いつかと言えば。
「……どうか、したんですか?」
呼ばれて我に返った。心配そうな顔に、首を横に振る。
「何でもねえよ。お前、今日は先に寝とけ」
「でもゼータの方が疲れてるんじゃ」
言い換えされた言葉は、荷物を押しつけて遮った。
「元の体力が違うだろうがよ。さっさとしろ」
それでも何か言いかけたのを、タウは飲み込んで微笑んだ。
「……ありがとうございます」
おやすみなさい、と立ち上がった隣の男をテントに追いやり、俺は枝を一本折って焚き火に放り込んだ。旅装――薄手のチェインメイルの上に丈夫な長袖の衣服、同じく厚手の生地で仕立てたズボンに、腰のベルトの背中側の隠しには非常用のナイフが一本とブーツは金属板と革のコンポジット――の上に羽織ったマントを引き寄せたのは、山間に吹いた風が思ったより冷たかったからだ。護衛官が神殿で着ている訓練着ではなく、きちんと旅の間の環境に耐えうる格好の俺でもそう感じるのだから、あいつはあのコートの下に何枚着込んでいるんだろうか。
「……はぁ」
パチ、と焚き火が音を立てた。お湯でも飲もうとやかんを取り上げ、思わぬ重みに中を見れば黒々としたコーヒーが温まっていた。いつの間に用意していったんだ。
カップに注ぎ入れ、砂糖を落として啜る。ひとりになって思い起こすのは、こんなことになった原因の日のことだった。
神殿の朝は早かった。
一日の時間は時計の針が二週するだけ、二十四分割で示している。その針が五を示す時間には、全員揃って祈りの間で六の聖霊と一の神へと朝の祈りを捧げて、それから朝食だ。
それが終われば日々の仕事に移る。といっても、神殿にいる神官はまだ修行中の身か、修行中の彼らに教えを説く教師役が多数を占めている。街によっては建物ごと解放して町民への学校を運営しているところもあるが、俺らのいた場所は人里からは少し離れて修行に勤しむことを主軸としていた。いわば、ここ自体が神官の学校なのだ。ここから巣立った神官は別の神殿や、あるいは神殿のない村だとかに常駐することになる。
そんな環境だから自給自足も修行の一環で、毎日自分たちが暮らすための農作業や炊事洗濯掃除なんかもやらなくてはいけなかった。それは俺ら護衛官も同じだ。
基礎鍛錬や手合わせ以外の時間は、神官に混じって同じ仕事をしていた。となると当然ながら力仕事を任されることが多かったし、こっちとしても得意分野の方が働きやすい。
そうやって過ごしていたある日のこと、あれは確か、まだ寒い最中の第二の月だった。
「ゼータ」
「タウ?」
朝食を済ませて、今日は走り込みの日かと少し退屈に思っていた俺を追いかけてきたタウに、そう声をかけられた。
「すみません、貴女の力が借りたくて」
「しゃーねーな、どうしろって?」
タウは俺のひとつ上の十八歳で、立場は違えどガキの頃から修行に励んできた仲だった。そろそろ独立出来るはずなのだが、教師かあるいは神学者でも目指しているのかここ最近は書庫や自室で本を読み漁っていることがほとんどだ。
「閉じこもってばかりいるんじゃないと姉さんに叱られまして、ついでに仕事を押しつけられたんですよ。ゼータも連れて行っていいからと」
困ったように笑う顔に呆れた。
「そりゃ先生の言う通りだろ、俺を巻き込んでんじゃねえよ」
こいつの姉は、俺の武術と聖霊術の先生だった。あのひとに言われたのなら断りようもない、ため息を吐いて廊下を見回し適当な修行仲間を捕まえる。
「悪い、俺仕事で行けねえっつっといて」
「おうサボりだって言っとくわ」
「ふざけんな」
軽口を叩いて、タウの隣に行くと手を引かれた。歩きづらいと振り払えば不満そうな顔。
「んだよ」
「……なんでもないです」
拗ねたままでは仕事の内容も分からないというのに。先に行く背中を追いかけて、
「おいタウ」
仕方なくさっき振りほどいた腕を取れば、驚いたように振り返る。
「どこ行くのか分かんねえと支度も出来ねえだろが」
寮の辺りまで戻ってきているということは、外出の用意が必要なはずだ。俺は当然のことを言っただけのはずなのに、タウは眼鏡のガラスの向こうで瞬きを繰り返している。
「……タウ?」
「あっ、はい」
我に返ってへらへら笑って、間の抜けた顔のまま寮内の分かれ道まで進む。放すタイミングを失った手でタウの腕を掴んだまま俺は引っ張られた。
「そんなに遠出にはならないですよ、裏山の祠ですから」
「ああ、封印の」
勇者が魔のモノを封じたと伝えられる祠だ。定期的に様子を見に行っているとは聞いていたけど、実際に行くのは初めてだ。
「よろしくお願いしますね」
急に上機嫌になっててよく分からないが、荷物を調えて待ち合わせだと言われてとりあえず頷いた。
神殿の正面入り口からは真裏に当たる低い山は、森の恵みを求めてたまに探索することもある。が、それを越えた先のもうひとつの山まではなかなか足を伸ばすこともない。目的の祠への道こそ辛うじて埋もれず保たれていたが、その他の場所は誰にも触れられていない自然が生い茂っていた。
「うわっ」
何度目かの声に振り返ってつんのめった体を支えてやる。軽く傾斜のついた道は木の根が天然の階段となっているものの、だからこそ蹴躓きやすくはあった。が、
「お前、ほんとに運動不足だな」
「……すみま、せん」
普段の靴ではなく外出用のブーツを履いてきたと言っていたが、慣れていないそれが返って仇になっているかもしれない。膝に手をついて息を吐かれると、尻尾みたいな後ろ髪まで見下ろせた。俺は汗を吸ったヘアバンドを外してがりがり頭を掻くと、その場に腰を下ろす。
「ゼータ……?」
「休憩だ休憩。喉渇いた」
宣言通り背中のバックパックから水筒を取り出してあおる。比較的温暖な地方ではあるがこの時期はさすがに肌寒く、温かい茶を詰めてきて正解だった。落ちてくる若草色の前髪をヘアバンドで留め直し、見ればタウもその場に座り込んで水筒を傾けていた。それをしまって取り出した小袋に、思わずおっ、と声が出た。
「ゼータも食べるでしょう?」
「あんがと」
差し出された干しぶどうを二粒、まとめて口に放り込む。噛みしめると口に広がる酸味と甘みで疲れが飛んだ気がした。
二粒めを囓り、その残りも飲み込んだタウが荷物を背負い直した。コートの裾を払って立ち上がったのに合わせて、
「よっと」
俺も体をぐっと伸ばした。付いた木の葉をはたき落として、振り返る。
「行きましょう」
「日が暮れる前には帰らねえとな」
再び、置いていかない程度の速さで足を進めた。生命力の強い藪をかき分けた先に、ようやく見えた目的地。
「……ここが」
「祠、ですね」
俺の腰辺りの高さにまで石を組んで造られた台座に、突き立ったかのように佇む透き通った六角柱の輝石。木々の色や木漏れ日を映して輝くそれが封印の要なのだと一目で分かった。
近づいてみれば俺の両手で一周出来るほどの太さしかなく、その気になればあっさり持ち上げてしまえそうにも見えた。けれど、その表面は野外に置きっぱなしになっていたとは信じられないほど綺麗で、それだけでただならぬ物なのだと察せられる。
「これは、文字……?」
タウの指が台座をなぞる。独り言らしきそれの通り、よく目をこらせば石材の表面に細い線が何本も走っている。文字に見えなくも無い、が。
「読めんのか」
「……難しいですね、かなり古い文法ですし」
眼鏡を直して表面に顔を近づける様子を、見るとはなしに眺めている最中に。
「――うっ?」
急に雪でも降ったかと、そう錯覚した。寒く背にのし掛かる気配が重たすぎて膝を着きそうだった。
「タ、ウ」
ギリギリで絞り出した名前の主は、
「え?」
俺の目の前で驚いた顔をして、上を向いて。息を呑んでそして、
「――ゼータッ!」
叫んで俺を突き飛ばした。
「な、んで」
思わず伸ばした手、そうして動けて初めてあの圧力から解放されたことに気がついた。その場から離れて初めて、
「それ」
さっきまで俺の居た場所に、今タウの真上にわだかまる黒い暗い何かに気がついた。
伸ばした腕に何も掴めず尻餅をついた俺の前で、ひどく苦しそうな顔でタウが笑う。その笑顔が遮られる。
「よかった」
黒い何かが滴り落ちる。どろどろと、だらだらと。
「……っ、やめ」
何も良くない。ふざけるな。
立ち上がるのももどかしく崩れた体勢のままで伸ばした指先に、激しい破裂音を起こして衝撃が走る。遮る黒い何かの向こうでタウが崩れ落ちたのが見えた。かしゃんと眼鏡が落ちた音がした。
「タウ」
下りてきた黒が波打つ。広がり縮み胎動するその隙間に、まっしろな顔が見えた。
目が、合った。唇が確かに動いて呼んでいた。
「っ、タウっ!」
なのに届かなかった。急激に黒が縮小した、と見えた瞬間に大きな槌で殴られたかのように吹っ飛んで、背中を硬い物にぶつけて息が止まる。
「かっ、は」
地面に崩れて激しく咳き込んだ。頭もぶつけたのかひどく目眩がする。けど。
「……は、あっ」
無理やり体を持ち上げる。左の耳からイヤリングをもぎ取って、投げる力もなく手のひらに乗せたままで風を呼んだ。
「俺に、ちから、を」
竜巻が息苦しさを吹き飛ばす。聖霊の光を帯びたままの大鎌に縋って立ち上がり、祠を見ればそこにソレがいた。
『死ななかったか』
それは、タウの顔で笑っていた。見たことも無い、ありえない冷たく見下した表情をしていた。タウの足を使って立ち、タウの指を輝石に触れさせていた。
『まあ、いい。我の邪魔さえしなければな』
「て、めぇ」
一歩踏み出す、それだけのことで倒れそうな自分が歯がゆい。タウじゃないナニカがタウの体を自分の物のように扱っていることが、
「そいつから、離れろ……っ」
どうしても許せないのに。
ソレは俺を鼻で笑い、タウの短杖を手に取った。温かな色味を宿していたはずの杖の輝石が、何も無いのに似た黒に塗り変わる。
『聖霊も、神も、踊らされるものたちも』
短杖を額にかざす動作は、騎士の誓いに似ていた。短杖を柄として、輝石から染み出した色が刃を作り出す。それを高々と振り上げて、
『我を裏切ったものすべてへの、復讐の為に』
ソレは、祠の輝石へ刃を突き刺した。
周囲を映していた透明な輝石が、何ひとつ映さない暗さで濁っていく。どろどろと流し込まれる黒が満ちて満ちて、真っ黒になって。
――カンッ
呆気ないほど軽い音を立てて、割れた。
「あ……」
何か致命的なことが起きたことだけ分かった。俺は何も出来なかった。
ソレは真顔で砕け散った輝石だったものを見下ろしていたが、刃を失った短杖を持っていた手をだらりと下げて。
『……ふっ、くっ、ははははははっ!』
ぐっと細い体を折り曲げて耳障りに笑っていた。無造作に振るった腕が輝石だったものを薙ぎ払い、黒いカケラが辺りに散乱する。と、
『さあ我が力の結晶よ、役目を果たせ!』
高らかに叫んだ、その声が合図であったかのようにカケラが反応した。ひとりでに空高く浮き上がったそれらが、散り散りになって飛んでいく。
「何、を」
『いい加減目障りだな』
それを茫然と見上げていた俺の方へ、ソレが一歩踏み出した。得物を構える力さえあれば届く距離で、黒く染まった輝石を抱かされた短杖を真っ直ぐに突きつけて薄く笑う。
『楽にしてやろう』
その顔に思い出す。あの、俺を見て俺を呼んでいた顔を。
「……うるせえ」
何でお前が俺を庇ったんだ。お前ら神官を、お前を守るのが俺の役目なのに。
「そいつの体で、勝手なことばっかしてんじゃねえよ」
『いくら吠えても何も出来ないのだろう?』
嘲る表情は、笑えるほど似合っていなかった。
言うことを聞かない体でも、相手を真っ直ぐに睨むことは出来る。
「黙れ」
悔しくて、負けたくなくて叫んだ。
「……っ、さっさと、タウから出てけ――――ッ!」
その瞬間。
『な、馬鹿な……!?』
「うあっ」
真っ白な光に目を焼かれて思わず顔を背けた。
『う、がっ、何故ッ、ああああッ』
ソレが苦しげに呻いて取り落としたのは短杖。今だ続く光はそこから生まれていた。コートを掻き毟っていた手はやがて力が抜けてぶらんと垂れ下がり、そのままその体はふらりと倒れようとする。
そう気づいたら、思わず手を伸ばしていた。体を支えていてくれた大鎌から手を放した途端に俺の体も傾くけれど、構わず両手を前へ差し伸べる。
「タウ」
届いて、抱き寄せた体は頼りなかったけれど、ちゃんとそこにあった。ひとりですら無理なのにふたり分の重さを支えきれるはずもなく、受け身も満足に取れずに地面に転がる。
全身痛くて痛覚が麻痺してきたみたいだった。辛うじて庇った相手が、腕の中で身じろぐ。
「……ゼー、タ……?」
「…………おう」
寝転がってもう起き上がれない俺を見下ろしている、珍しく眼鏡をかけていない目が琥珀みたいだった。掠れた声で俺の名前を呼んだタウが、確かめるように俺の頬に触って。
そのとき視界が揺らいだのが意識の限界だったからか、それとも情けないことに泣きでもしてしまったのか。そこからの記憶がない俺には分からないし、確かめたいとも思わなかった。
遠くで聞こえた獣の遠吠えで、意識を現在へ引き戻された。焚き火の維持をしなくてはと薪をいくつか放る。
あの後タウに治療を施されて目が覚めた俺は、神殿に戻って見聞きしたこと全てを神殿の長に報告した。それを聞いた長の判断は、俺らふたりにあのカケラの行方を追わせることだった。……いや、正確には。
「……ゼータ」
「あ?」
呼ばれて振り返れば、携帯用の毛布を肩から羽織ったタウがいた。それほど長く物思いに耽っていたつもりはないし、空の星もまだ時間ではないと告げている。
「早すぎるぞお前。もう少し寝てろ」
旅路においては休めるときに休むのが義務のようなものだ。そんなつもりで言ったが、タウは困ったように首を横に振った。
「すみません。なんだか寝付けなくて」
そのまま戻るどころか俺の隣に座るものだからため息を吐いてしまった。野宿も何度も繰り返してきたのだから、今更慣れてないということも無いだろうに。
寄りかかられて、横目で睨む。
「……邪魔だ」
「すみません」
謝罪は口だけで、退く様子は欠片もない。どうせもう寝る気なんてないんだろう。
「おら」
コーヒーの入ったカップを押しつけるとへにゃりと笑ってありがとうございます、と言った。ありがとうも何もお前が用意したんだろうが。
ふたり並んでコーヒーを啜っていると、不意にタウがぽつり呟いた。
「本当に嬉しかったんです。貴女がついて来てくれて」
「…………」
俺は黙ったままカップを傾けた。
長がカケラの探索を命じたのはタウだけだったのだ、本当は。それに誰か護衛をという話になったと聞いて、俺が行くと押し通した。
「……お前、最初嫌そうだっただろ」
「あれはっ!」
コーヒーを飲み下して思わずこぼれた言葉に食ってかかられて、少なからず驚いてしまった。そんな俺に悲しそうな、けど何かそれだけじゃない感情を秘めた顔つきでタウは一度黙る。
「また巻き込んでしまうのが、嫌だっただけです」
眼鏡を直して焚き火を見つめたまま、一転静かに言われた内容。
「またも何も、お前のせいじゃ」
反論が途切れてしまったのは、あの表情のままタウがまた振り向いたからだった。
「僕のせいなんです」
秘密を明かすように、タウが一度瞬きした。
「祠に行けと言われたとき。護衛をひとりと言われて、貴女がいいと言ったのは僕なんです」
初耳だった。てっきり初めから先生が俺をと言ったのだと思っていた。
「僕がそう言ったせいで、貴女に余計な罪悪感を背負わせてこんなところにまで付き合わせてしまった。だから」
ごめんなさい、とこいつは言った。
「……あのな」
迷って頭を掻くと、隣で肩が震えるのが分かった。もう一度ため息を吐いて言葉を探す。
「そんなの知らねえよ」
言われたところで何が変わるわけでもない。起きたことも、やらなきゃいけないことも。余計な罪悪感とやらを背負ってるのはそっちの方だろう。
「本気でやりたくねえなら、初めからついてったりしねえんだよ」
護衛官が神官を守るのは当然のこと。それに、こいつならいいと思ったから俺はここまで一緒に来たのだ。今度こそちゃんと守り切ってやろうと決めて。
「ゼータ」
ぐいっと寄りかかる力が急に増えて、危うくコーヒーをこぼしかけた。危ねえだろうと叱りかけて、
「ありがとうございます」
あんまりにも嬉しそうな顔をするものだから、言う気も失せてしまった。すっかり集中力も切れて欠伸をひとつ。何かを言いかけたように見えたタウが、そんな俺に苦笑する。
「代わりましょうか」
「お前は寝ないみたいだしな」
言って立ち上がり、カップの残りをあおった。
「軽く寝りゃ代われるから、お前も眠くなったら起こせよ」
「分かりました」
言ったが、どうせ起こされない気がする。そうなったら担いで山を下りてやろうか。
「ゼータ」
「あ?」
振り返った先で、タウが日だまりのように微笑んでいた。そこにはもう悲しさもあのよく分からない感情もない。
「おやすみなさい」
「……おう、おやすみ」
そんな脳天気な顔の方が似合っている。なんとなくそう思ったが口に出すこともなく、俺はテントに潜り込んだ。
続
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