そして彼女は思い出す
お待たせしました。満を持して種明かし回です。
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そんな僕の人生は、百合ゲーマーとしてはこれ以上ないほど幸せに、だが、ひとりの人間としては顔を覆いたくなるほど恥ずかしい形で幕を下ろす。
具体的に言えば、百合ゲー『フラワーエデン』に夢中になりすぎたあまり、食事を忘れ、睡眠を忘れ……挙句の果てに、心臓の鼓動すらも忘れてしまったのである。笑いたければ笑ってくれ。少なくとも、僕は自嘲するしかない。
それはさておき12年前、
自分が生まれ変わったのだと理解したのは、シランとしての自我が芽生えた3歳のときだった。
ここが死ぬ直前までプレイしていた『フラワーエデン』の世界だとまでは、正直に言ってちっとも気がつかなかった。いや、だってそんなこと、まさか現実に起こり得るとは思わないだろう。それに、ボクことシラン = ルニャールは、『フラワーエデン』の世界で名前すらついていなかったんだよ? ヒントといえる要素が皆無な状況で、真相に辿り着くなんて到底不可能だ。
意外かもしれないが、前世と性別が異なることについての戸惑いは、当初それほどなかった。
たしかに
そうしてボクは、シランというひとりの少女として成長を続けていった。
初めての友達、アイリスと出会ったのは5歳の頃だっただろうか。
ルニャール家とアイリスのグレンデス家は、古くから親しい関係にある。だから、ボクとアイリスが頻繁に顔を合わせるようになったのも自然な流れだった。そうして顔を合わせる度に一緒に遊び、互いの仲を深めていったのである。
アイリスと共にマンジュリカ女学院の初等部に入学するタイミングで、ボクは初めてここが『フラワーエデン』の世界であることに気がついた。
なにせ、このマンジュリカ女学院の中等部は、ゲームの舞台そのものなのだから。
そして、この頃からボクは自分がこの世界の不純物であるという感覚を抱くようになる。
男としての前世と記憶を持つボクが、百合ゲーのキャラクターたちと過度に接触すべきではない。百合に挟まるような男にだけはなりたくない。そんな想いで、入学後のボクは他の同級生たちから距離を取るように心掛けた。
そんなことをしていれば当然周りから浮いてしまうわけだが、もともとボクは不純物なのだから仕方がない。
だけど、幼馴染のアイリスだけは絶対に距離を取らせてくれなかった。
彼女自身、お嬢様学校の中ではどこか浮いてしまう不真面目な生徒だったので、浮いた者同士の親近感みたいなものがあったのかもしれない。
気がつけば、ボクの隣にアイリスがいることは、当然のようになっていた。
そんな特別な存在だったから、ボクがアイリスに対し、徐々に友情以上の感情……
自分が恋をしているのだということ自体は、割と早い段階で自覚できていた。前世の記憶を持つおかげで、他の生徒よりも精神的に成熟していたことも影響していただろう。
しかし、その恋心を素直に受け入れることはできなかった。
この気持ちは、シランという少女としての純粋なものなのだろうか。実はそうではなくて、前世の男としての自分が、恋のような錯覚を起こしているだけなのではないだろうか……。
そんな可能性を否定することができない以上、ボクが自分の気持ちを素直に信じることなど到底できるわけがなかった。
ならばせめて、恋心なんて消してしまえれば良かった。でも、そんなことは不可能だ。忘れられない恋心は、年月を重ねる度に膨らみ続ける。
初等部の卒業をまもなくに控えた時期には、けっして受け入れることのできない恋心が、ボクの限界値を超えようとしていた。
いっそのこと、前世の自分、前世の記憶なんて綺麗さっぱり忘れてしまいたい。そうすれば、この気持ちが純粋なものだと信じられるのに……。
そんなくだらないことを考えていた所為だろうか、はたまた只の偶然だったのだろうか。
前世の最期並みの鈍臭さを発揮したのは、中等部入学の前夜だった。あまりに恥ずかしくて思い出したくもないのだが……感情を抑え込んでいたストレスでうなされたボクは、ベッドから転げ落ちて激しく頭を打ちつけたのである。ゴチンッという恐ろしい音が、未だ脳裏に焼き付いている。
朝を迎えるとともに、意識そのものは眠りから覚めるような自然さで戻ってきた。
これでもし命を落としていたら、あまりの恥ずかしさに耐え切れず、二度と転生などせずに消え去りたいと願っていたことだろう。
兎にも角にも、意識だけはちゃんと戻ってきた。そう、意識
恐らく頭の打ちどころが悪かったのだと思う。幸か不幸か、ボクはボク自身が願ったように、特定の記憶を失っていた。
ただし、それは願っていたような前世の記憶の喪失ではなかった。寧ろその逆。ボクが失ったのは、シランとして生きた12年間の……今世での記憶だったのだ。
だからボクは、大きな
ボクは『フラワーエデン』のゲームが幕明ける、中等部入学のタイミングに転生したのだと。シランとして生きた12年間など存在せず、「取り巻きその2」という出来合いのキャラクターになってしまったのだと。
◇
シランとして生まれ育った12年間と、その間の苦悩。それらを忘れたまま過ごした数カ月の日々。ボクは今、それらのすべてを思い出した。
なるほど……だからあの夜、ボクはダンスを踊ることができたのか。たしかに、幼い頃から散々お母様に稽古をつけられたもんね。あのときのお母様は厳しかった。
それに、今になって考えてみれば辻褄が合う点は多々ある。
例えば、昔からシランの側にいたはずのマグノリアさんやアイリスが、どうしてボクに違和感を覚えなかったのかということ。主人や親友に全くの別人が憑依していれば、さすがに変だと感じなきゃおかしいだろう。でも、もともとのボクもボクだったのなら話は別だ。年頃の少女なら、多少の変化くらい何も特別なことではない。
コスモスさんとの件については、説明すらも不要じゃないかな。
そこでふと気がつく。シランとして育った記憶を失うとともに、アイリスに対する恋心までも失っていたことを。そして、その後またアイリスと親しくなり、どれだけ好きになっても、ボクが抱いたそれは親友としての熱い友情だったことを。前世の雛月日向としてのボクは、どうやらアイリスに対し恋心ではなく、猛烈な友情を抱くらしい。
そして理解した。かつて苦悩した今世のボクは、しっかりこの世界の少女シランとして、アイリスに恋心を抱いていたのだ。
あの気持ちは、前世のボクが影響したものなんかではなく、今世で生きるボクだからこそ、知ることができたんだね。
忘れていた記憶を思い出したことで、ボクの中にはふたつの感情が煌めき合っている。それは、積もり積もった恋心と、激しく燃え上がる友情。そして今、そのふたつが融合し……ボクの中で、ひとつの大きな感情になった。
ああ、早くアイリスに会いたいな。
そのためにも、まずは意識を取り戻さなければ。いつまでもこんな真っ暗な世界にいるわけにはいかない。このままだと、コスモスさんにも心配をかけてしまうしね。
そう思った瞬間、世界に光が差し込み始めた。
さあ、目覚めの時間だ。
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これまでぼかし続けてきた側面を、ようやく明かすことができました。
さて、勘の良い方は既に察しておられるかもしれませんが……物語はいよいよクライマックスへと突入しております。
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