悪友は距離感が掴めない
満を持して、アイリスのターンです。
まずは9話時点まで遡ります。
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あの日、あたしは大切な親友を傷つけてしまった。ただただ情けない話だが、自分の内に湧いた欲望を抑え込むことができず、無防備なシランを襲ってしまったんだ。
どうしてあんなことをしてしまったのか、今でもシランの顔を見るたび後悔の念に駆られる。
だけど、あたしの親友は、あたしなんかよりもずっと器が大きい人間だった。うじうじと悔やみ続けるあたしに対し、「許してあげる」なんて言葉をかけてくれたのだ。
本当に、なんてよくできた親友なんだろう……まったく、惚れ直してしまうじゃないか。いや、これはもちろん冗談、だぞ?
そういった寛容さが、シランの美点であるということに間違いはないが、一方で、視点を変えれば相当に危うい弱点でもあると思う。
だって、前日に自分を襲ったばかりの相手に対し、易々と許しを与えたわけで……私が言うのもなんだけど、さすがに軽率、不用心すぎるのではないだろうか。
加えて、その次にシランの口から飛び出した発言には度肝を抜かれた。
「……今度からは、ちゃんと合意を取って、ね?」
ね? じゃないからっ……!!
あれでは、自分から「襲ってください」と言っているようなものだ。前科者のあたしや、リリーをはじめとした獣たちが勢揃いしていたあの場で発していい冗談ではない。
同じ場にいたキャメリアも、似たようなことを感じたのだろう。リリーが撃沈し無力化したのを確認するや否や、狼狽えたまま固まっているあたしに話しかけてきた。
「……アイリスさん、今から少しお時間いただいてもよろしいかしら」
「え? お、おう……」
キャメリアから有無を言わさぬ圧を感じ、あたしは戸惑いつつも首を縦に振る。これは逆らっちゃいけない空気だ。そのまま彼女に腕を引かれ、空き教室まで引きずられていく。
そして、空き教室に入った途端、あたしは壁まで追いやられ……正面からキャメリアに睨みつけられた。さすが公爵令嬢、迫力が凄い。
「ねえ、アイリスさん。貴女にとって、シランさんはどんな存在なのでしょう?」
唐突な問い掛けに戸惑うが、キャメリアの表情は真剣そのものだ。あたしは、ひとつ深呼吸して慎重に答える。
「……大事な親友、だ」
「では、その親友のことを、貴女はどう思っているのですか?」
「大切に思っているさ。シランの笑顔は、あたしにとっての宝物だ」
キャメリアの問いかけに、また答える。その言葉に嘘偽りはない。なのに何故だろう、胸の奥がズキズキと痛む。
「なるほど、ですわ。それを聞いて安心いたしました。その想いは、わたくしも同じですのよ」
「同じ……?」
「えぇ、同じですわ。わたくしもシランさんのことを、大切な友人だと思っております。そして、そんなシランさんを守ってあげたいとも。アイリスさんも、同じなのでしょう?」
「あ、あぁ……そうだな。うん。あたしも、シランのことを守ってやりたい」
シランは隙が多すぎるからな。
特に、ルームメイトのリリーに対しては、もっと警戒心を抱くべきだ。
「そのシランさんが、最も信頼しているのは誰か。アイリスさんは、理解なさってますかしら」
「シランが最も信頼しているのは……たぶん、あたしだ。これは自惚れなんかじゃない」
「……ふん、一応理解はなさってますのね」
キャメリアが、一瞬不機嫌そうな顔になり、しかしすぐさま表情を戻して言葉を続ける。
「ですが、その信頼を裏切って、貴女はシランさんを襲ったのですよ」
「っ……あぁ、その通りだ。反省している」
「当然ですわ。けれど、シランさんは貴女を許したのです。であれば、わたくしが言うべきことは何もありません。ただ……もう二度と、貴女の大切な親友を裏切るような真似はしないと、誓っていただけますわよね?」
キャメリアの言葉があたしに刺さる。まったくもって、彼女の言う通りだ。次また同じような過ちを犯すことは、絶対に許されない。
「……誓えるさ」
「わかりました。シランさんが信じた貴女を信じましょう」
「ありがとう、キャメリア」
「ですが、次は本当にありませんよ。今度シランさんを裏切るようなことがあれば……二度とシランさんには近づけなくなる、と思っておいてくださいまし」
そう警告するキャメリアの目は、今まで見たことがないほどに真剣だった。
公爵令嬢である彼女がその気になれば、冗談でも何でもなく、本当にシランには近づけなくなるだろう。その状況を想像し、思わずぶるっと震える。
これまで通りに接し続ければ、あたしたち三人の関係は変わらないはずだ。何も難しい話ではない。ない、はず……
◇
結論、そんな簡単なわけはなく……一度自らの手で関係を壊しかけてしまったという過去は、あたしに重く圧し掛かり続けた。
その結果が、最近のあたしの態度に現れている。変にいろいろと意識してしまうあまり、どうしてもシランとの距離感が分からないのだ。困った。
「普段、あたしたちの距離感ってどんなだったっけ……」
あたしの独り言は、誰の耳にも届かない。
あたしがよそよそしい対応をするたびに、シランが不満げな表情を浮かべていることには、もちろん気がついている。
だけど、結局はその状況をどうすることもできないまま……時間だけが過ぎていった。微妙な溝は、依然埋まる気配がない。
危機感ばかりが募り続ける中、学院主催の舞踏会が行われるという話が耳に入ってきた。
あたしは、これだ! と思った。この状況を打開するためには、もはやこういったイベントに頼るしかない。
シランとペアになれば、多少強引にでも距離感が縮められるだろう。そうすれば、また以前のような親友としての関係性を取り戻せるかもしれない。いや、きっと取り戻せるはずだ。
そうなると、どうやってシランとペアを組むかということが問題になる。
リリーたちは間違いなく、シランとペアを組むために何か画策するだろう。そんな状況からシランを守るために、キャメリアがペアを申し出る可能性もある。
そんな状況の中で、最近よそよそしい態度を取ってしまっているあたしが入り込む余地なんて、どこにもない気が……いや、諦めちゃダメだ。考えろ。考えるんだ、あたし。
……あっ。
頭を抱えそうになった瞬間、自分がある権利を有していることを思い出した。それは、リリーの暴走がきっかけで手に入った、独り占めの権利、というやつだ。
その権利を使うということは、シランに対して何かを強制することになる。もちろん、会長が勝手に言い出した権利なので、シランが従う必要なんてないんだけど……仕方がないなぁなんて言いつつも、きっと従ってしまうはずだ。あたしの知っている親友は、そういうお人好しだ。
シランの優しさに付け込む権利なんて……親友として、そんなものを利用するのは間違っているんじゃないだろうか。そんな葛藤もあり、あたしはその権利を使わずにいた。
だけど、その権利、今使うべきなんじゃないだろうか。あたしの中で、何かが囁く。
……べつに、権利を使ってシランを困らせようとしているわけではない。ただ、情けないあたしがシランを誘うきっかけとして利用するだけだ。ただ、それだけなんだ。
そんなことを考えていた最中、シランの方から呼び出しを受けた。何やら、放課後に二人だけで話したいことがあるのだとか。突然のことで少しばかり驚いたが、これは絶好の機会だ。
学院内を二人でしばらく歩いていたが、生徒の気配がしなくなったところでシランが立ち止まり、クルッと回ってこちらを見る。シランの用件を聞いたら、その後あたしから舞踏会の話を切り出そう。そう思い、まずは耳を傾ける。
シランがニヤッと口角を上げ、悪い顔を浮かべながら口を開いた。
「あのさ……舞踏会の日、一緒にサボらない?」
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これが悪友ポジションってやつです。
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