第3話 お姫様は勇者候補を探してます
とある日の休日。
バイトもないので自宅でのんびりしようとしていたのだが……。
「ノエル、そこ俺のベッドなんだけど」
「うん」
気の抜けた返事をした彼女は俺のベッドの上でゴロゴロしながら、俺の部屋に置いてあるラノベを読んでいる。
だからそこ、俺のベッドなんだよなぁ……。
「お前、自分の部屋あるんだからそっちに行けよ」
こいつが居候することになった時、両親がわざわざ空き部屋を一つ作って、そこをノエル専用の部屋にしている。
加えて、その部屋にはノエルが大好きなお菓子や同じく大好きなあのブサイクなクマのぬいぐるみが大量にあって、本当に彼女のための部屋になっているのだ。
これらを全て用意したのはうちの変態な親たち。
あの二人はノエルをロリ可愛いだ、天使だ、言って常にお姫様扱いしているからな。
それなのに、普段からこいつは寝る以外の時間はずっと俺の部屋にいるのだ。
おかげで、俺のプライベート時間がめっきり減ってしまった。
「ユウマ、すごくうるさいの」
「うるさくねぇわ。いいからどけって」
ノエルを強引にベッドから引き剥がそうとする。
しかし、彼女はシーツにしがみついて意地でもベッドから離れようとしない。
「おい、ノエル」
「嫌だ! 一人は暇だからユウマと一緒にいるの!」
「俺は暇つぶし扱いかよ。……わかったよ。一緒にいるのはいいから、ベッドから下りろ」
「それも嫌なの。ベッドの方が楽ちんなんだよ」
「お前……」
ノエルは絶対にどかないという意思表示なのか、俺の枕を抱きかかえる。
それは抱き枕じゃないんだよなぁ……。
「……まあいいや」
ノエルをどかすことを諦めると、傍に置いていたタブレットを手に持って操作する。
今日は久々にネットショッピングをするのだ。
もちろん買う物はラノベだ。
「ユウマ、それは何なの?」
買いたいラノベを選んでいると、ノエルが背中からひょっこりと顔を出してきた。
「タブレットだよ。これ使って買い物してるんだ」
そう返事をすると、ノエルはくすくすと笑い出した。
「何を言っているの? そんな薄い板でお買い物なんてできるわけないよ」
「嘘じゃねぇよ。これをこうしてだなぁ……」
タブレットを操作して、ネットショッピングサイトで買いたいラノベをカートに入れて、購入の手続きをする。
「これでいま画面に出ているラノベが買えたぞ」
「……ほんとなの?」
「本当だって『購入が完了しました』って表示されてるだろ?」
「たしかにほんとなの……」
まだ疑っているっぽいけど、一応信じたみたいだ。
「ねえユウマ、ちょっとそれ貸して」
「お前、ラノベ読んでたんじゃねーの?」
「いまはそっちに興味津々なの!」
ノエルは寄こせとばかりに小さな手を前に出してくる。
ここで断って駄々をこねられても困るからなぁ……。
「ったく、しょうがねぇなぁ……」
俺は仕方なくタブレットを渡す。
「先に言っとくけど、壊すなよ?」
「わたしはそんなドジじゃないもん」
そう言っているが、ぶっちゃけノエルはドジだ。
一緒に出かけたらよく転ぶし、昨日も夕飯の準備を手伝ってくれたのだが、皿を十枚くらい割ってしまった。
うちの両親は「ドジっ子、神」と揃って言っていて、特に気にしていないみたいだけど。
「なるほど。ここをこうすると、こうなるの」
しばらく放っておいたら、いつの間にかノエルがタブレットでポチポチしていた。
……ん?
「おいノエル。お前一体何やって――」
「ユウマすごいよ! さっきの文字がたくさん出てきた!」
ノエルが得意げにタブレットを見せる。
それには『購入が完了しました』という文字が大量に並んでいた。
「っ! まさかお前――」
急いでノエルからタブレットを取り上げると、ショッピングサイトを確認。
俺のアカウントで五十冊以上のラノベが勝手に購入されていた。
しかも、どれもこれも買う予定じゃなかったタイトルばかり。
「お前、まじで何やってくれてんの⁉」
「すごいでしょ! 一人でこんなにお買い物できたよ!」
「たしかにすごいことになってるな‼ 特に金額がな‼」
総額、三万円超え。
大人買いにしても高すぎるわ!
「これ、キャンセルとかできたっけなぁ」
「ユウマ、げーむやってもいい?」
「お前、自由奔放かよ……」
俺の返答を聞く前に、ノエルは部屋にあるゲーム機に電源を入れて、テレビゲームを始めた。
こいつが居候してから三日目くらいに一緒にプレイして、それがかなり楽しかったらしくて、以降彼女はゲームにハマっている。
最初はいちいち俺に電源の場所を聞いていたのに、今となってはすんなりゲームを始められる。
まだどのゲームソフトがどういうゲームかは覚えられてないけど。
「……はぁ。気になってた本ばかりだからまあいいか」
俺はノエルが購入した本をキャンセルしようかと思ったが、割と好みの作品ばかりだったし、貯金もあるのでそのまま買うことにした。
「ねえユウマ、終わった?」
「終わった? って……。ノエルのせいで面倒なことになるところだったんだぞ。まあお前にネットショッピングのことをよく教えなかった俺も悪いんだけど……」
「終わったらさ、一緒にゲームしようよ! 一人でプレイするの飽きちゃった」
……こいつ、まるで反省してないし、もはや他人の話を聞いてすらいないな。
今後、ノエルには絶対にタブレットは貸さないでおこう。
「はい! ユウマのコントローラー!」
「……わかったよ。やればいいんだろ、やれば」
渋々という感じで俺はコントローラーを受け取る。
しかし、実際は違った。
大量にラノベを買わされたお返しに、ゲームでコテンパンにしてやるのだ。
今までに何回かノエルとはゲームで対戦したことがあるけど、実力は俺の方が一枚も二枚も上手だからな。
「ユウマ、ちょっと足開いて?」
座布団を敷いて準備バッチリになると、急にノエルがそう言ってきた。
「は? なんで?」
「いいから早く」
ノエルに促されて、俺は言われた通りに股を開く。
すると、彼女はその間にすっぽりと入ってきた。
まるで仲良し兄妹みたいな体勢になる俺とノエル。
「おい、何だこれ」
「えへへ、さっきまで読んでいたラノベにこんなシーンがあって、ユウマとやってみたいって思ってたの!」
可愛らしい笑みを浮かべるノエル。
刹那、ゲームでコテンパンにしようと考えていた俺の心が揺らぐ。
……しょうがないな。ちょっとは手を抜いてやるか。
その後、俺とノエルはカーレースのゲームを始めた。
アイテムを使用したりする、誰もが知ってる有名なゲームだ。
「なあノエル。ちょっと聞いていいか?」
ゲーム中、俺は訊ねる。
ちなみに今回のレースはCPUなしの二人きりで対戦していた。
レース状況は俺が一位を独走して、ノエルは二位だ。
「嫌だ」
「何でだよ」
「負けてるからに決まってるの」
「いや、ゲームに影響されすぎだろ」
それでもノエルはむくれている。
最初は俺だって彼女を勝たせようとしたさ。
でも、言っちゃ悪いけど、ノエルが弱すぎて上手くいかなかったんだ。
露骨に八百長したらバレちゃうしなぁ……。
そんなこんなで、俺は彼女に構わず質問することにした。
「お前さ、いつ元の世界に帰るんだ?」
「えいっ!」
ゴンッ! とノエルの頭突きが顎に直撃した。
「いってぇ! な、何するんだよ?」
「ユウマが変な質問をするからだよ!」
「変って、どこが変なんだよ」
下を見ると、ノエルがさっきよりも頬を膨らませていた。
つーか、顔が近い!
「ユウマはそんなにわたしに帰って欲しいの?」
「そういうわけじゃないけど……単純にいつまでいるのかなって気になっただけだよ」
よくよく考えたら、こいつがこの世界に来た理由って何なんだ?
勝手に観光でもしに来たんだと思ってたけど……。
「ノエル、お前ってどうしてこの世界に来たんだよ?」
「えっ、そ、それは……」
ノエルは目を右に左に泳がす。
明らかに怪しいな。
「ちゃんと言わないと、明日からこの家に寝泊まりさせることはできないな」
「そ、そんな! ひどいよ!」
「ひどくはないだろ? 居候させてもらってるんだから、それくらいは話すべきじゃないのか?」
「そ、それはそうだけど……」
ノエルは迷っている表情を見せる。
まあ本当のところは、こいつがこっちの世界に来た理由を言わなくても追い出したりはしないけどな。
「わかった。わたしがこの世界に来た理由を話すよ」
ノエルは今までにないくらいの真剣な表情をしていた。
ひょっとしたら何か深刻な理由で、こっちの世界に来たのかもしれない。
「実はね、わたしの世界ではいま魔王が復活しようとしているの」
「魔王って……よくラノベに出てくるあの魔王か?」
こくりとノエルは頷く。
「それでね、その魔王が復活すると『災厄』が起こっちゃうんだよ」
「なんだと⁉ そりゃ一大事じゃねぇか‼」
「そうなんだよ! だからわたしは魔王が復活しても対抗できるように、この世界で勇者候補を探しているの! 彼らは魔王と戦える唯一の存在だから!」
ノエルは真剣な声音で語る。
彼女は重要な使命があって、この世界に来たんだな。
「ってか、勇者を連れてくる役目って、もしかしてノエルってあっちの世界じゃすごい人なのか?」
「前にも言ったけど、わたしはお姫様なの!」
「えっ、あれってお前なりの冗談とかじゃなかったの?」
「違うよ! わたしは正真正銘のお姫様なの!」
ノエルはぷんすか怒る。
こいつ、ガチでお姫様だったのか……まったくそうは見えないな。
「ちなみに、まだ魔王は復活してないけど『災厄』は少しずつ起こっているの!」
「まじかよ! 『災厄』って一体どんな恐ろしいことが起こるんだ?」
訊ねたあと、生唾を飲み込む。
ひょっとしたら俺が想像している以上に悲惨な出来事なんじゃないだろうか。
そして、ノエルが話した。
「わたしの世界の人々のお耳が、少しずつうさ耳にされちゃってるの!」
直後、ノエルは「恐ろしいの~」とガタガタと肩を震わせる。
「えーと、それだけか?」
「そうなの! もしこのまま『災厄』が進めば、みーんなうさ耳にされちゃうの!」
「…………」
俺は言葉を失った。
いやいや『災厄』っていうもんだから、どんな恐ろしいことが起こるのかと思ったら、まさかのうさ耳かよ。
「そんなに嫌なのか? うさ耳は?」
「嫌に決まってるの! わたしは人間なのに一日中うさ耳なんて恥ずかしすぎるよ!」
別にいいじゃん。俺は好きだけどなうさ耳。
ノエルのうさ耳姿か……うん、悔しいけど可愛いと思う。
「だけど、なんで魔王が復活したらうさ耳にされるんだ? 魔王はうさ耳に何か思い入れでもあるのか?」
「魔王は元々、わたしたちと同じ人間だったけど、うさ耳を愛しすぎたゆえに魔族に身を堕とし、さらには魔王にまで上り詰めた変態さんなの!」
「……後半から理解不能なんだけど」
うさ耳を愛しすぎて魔王にまでなるってどういうこと?
意味がわからなぎる。
「だから、わたしは一刻も勇者候補を見つけないといけないの! 魔王をやっつけてうさ耳にならないために!」
ノエルは拳を握って、堂々とそう口にした。
「……でもさお前、勇者を探すのが役目らしいけど、全然勇者探してなくね?」
ここに居候してから、ゲーセン行ったり、ラノベを読んでダラダラしたり、テレビゲームしたり……うん、まるで勇者探しなんてしてねぇな。
「そ、それは……い、いまは英気を養っているの!」
「養いすぎだろ」
そう言っても、ノエルは「そんなことないもん!」とそっぽを向く。
こんなんでこいつの世界は大丈夫なのか……?
まあ勇者探しを失敗したとしても、こいつの世界がうさ耳ワールドになるだけだから、助けてやろうとかそういう気持ちには一切ならないけど。
むしろ、俺はうさ耳ワールドになる方を応援したい。
「それよりユウマ! もう一回げーむしようよ!」
「えっ、別にいいけど」
「今度は絶対に負けないよ~」
ノエルはやる気満々でゲーム画面を眺める。
やっぱりまるで勇者を探す気がないな……。
「言っとくけど、次も俺が一位だからな」
「っ! そ、そんなことないもん! 次はわたしが一番を取るんだから!」
そんな会話をしながら思う。
ノエルはまだまだ元の世界に帰りそうにないな、と。
~つづく~
ライトノベルのレコメンドサイト
「キミラノ」パートナーストーリー連載
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