柴藤綾乃は「キミのとなりの本好き少女」

第1話 青春少女とラノベ談義してみた

青春少女とラノベ談義してみた


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「も、もし良かったらね、わ、私とお話してくれないかなぁって……」


不安そうな瞳で、上目遣いをしながら見つめてくる。普通の女の子がやっても可愛いだろうに、超美少女の彼女のそれは破壊力抜群だ。まさかクラスのマドンナと、ラノベの話をする日が来るとは……。


――俺の『青春』始まったかも。


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 夏休み最終日。

 つい三日ほど前まで、夏休みの宿題という存在を完全に忘れていた俺――さいもとゆうは徹夜を挟みつつ必死こいてプリントやら問題集やらを解いていた。

 その結果、残りは問題集が一冊だけになった――が、ここで一つ問題が発生した。

 肝心の最後の問題集を学校に置きっぱなしにしていたのだ。

 ……なにやってんだよ、俺。

 そんなわけで、もう陽が沈み始めているのに俺は一人学校に向かっている。

「あっ」

 校舎の近くまで到着すると、金網の向こう側にあるプールサイドに水着姿の美少女を見つけた。それは俺がよく知る人物だった。

 しばふじあや

 俺のクラスメイトで、男女双方から人気のあるクラスのマドンナ的な存在。

 例えるなら、ギャルゲーに出てくる超正統派ヒロインみたいな感じだ。

 その上、水泳部だから運動もできるし、コミュ力高いし、胸も大きいし、気さくだし、誰にでも優しいし……なんだこれ、本当に女子高生かよ。

 プールサイドには彼女以外、誰も人がいない。自主練でもしているんだろうか。

 ともあれ、マドンナの水着姿はとてもグッドだった。特に胸の部分が。

 ちなみに、そんな彼女と俺は一度も話したことない。

 いや、それは盛ったか。挨拶くらいはしたことある。

 でもそれ以外の接触は一切ない。

 彼女はクラスの人気者で、一方の俺はクラスで一、二を争うくらいの日陰者だからな。

 明日から学校が始まっても、きっと彼女と深く関わることはないだろう。

「……さっさと問題集取りにいくか」

 そんなことを思いながら、トボトボと校舎へ向かった。


☆☆☆☆☆


 夏休み明け初日を迎えた。

 前日にわざわざ問題集を取りに行ったものの、徹夜のダメージが強く、結局、宿題を終わらせられなかった俺は、放課後に図書室で残りの宿題+ペナルティのプリントをやっている。

 今日中に終わらせないと、明日もペナルティが追加されるらしい。地獄かよ。

「……面倒くせぇ」

 数学の計算問題を解きつつ、呟く。

 今日は読みたかったラノベの新刊の発売日なのに、どうしてこんな目に。

「そういえば、図書室の方にも新しいラノベが入ったらしいな」

 今朝配られた数枚のプリントのどれかに書かれていた。

 つーか、図書室にもラノベってあったんだな。初めて知ったわ。

「さて、どこかなぁと」

 席から立つと、図書室を歩きまわる。

 すると、数分程度で案外早く見つかった。

「これだな」

 本棚の一角にラノベが数冊だけ並べられている。

 本屋じゃないからな。数はこんなもんだろう。

 そう思いつつ、その中の一冊を手に取ろうとすると、

「あっ」「っ!」

 横からスッと伸びてきた他の人の手に当たった。

 同時に微かに聞こえたのは、女の子の声。

 隣を向くと、やはり女子生徒が佇んでおり、美少女だった。

 ……つーか、こいつ。

「ご、ごめんなさい」

 美少女――柴藤綾乃はぺこぺこと頭を下げる。

 まさかのマドンナ登場だった。

 挨拶以外は一生会話を交わすことなんてないだろうと思っていたのに、こんなシチュエーションで初めてまともに話すことになるなんて。

「い、いや、俺の方こそごめん」

「ううん、私が悪いの。周りをよく見てなかったから――ってあれ? 才本くん?」

 急に名前を呼ばれてドキッとした。

 なんで俺の名前を知ってんだ? いや、同じクラスなんだからさすがに知ってるか。

 逆になんで知られてないと思ったんだよ、俺。

「そ、そうだけど……何か?」

「え、えっと……そ、その、ね」

 困ったような反応をする柴藤。

 やっちまった。マドンナとの初めての会話にテンパりまくってよくわからん返しをしてしまった。

 何か? はないよな。めっちゃ感じ悪いやつみたいじゃん。

 これ以上彼女と話しても、俺の評価が只々下がるだけな気がする……。

 うん。ここはひとまず撤退しよう。

「すまん。俺、いま夏休みの宿題をやっている最中なんだ」

「? それって今朝に提出だったやつだよね?」

「そうなんだけど、ほら、中には忘れる愚か者もいるわけで……」

「! そ、そっか。大変だね……」

「自業自得だけどな。まあそんなわけでちゃっちゃっと宿題を終わらせないといけないんだ。じゃあ、そういうことで」

 言い終えると、流れるようにその場を離れようとする俺。

「ま、待って!」

 けれど、なぜか柴藤に引き止められた。

 割と大きい声を出したため、他の生徒から睨まれる。ついでに俺も睨まれた。

 ぺこぺこと謝る柴藤と俺。……俺は悪くないのに。

「えーと、俺に何か用でも?」

 周りの生徒たちに謝罪を済ませたところで、俺は訊ねた。

 わざわざ引き止めたからには、何か用事があるんだろう。

「そ、その……ね。才本くんってラノベはよく読むのかな?」

「えっ、そ、そうだなぁ……一応、ほぼ毎日読んでるけど」

「! すごい読んでるね!」

 急に柴藤が嬉しそうな表情を浮かべる。

 な、なんだ? 俺がラノベを沢山読んでたら良いことでもあるのか?

「私もね、才本くんと同じでラノベは毎日読んでるんだよ!」

「え、柴藤も?」

 そうだよ! と頷く柴藤。

 クラスのマドンナがラノベを読むってだけでも意外なのに、まさか俺と同じレベルのラノベ好きだったとは。

「ちなみに、どんなラノベが好きなんだ?」

「私はね、こういう青春ものが好きなんだ」

 彼女は本棚から一冊を手に取る。

 それは二人して手に取ろうとしたラノベだった。

 そっか。それって青春ものだったのか。

「もしかして、才本くんも青春ものが好きなの?」

「いいや、俺はラブコメが一番好きかな。他にも色々読んでるけど……そういえば青春ものはまだ読んだことないな」

「えっ、そうなんだぁ。……じゃあこれどうぞ」

 彼女から手に持ったラノベを差し出される。

「でもこれ、お前が読みたいやつなんじゃ……」

「私は大丈夫! 昨日買ったばかりのラノベが十冊くらいあるから!」

「そ、そっか……」

 柴藤の発言に驚きつつ、俺はラノベを受け取る。

「ありがとな。さっきも言ったけど、青春もののラノベは読んだことなかったから、すげぇ嬉しい」

「っ! べ、別にお礼を言われるほどじゃないよ……」

 ほんのり頬を染めた柴藤は、恥ずかしがるように視線を落とす。

 柴藤とラノベの話ができるなんて思いもしなかったなぁ。

 宿題が終わってない時点でロクでもない日かと思ったけど、彼女のおかげでかなり良い日になったな。

「じゃあ俺はそろそろ宿題をやらないといけないから。これマジでありがとな」

 最後にもう一度ラノベのお礼を言うと、今度こそ宿題を再開しようとする――が、不意に後ろに引っ張られる。

 振り返ると、柴藤が小さい手で俺の腕を掴んでいた。

「……まだ俺になにかあるのか?」

「そ、その……う、うん」

 俺の問いに、柴藤は控えめに頷く。

「も、もし良かったらね、わ、私とお話してくれないかなぁって……」

「お話……?」

「そ、そう! ら、ラノベの話をしたいの! ……だ、だめかな?」

 柴藤は不安そうな瞳で、上目遣いをしながら見つめてくる。

 普通の女の子がやっても可愛いだろうに、超美少女の彼女のそれは破壊力抜群だ。

「け、けどお前、部活とかは……」

「今日は休みなんだ! だから沢山お話できるよ!」

「そ、そっか……で、でも今日中に宿題を終わらせないといけないし……」

「め、迷惑だっていうのはわかってるの。それはごめんなさい。……で、でもね、私の周りにラノベのことを話せる人って一人もいないから……」

 柴藤は悲しげに顔を俯ける。

 普段、彼女はラノベとは縁がなさそうなトップオブ陽キャな女の子たちとよく喋っているからな。それにあの柴藤綾乃がラノベ好きだなんて誰も気づかないだろうし。

 そう考えると、このお願いを聞かないっていうのはちょっと不憫だよな。

「わかった。少しだけならいいぞ」

「ほ、ほんとっ‼」

「おう。その代わり少しだけだからな」

「うん! 少しで十分だよ!」

 さっきまでとは打って変わって、柴藤は明るい表情を向けてくる。

 そんなに誰かとラノベの話をしたかったんだろうか。したかったんだろうな。

 ラノベは一人で読むだけでも十分楽しめるけど、その作品について感じたことを他の人と分かち合うのはもっと楽しいからな。

 これは俺がラノベをきちんと知ってから、今日までに得た経験で思ったことだ。

 それから、俺と柴藤は図書室にあるプライベートルームへと移動する。

 ここは完全防音の部屋になっているため、多少大きな声を出しても問題ない。

「それで才本くんのおすすめのラノベってなにかな?」

「お、おう、いきなりだな……」

 部屋に入るなり、柴藤は興味津々といった感じでグイッと顔を近づけてきた。

 俺、まだ椅子にも座ってないんだけど。

「やっぱり『妹ギャルの彼氏役を演じることになったんだが』かな。この本がきっかけでラノベを好きになったから」

「私、それ知ってるよ! アニメ化もした作品だよね!」

「そうそう。って、さっきは青春ものが好きって言ってたのに、ラブコメも読んだりするのか?」

「よく読んでるのが青春ものってだけで、それ以外のジャンルもちゃんと読むよ! もちろんラブコメも!」

 ウィンクする柴藤は、いつも教室にいる彼女とは少し違う印象を受けた。

 なんというか、飾ってないっていうか。

 まあ普段も飾ってないんだろうけど、やっぱり人気者だけあって色々と気を遣っている場面とかよく見るし。

 それと比べたら、いまの彼女の方が生き生きしている感じがする。

「じゃあ次は柴藤のおすすめのラノベを教えてくれよ」

「えっ、私?」

「そうだ。こっちは教えたんだから、そっちだって教えてくれないと不公平だろ?」

 そう言うと、柴藤は「うーん」と呟きながら考える仕草を見せる。

「うーん、私はね、そうだなぁ……あれが好きかなぁ……『キミの記憶が溶けないように』ってラノベ」

「おっ、それ知ってる気がする! この間、本屋に行った時に結構目立つところで売ってたぞ!」

「うん、たぶんそれじゃないかな。有名な作品だから」

「やっぱそうなのか! ……で、あれってどんな話なんだ? 柴藤が好きな青春ものなのか?」

「そうだよ! 冬が終わって雪が溶けると同時に記憶がなくなっちゃう女の子と彼女を救おうとする男の子の話。二人とも高校生だから、青春学園ものかな?」

「そっか……なんつーか重そうな話だな。でも面白そう!」

「たしかに内容はちょっと重いけど、すごく感動するんだよ! 良かったら、今度貸してあげよっか?」

「えっ、まじ⁉ いいの⁉」

「全然いいよ!」

 言った直後、柴藤は何か思いついたように「あっ」と声を上げる。

「そ、その代わり、私のお願いをもう一つだけ聞いてくれないかな?」

 彼女は顔を赤くして、もじもじしながら訊ねてきた。

 なんですかこれ、告白ですか?

「告白ですか?」

「っ! ち、違うよ!」

 つい心の声が漏れてしまうと、全力で否定された。

 ぐはっ! わかってはいたけど、かなりのダメージだ。

 これは帰ったらラブコメを読んで癒されるしかない。

「そ、そうじゃなくて、その……良かったらこれからもこうやって才本くんとラノベの話をしたいなぁって……思ったの」

「な、なんだ。そういうことか」

「そ、そう。だから断じて告白なんかじゃないんだけど……良いかな?」

 彼女の声音には、不安がいっぱいに詰まっていた。

 断られることも覚悟しているのかもしれない。

 ……でも俺としては、彼女のお願いを聞き入れる気満々だった。

 こっちも同じクラスで、ラノベの話を存分にできる友達はいないからな。

 その友達に、あの柴藤がなってくれるなら万々歳だ。

「おう! これからも沢山ラノベの話しようぜ!」

「っ! いいの?」

「もちろんだ! 逆になんで断られると思ったんだよ」

「そ、そっか……うん、嬉しいなぁ……」

 柴藤は心の底から喜んでいるみたいだった。

おっと、大丈夫か? なんか泣きそうな勢いなんだが。

「じゃあラノベの話の続きしよ! 今度は二番目におすすめのラノベの話ね!」

 と心配していたら、話の再開を促す柴藤。

 それ何番目まで続くんだよ。

 そう思いつつ、俺と柴藤は下校時間のチャイムが鳴るまで話し続けた。

 こうして俺と柴藤はラノベの話ができる友達となったのだった。

 ……ところで、宿題の方だが、彼女との会話に夢中になるあまりすっかり忘れてしまい、翌日にはたんまりペナルティを食らった。


~つづく~


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