第13話 金は柔らかい金属
「君を産んだ人の乳母がね、君にあげたいんだって。
乳母の今際の際の願いをギルドの依頼として受け入れたよ。
でもそれをどうするかは君次第だ、タリム」
そういうと、義父はやたら格好をつけながら退出していった。
忌々しい。
隣の家に帰って行くだけなのに、何あの歩き方!?
なに?
なんでこんなにイラっとするの?
……にしても、乳母の願いとは、また人騒がせな。
やけに熱い視線を送ってくると思ったが、そういう視線だったのか。
産んだ人に似てるのかな?
困るなぁ。
「とりあえず、開けてみますね。
……はい、やっぱり指輪でしたね」
華奢な金の凝った細工の輪に赤い石がついていて、王家の紋章とは少し違うが、なにか何処かで見たような彫刻がしてある。
「受け取ったってことで、この仕事は終わりでいいですね」
暗殺云々も義父が絡んだのなら面倒な事にはならないだろう。
箱を潰して古い屑篭に捨て、指輪は尻のポケットにしまう。
「ロイ・アデルア、終わったので書類書いて出しといて下さい」
なんだか味のない肉をずっと嚙まされているみたいな仕事だったな……。
義父の家に寄ろうかと思っていたが、今はもう王都の自室に早く帰りたい。
義理の母と兄には顔見せて行きたかったような気がするけど、また今度でいいや。
埃臭い空き家から出て大きく息を吸う。
少し日が暮れてきたが、今ならまだ宿がとれるはずだ。
川沿いを歩きはじめると、モーウェル騎士が回り込んで片膝をつき騎士のポーズで私の手を取った。
もう、帰りたいんだってば。
「姫! 私、ニコラ・モーウェルは、タリム嬢、貴女を、姫を心から愛している。
どうか私を騎士として貴女の側に置いていただけまいか」
モーウェル騎士は真剣な顔で頭のおかしいことを言ってる。
「……モーウェル騎士、冗談は困ります……」
疲労感がすごい。
「冗談などではありません。
貴女は王家に繋がる正統な指輪の所有者、高貴な血筋を引く姫。
城にお戻りになったら、騎士である私が側でお守りいたします」
「いや、城に戻るって、そんなわけないじゃないですか。
私が姫だったから仕えるとか、そんな義務も義理もありませんから、放っておいてください」
私は私の普通の生活に戻りたいだけなのに。
「違うのです、義務などではないのです。
私は貴方だから! 愛、故に! あなたのお側に侍るのです。
長年あなたの存在をずっと待ち続けていたのです!」
あい?あいゆえにってなに?
理解不能すぎて背筋が寒い。
「ロイ・アデルア!」
何か言い返して追い返して欲しい。
なるべく遺恨を残さない感じで。
目で訴えると、嫌そうに口を開く。
「ああ、じゃぁ、俺もタリムを愛してるから、貴様は手を引け。
その剣ではタリムのお守りは務まらん」
ダメだ、ロイも真面目な対応をしてくれない。
「もぉ、この状況でややこしくなるような事言わないでくださいよ」
「たしかにアデルア殿の腕は確かかもしれないが、やもすれば姫は順番からして、王位を継承する可能性のある姫。
傍には正統な騎士が相応しかろうと……。
再三申し上げますが、冗談などではありません。
亡きセレスタニア様に御子がいたことを聞いた時の驚きをどう伝えたらよいのだろうか。
騎士になった時から貴女の存在に恋い焦がれていたのです。
それ以来、姫をずっと探しておりました」
ぐっと私の手を握りこむ。
確かに、ちゃんと鍛錬を怠らなかった者だけの持つ手だ。
騎士としてちゃんと努めてきたのだろうに、残念な人だ。
なんかこの人、末が心配だなぁ。
「やっとこちらを向いてくだされた……しかし、私の姫がこんなに美しく凛々しい姫だったとは……」
感極まったようで、モーウェル騎士は私の顔を美しい手つきで包み込むと、流れるような所作で唇を奪う。
それはもう、どうやって触れられたのか、わからないくらいの自然さで。
この人、距離感を詰めるタイミングがおかしい。
うわわわわ、柔らかい、柔らかい!
うう、気持ち悪い。
身を竦めて嵐が去るのを待つが、今度は歯列をくぐって舌が口腔に突入してきた。
悲鳴は舌に絡め取られて、くぐもった音となった。
「その、守るべき姫に手を出してるんじゃねぇよ!
騎士が聞いて呆れるわっ!!」
目の前で行われている痴態に耐え切れなかったのだろう、舌打ちとともにロイが私をモーウェル騎士から引き剥がした。
うぇぇぇ、口の中舐められるの気持ち悪かった。
血の気が引いた。
う、うがいしたい。
うがい。
うがいを、はやく……。
「お前も、殺気がなければ避けられねぇのか。
そんなに嫌なら拒め!
変態騎士が誤解するだろうが」
ロイは涙目になった私の目尻を拭いながら、器用に私の頭を叩く。
結構痛いが今は感謝してロイを盾にしてその背に隠れる。
「だって、流石に騎士を殴るわけには……」
「その騎士は、守るべき姫の唇を有無を言わさず奪ったあげくに、公衆の面前で舌入れてくるような下衆だぞ」
誰かの口から聞くと、一層おぞましい。
「だ、断じてそんな不埒な真似はっ!!」
「……」
やった後にこの感じって、怖いわぁ。
無理。
ほんとに無理。
「ニコラ・モーウェル、今まで相手にしたお嬢様方がどうだったかは知らんが、お前のお姫様とやらはキスぐらいじゃ靡かんし、お前はおそらく手酷く振られる」
「なんだと?」
「見てみろ」
ロイがわたしの袖を捲りあげ腕を見せる。
「……蕁麻疹がでているな」
意地悪くロイが笑う。
「ひ、姫……」
カタカタと震え始めるモーウェル騎士と、状況に耐えられずにくすくす笑い始める部下の騎士1と2。
「はっ、生理的に受け付けない、という事だな」
「そ、そんな……姫ぇ」
今にも泣き出さんばかりのモーウェル騎士は、数歩よろめきながら下がった。
「それと、絶望的に鈍い。
お前の熱意は永遠にとどかねぇ」
モーウェル騎士はついに膝をつく。
「それは……確かに……しかし、貴様とて同じ事!」
「うっ……」
「しかも、貴様が何を言おうが、姫は我が国の姫だ!!」
それを主張されるととてもめんどくさい。
ロイは今まで見たことのないような、遠い目をした。
ロイは私が生まれた時に本当に立ち会っていたのだろう。
母の人となんか話したのかな。
母の人は……うーん、どの種類の肉が好きだったかな。
母の人は……あー、靴はどっちの足から履く人かな。
母の人は……ええと、ええと。
母、母かぁ……なんだろ、申し訳ないけど、あんまり興味がない。
「母親がそれを望んでいなかった。
タリムの母は、結局タリムに王家の血筋と分かるものを何も渡さずギルドに預けた。
それが権力争いで心を踏みにじられたタリムの母の意思だ。
この指輪はタリムに何か良い物を齎したか?
刺客がきて、しつこい騎士に唇をうばわれたぐらいだな。
着飾って権力争いに巻き込まれ、知らない男に嫁ぐのがタリムの幸せか?」
モーウェル騎士は痛ましい表情で唇をかむ。
私は内容より、ロイがどの立場からそれを言っているのかの方が気になる。
私が仮にお姫様に戻ったら、ロイはもう私のそばにはいられないのだろうか。
「しかし、姫の置かれた状況は姫の意志ではないはずだ。
身分を隠され、今まで身内も無く、剣を振るって健気に生きてこられた姫を城で保護し、仕えするのは当然のこと」
内容はよく分からないが、何をすればいいのかはなんとなく、ピンときた。
これ以上、騎士たちと話をするのはまずい。
わたしはロイを失うわけにはいかない。
「もういいですか? いい加減帰りたいんですけど」
わたしはこんな過去に思いをはせるような顔をするロイより、いつもロイがいい。
変な役職がついてロイが日常から消えるのが嫌なのだ。
ロイが仕事で王都に行ってしまって、すごく寂しかったし、すごく不便だった。
だから義父と交渉して、私も王都に出たのだ。
王都に出るまでの条件がすっごく面倒くさかったけど。
「タリム、お前が国に盗られるかどうかの話だ、少しは真面目に聞け」
ロイは歩き出した私の肩を掴んで引き寄せる。
ロイもまだこの話を続けるつもりなんだろうか?
もう、流石に限界だ。
「真面目にも何も、こんなものこうすればいいんですよ」
私はポケットから剥き出しの指輪を取り出し、岩の上に置くと、出来る限り大きな石を拾い上げ完膚なきまでに叩きつけた。
柔らかい金で出来た繊細な指輪はぐちゃりとへしゃげ、台座から赤い石を吐き出した。
その石をつまみあげると、深い藪に向かって力の限り遠くに放った。
台座は逆の川に向かって投げ捨てた。
「ああっ……!」
騎士たちが悲鳴を上げる。
「ほら、これで私が何者であるかを語る証拠は消えました。
問題解決です。
騎士様はどうぞお帰りください」
「そんな、姫っ、私は……」
「私は仕事がとっくに終わったので、帰りたいんです」
「貴女のことを想う気持ちは……」
まだ言うのか?!
「か、え、れっ!!」
こうして私のストレスに満ちた任務は終わった。
後には珍しく爆笑しているロイが残った。
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