第3話 書類仕事はギルド職員に丸投げする

「あれが騎士レベルのレディファーストなんですね」


怖ろしい程の干渉に、騎士という役職に警戒心が高まる。

「ロイ・アデルア、騎士ってあんな感じだって知ってました?

 わたし、初めて見ました。

 なんか凄いですよね」

 ドアに耳をつけ足音が遠ざかるのを確認して、念入りに鍵をかける。

「つかれたー。わたし、姫とか、巷のレディーじゃなくて良かったー」

 深く深くため息をつく。

「違うだろ。アホだなお前」

 心底呆れた顔で暴言を吐くのはやめて欲しい。

 確かに、あまり勉強は得意じゃないけど。

「ロイ・アデルアもあれが常態の騎士さんたちに、面接されてみればいいんですよ」

 まるで私の人生に興味津々みたいな顔をされて、担がれ続けるのってすごく恥ずかしい。

 社交辞令もいき過ぎると不信感に変わるのだ。

「上流階級では会話が途切れるのが無礼にあたるんですよね?

 にしても、絡めとるようなねちっこい質問ばっかりでしたよ。

 私の好物とか、なんの意味があるっていうんですかねぇ」

 ロイは不機嫌そうに鼻息で相槌を打つ。

「あの時間て要りました?

 わたし、食事がちゃんと味わえなかったですよ。

 失敗したなぁ。

同行を許可しなければ良かったかなぁ」

 軽口を叩きながら皮に金属を噛ませた胸当てと肩当てを外していく。

無駄な時間を過ごしてしまった。筋トレでもしよう。


 この辺りの街は水道が張り巡らされていて、それぞれの家で汲み上げなくても水が使える。

 水車で水圧を上げる仕組みもあるようで、二階まで水が引いてある宿に当たったのは幸いだった。

 水廻りが不便な町に入る前にたっぷり行水しておきたい。

「先に水使いますよ」

「俺は報告書を書いておく」

 

 この国ではギルドの力が強い。

 他の国で、ギルドの仕事に国が介入出来ないなんてことは無い。あり得ない。

 実質的に国の全域を守っているギルドを蔑ろにすれば、血族で成り立つ騎士団を持つだけの貴族たちは、たちまち危険に晒される。

 王制が形骸化しつつあるこの国では、貴族階級である騎士であっても、書状も無しにギルドの運ぶ品物を暴くことは出来ないのだ。

 ギルドマスターの作ったルールは細かい。本にすると物凄く分厚い。

 そして、それを違えた時の罰則も重い。

 筋肉一筋だった者たちが肩を寄せ集めてちまちまと書類を作る様子は、この国の名物になりつつある。

 ギルドが束ねる案件は多岐に及び、それぞれに細やかな報告義務が生じる。

 書類を出さないと報酬も生じないのだ。

 提出には唯一無二の印鑑が必要だ。

 別の物は使えない。失くしたらしばらく文無しだ。

 とはいえ、ロイがいる時は報告書類を丸投げ出来る。

 その分私のミスなども容赦なく報告されているだろうが、今の所は大きな減俸はない。


 秋も深まり陽が落ちるのも早くなってきて、水を使うのが億劫になる季節になってきた。

 長くなってしまった髪を洗い終え、身を清めて新しい下着に着替える。

 洗面所は狭いので、まだ水が滴る髪をざっと絞って部屋に戻ると、すぐにロイに見咎められた。

「お前、それ乾く前に寝るなよ」

 書類が仕上がったらしく、身軽な格好で寛いでいたロイが苦々しげに言って寄越す。

「わかってますよ」

 小言をもらい口を尖らせる。

「ああ、そうでした」

 ここのところ、涼しくなってきて髪が乾きにくくて困ると思っていたのだ。

「ロイ・アデルア、鋏もってます? ちょっと切ってくれません? 後ろが切りにくくて」

「……床屋に行け」

 ロイは盛大に眉間の皺を深めた。

「黙って切ってくれる床屋があればそうしますけど」

 普通、女性は髪を長く美しく保つこと好むもので、短髪を頼むと床屋が怯む。

 何かあったのか? だれか死んだのか? 出家するのか? などと、痛く無い腹を探られるのが面倒で、しばらく伸ばしっぱなしになっていた。

「俺はお前のお抱え床屋か?」とかなんとか言いいながらも、ロイは鋏を持ち出す。

 ブツブツ言いながらも、腰あたりまで伸び放題だった私の黒髪を肩口くらいまで切って整えてくれた。

 ロイは長さの注文をしなくても丁度良い長さで思い切りよく切ってくれるので助かる。

 短いのは楽だが、首が出すぎると虫や小さな魔物に噛まれた時に厄介なのだ。

 ガシガシと髪も乾かしてもらったので、そのまま本を読むことにする。

 頭が軽くて快適だなぁ。

 室内のランプは油代がかかるので、飯盒の中に仕舞ってあるランプ石を出そう。

 ランプ石はその名の通り発光する。

 松明より明るく、値が張るが便利なのでギルド登録の時に強く薦められて買った。

 専ら、夜の読書に重宝してる。

 ロイもランプ石を出して剣の手入れを始めた。

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