第一話 陽光
ゲイザーの家に向かいながら、オレはみのりとタマちゃんに大野さつきちゃんの話をした。前からみのりとタマちゃんは、オレとさつきちゃんの関係が気になっていたらしい。
オレの高校の友達、クラスメイトにゲイザーという男がいる。ふざけた名前だが、本名ではない。自己紹介でスターゲイザーと呼べと抜かしたから、オレが勝手にそう呼んでいるだけだ。
そのゲイザーにはリュウという弟が居て、そいつはスターゲイザーと呼べと言ってないからゲイザーではない。大野さつきちゃんはゲイザーの弟であるリュウの幼馴染、要はゲイザーとも幼馴染なのだ。
オレと知り合う切っ掛けを作ったのも、勿論ゲイザーだった。
去年の夏前、オレがゲイザーの家に遊びに行った時のことである。昼飯を作ったタイミングでリュウがさつきちゃんを連れて帰ってきて、多めに作ったリゾットを二人にもご馳走したのだ。
オレの腕前に感動したさつきちゃんが、その場でオレに弟子入りを希望。それから予定があれば、ゲイザーの家で料理を教えるという仲になったのだ。
「だから、妹みたいな関係で決してお前が思うような仲じゃない」とオレはみのりに説明した。
「そうですか。でも、義妹と従妹の他に妹みたいな存在が居るって、どうなんですか」とみのりは言った。
「どうなんですかと言われても困る」
実際、さつきちゃんとの付き合いは二人より長い。皮肉にも血の繋がっていない義妹や、血の繋がっている従妹よりも、ただの妹的存在の方が良く知り合っている。だが、そんなことを二人の前で、口に出来るわけがなかった。
「……わたしは、さつきちゃんみたいな妹が居たら、いいと思います」
タマキちゃんが呟くように言うと、みのりも恥ずかしそうに「あたしだって……」と言った。まるで義兄にヤキモチを焼いていたみたいだなと思った。もしかしたら、そうなのかもしれない。そうだったらいいな、とも少し思った。
気づくと、ゲイザーの家の最寄り駅の、すぐ近くまで来ていた。風は強くなかったけど、思わず身構えてしまう。
「あっ」
オレの様子を見て、タマちゃんがあることに気が付いたようだった。
「ここって、その……」
言わなくても、オレは何となく察しがついた。みのりもタマちゃんの口ぶりから、何が言いたいか気づいたようだった。
「オレがタマちゃんにセクハラした所だな……」
先々週の土曜日、オレがまだみのりの事を名前で呼べなかった頃の話である。
歓迎会をゲイザーの家で行うので、二人を迎えに駅まで来た時。家まで案内する途中で起こった喜劇である。
その日は風の強い日で、何かの板がタマちゃんに襲い掛かったのをオレが潰したのがこの場所だった。
その際に、オレは無意識にタマちゃんを抱きしめてしまい、その後は変な空気になってしまったのだ。
「はい。あの時、実はミナユキさん。お父さんみたいだって思ったんです」
「マジで!」
タマちゃんの父親はオレの叔父であり、筋肉の師匠であり、我が街のスーパーヒーローである多摩雄さんだ。
オレが世界で一番カッコいいと思っている人間と同列にされて、嬉しくないわけがなかった。
「……前から思っていたんですけど」とみのりが不思議そうな顔をした。
「筋肉の師匠ってどういうことですか?」
「ちょっと、質問の意味が分からない」とオレは答えた。
さつきちゃんに料理を教えているから、オレが料理の師匠であるように。多摩雄さんに筋肉を教わっているから、オレは筋肉の弟子なのだ。
そう説明すると、ますます意味が分からないとみのりは頭を抱えた。所詮、女子供には筋肉の良さは理解出来ないのだろう。
「じゃあ、将来はお父さんみたく、消防士さんですか?」とタマちゃんは言った。彼女の実父である多摩雄さんは立派な筋肉を生かして、市民の安全を守る仕事をしている。
「いや、多摩雄さんに反対されてる」
「えっ、何故ですか?」
「……きっと、タマちゃんに寂しい思いをさせているからだろう」
それを聞いたタマちゃんが、小さく微笑みを零した。常日頃から多摩雄さんが、どれだけ娘を大事にしてくれているかが伝わったようだ。
そんな彼女を見て、みのりも少しだけ笑っていた。家族を大切にしたいという思いが一番強いから、オレの義妹もそういう顔が出来るのだろう。
ふと思ったが、今この三人を見て、通行人にどう思われているのだろう。仲良し姉妹と、そのお兄ちゃん。仲良い友達と、その先輩。どちらも間違ってはいないけど、前者だったらいいなと思った。
二人の微笑みは暖かくて、先輩が月光のような笑みだとしたら、ウチの妹たちの笑顔はまるで陽光だと思った。
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