第六話 出来た従妹


「直接合わすのは久しぶりだったな、娘のタマキだ」と多摩雄さんは言う。久しぶりってどういうことだ。


「タマちゃん、大きくなったな」と親父が言った。何故、親父は南タマキちゃんのことを知っているのだ。


「……どうしたミナユキ」


 明らかに様子がおかしいのに気が付いたか、多摩雄さんがオレに心配そうな顔をする。


「みっ……南ちゃんが。たっ、多摩雄さんの……むすめだったのか!」


 オレは必死に喉から声を搾り取ったので、トーンがおかしく上ずっていた。


「せ、先輩が、わ、わわ、わたしのイトコ、だったんですか!」と南タマキちゃんが更に衝撃の事実を述べる。


「イトコ。え、イトコぉ? え、なんで、イトコ?」


 駄目だ。更なる情報の追加で、オレの頭は完全に真っ白になっている。


 現在、起こっている出来事の整理がしたいのに、脳がどうしても目の前の情報をくみ取ってくれなかった。


 それは南タマキちゃんも同様のようで、まるで目を回したようにはわはわと慌てふためいていた。


「ミナユキ一旦落ち着け」


 パシリと強めに親父はオレの肩に手を置いた。


「タマキも深呼吸」と多摩雄さんは南タマキちゃんの頭にそっと手を置いた。


「ミナユキ。お前、この子といつ会ったんだ?」


 オレの肩に手を置いたまま、親父がそう言った。いつ会ったも何も、毎日部室で顔を合わせている。同じ部活の後輩だと言った。


「そうか、タマちゃんも同じ高校だったな。なら、顔見知りでもおかしくはない。もう一つ質問だ。部員になった時、お前はタマちゃんを多摩雄の娘だって気づかなかったのか」


 苗字が違うし。そもそも多摩雄さんが、娘と暮らし始めたのを知ったのも最近だ。高校に入学したことは聞いていたが、ウチの学校だとは思わなかった。と説明した。


「苗字が違うのは離婚しているから当然だ。ときにミナユキ、お前の母親の名前を旧姓で言ってみろ」


 南ユキとオレは答えた。


「そうだ。その妹さんの名前は?」


 南マキとオレは言った。


「そうだ。タマちゃんは多摩雄とマキさんの子供だ」


 多摩雄さんの奥さんってマキさんだったのか、と叫びそうになったがオレは声が出なかった。


「というか、ミナユキ。お前……」


 苦笑いの多摩雄さんが、まるでオレの心情を代弁するようなことを言ってくれた。


「俺の奥さんが、お前の母親の妹だって知らなかったのか」


「夢にも思いませんでしたよ!」とここにきてやっと、声帯の調子が元に戻った。


「え、何で知らなかったんだ」と親父が信じられないものを見るような目でオレを見た。


「アンタが多摩雄さんと居る時、奥さんの話をタブーにしてたからだろう!」と、叫ぶように親父に言った。


「俺に遠慮すんな、気を遣うなって。いつも言っているだろう」


 多摩雄さんはそう言うが、それとこれとは別だとオレは思った。


「そういう意味だと思わなかったんですよ……」


 出た台詞は、自分でも嘆くような言葉だと思った。そして、やっと本調子に戻った悪い頭が、ちゃんと働いてくれるようになった。


 多摩雄さんと奥さんが離婚したのは、十五年も前のことだった。離婚の原因は聞いていないが、逆算すると南タマキちゃんが生まれてすぐだと考えていい。何故かは考えない方がいいだろう。


 オレが今まで一度でも南の実家に行っていれば、こうはならなかったのだろう。親父は自分が奥さんを殺したようなもの、だと思っている。母の実家に顔を出せなかったのも理解出来る。


 何度も何度も多摩雄さんとオレは遊んだり、飯を連れて行って貰ったりしている。だけど、今まで奥さんの話も娘の話も出て来なかったのは、そんな親父に気を遣っていただけかもしれなかった。


 だから、今回、こういう結果となってしまったのだろう。ただ、オレにはもう一つ、気がかりがある。


「タマキはミナユキが親戚だって、気づかなかったのか?」


 多摩雄さんが代わりに、沸いた疑問を南タマキちゃんに聞いてくれた。そう。オレは兎も角、南タマキちゃんも、こっちが従兄だと気づかなかったのは何故だ。


「え、え、う、うん。わ、からなかった」


 南タマキちゃんはまだ落ち着いていないようで、言葉に何度も詰まっていた。


「ミナユキの苗字見て、ピンと来なかったのか?」


「…………」


 はわはわしながらも、南タマキちゃんは必死になって何かを思い出すように黙ってしまう。んーと、えーっと。そんな擬音が出てきそうな顔をした後、やがて開いた口で彼女は正直な疑問を述べた。


「……ミナユキ先輩の、苗字って何ていうんですか?」


「そうきたか!」


 意外な一言に、オレは思わず突っ込みを入れてしまう。すいません、すいませんと、南タマキちゃんはペコペコ頭を下げていた。


 よくよく考えてみると、オレは部員の皆からミナユキか、みーなチャンとしか呼ばれていない。


 珍しい上に、言い辛い苗字だから、教師以外からは呼ばれたこともない。部員名簿を一年が見る訳がないのだから、南タマキちゃんが知らなくても当然かと納得した。


「いや、頭上げてよ南ちゃん」とまだペコペコしている南タマキちゃんにそう言った。


「確かにビックリしたけど、逆に南ちゃんで良かった」


 知らない子が来て、いきなり親戚ですとか言われても困る。そう言おうとしたが、あまり知らない後輩がいきなり妹になった例もある。それは言わない方がいだろう。


「ミナユキ、南ちゃんは無いだろう」と多摩雄さんが言った。


「タマキは妹みたいなものなんだぞ」


 確かに南は母親の旧姓だし。親族と分かった今、苗字呼びはどうかと思った。オレは親父に倣って、タマちゃんと呼ぶことにした。


 タマちゃんという響きは可愛くて、なんだか彼女にぴったりなような気がしたからだ。


「分かった。よろしく、タマちゃん」とオレは握手を求めるように手を伸ばした。


「は、はいっ、先輩」と南タマキちゃんこと、タマちゃんはオレの手を握り返す。


「タマキも、相手はお兄ちゃんだぞ」


「そ、そうだねっ。よろしく、お兄ちゃん!」


 お兄ちゃんなんて、義妹にも呼ばれた試しも無い。勘弁してくれと思ったが、相手がタマちゃんだからか不思議と悪い気はしなかった。


 色々ありすぎたせいか、オレはこの時、完全に稲瀬みのりを忘れていた。ちょいちょい考えていたので、存在を忘れたわけじゃない。ただ、この場に来ていたことを忘れていたのだ。


「お兄ちゃん?」


 背後から声がした。


 稲瀬みのりの声だった。


 よく分からないが、急に現実に戻されたような感覚に陥った。


 オレは恐る恐る振り向いてみる。


 信じられないものを見るような目で、稲瀬みのりが立っていた。


 事実、信じられないと思っているのだろう。


 足元にはコンビニ袋が落ちている。


 ビックリして落としてしまったに違いない。


 中からコーラのペットボトルが出てしまい、地面を転がった。


 間違いなく、飲むとき吹くだろうと、オレは現実逃避みたいに思った。


 最高の瞬間は、いつも過ぎ去った後に気づくというが。最悪の瞬間は、起こった時に気づいてしまうものだ。


 オレの頭の中では、サスペンス劇場ドラマのテーマソングが流れていた。


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