竜殺し、国盗りをしろと言われる。
大田シンヤ
第1話プロローグ
――ヴェレン村。
肥えた土はよく農作物を育て、山には、山菜や果物、鹿や猪が狩りで捕れ、清く美しい川では、魚の産卵時には、たっぷりと脂がのった魚が捕れる。その村は行商人たちも通り、吟遊詩人も極まれに訪れる場所であった。村人は、日々作物を育て、子供達はそれを手伝い、遊び、一日を終えて就寝する。そんな毎日を日々繰り返していた。
大変であるが、幸せな日々、誰もがそんな毎日が続く、そう思っていた。
しかし、ある日を境にその村は絶望に落とされることになる。毎月来ていた徴税者も税収を集めるのを止め、商人も近寄ることはなくなる。
その村が、農作物を収めることが出来なくなったわけでもなく、その村に疫病が広まったわけでもなかった。
それは、現代で最も恐れられる存在となった怪物の内の一体が原因だった。
「竜神様、竜神様……今宵の食事でございます」
村の村長が目の前にある洞窟に、正確にはその中にいる存在に頭を低く下げて、後ろに下がる。彼の体が震えているのは決して年の衰えによるものではない。まだまだ、村では若い連中には負けることはないと自負している。
同年代の老人達よりも厚い胸板に引き締まった腹部、そして、山道を大量の食事を持って何度も往復できる足腰。彼を前にすれば威圧感でやんちゃな若者も黙り込むだろう。
そんな老人が今はただただ震え、目の前の脅威が自分に襲ってこないのを祈ることしかできない。
――影が動いた。
見えなくとも気配は感じられる。ましてこれほどの巨大な圧ならば、気づけない者は余程のアホだろう。
薄暗い洞窟の中から出てきたのは――――ドラゴン。
それもただのドラゴンではない。黒い鱗、黄金と見間違うような瞳。口から溢れる瘴気には、人を容易く殺せる毒がある。
生きる災害とも言われるドラゴン。その中でも一際危険度の高い――黒竜ファフニール。
村長が小さくした体をさらに縮こませる。毒の瘴気が、足下によってくるが、それでも動かないのは、少しでも目に付くような行動をしたくはないからだ。だが、ファフニールには、村長を殺す気などさらさらない。自分に食事を届ける奴隷がいなければ、自分が取りに行かなければならなくなる。ただ少し面倒なだけ、そんな面倒を肩代わりできる存在がいるならば、利用しても良い。
ファフニールにとって人間とはそんなものだった。
黒竜ファフニール。誰もが恐れ、災害と言わしめる存在。これまで正義に満ちた騎士や戦士。国の軍隊。あらゆる者達が戦いを挑むも失敗。国一つを滅ぼした逸話を持つ黒竜を誰もが恐れた。そんな竜が、村の近くに住み着き、ある時は家畜を……ある時は村人を食い殺していく。
そんな時に村人達が取った行動は、黒竜の腹を他のもので満たすことだった。全ては生き残るため、少しでも長く生きるために自分の食い扶持を減らしながら、これまでの生活とは一変した人生を村人達は生きらことになった。
そんな土地を、人々は見捨てられた土地と呼んだ。
ある日、そんな土地にある一人の戦士が訪れる。村人達は彼を冷ややかな態度で迎えた。ドラゴンと聞いて、命知らずの男達や正義に満ちた冒険家気取りの騎士が数える程度であるが、訪れたことがある。
当然、生きた災害であるファフニールに勝てた者はいなかった。
基本的に洞窟の奥地で眠っているファフニールだが、度々村へと降りてくることがある。それは自らの領域へ入り込んだ虫を送り出した村人に天罰を与えるために降りてくるのだ。
無駄な正義感によって藪を突いて蛇ならぬ竜が出て被害をもたらす。村人達はそれが怖かった。
しかし、彼は村人の静止を聞かずに黒竜の住む洞窟へと足を運ぶ。
山道を抜け、切り立った岩肌を乗り越え、常人では耐えきれない圧迫感を放つ洞窟へと足を踏み入れる。
当然それはファフニールも感知していた。
ズカズカと自らの領域へと足を踏み入れた愚か者を見下すファフニール。死を覚悟した戦士でも一目散に逃げ帰る局面で……その男はこう言った。
「よう、殺しに来たぞ。ファフニール」
気軽に……まるで友人にでも会ったかのような口調。
それからは、言うまでもない。
伝説の黒竜と戦士の殺し合い。それは三日三晩続き、大地が震え、天にも登る光を見たと村人は言った。
生きた心地がしなかった村人達は、戦いが静まった頃、ようやく黒竜の洞窟へと足を踏み入れることを決意する。
そこで見たのは、これまで自分達を散々苦しめてきた黒竜の骸と疲労困憊で座り込んだ一人の白髪の男。状況など見るだけで分かった。
黒竜の支配からの解放――――村人達は当然喜んだ。黒竜に差し出すために集めていた食料をもう自分達のものだと両手一杯に掴み、口に頬張る。
その宴は夜遅くまで続いた。
しかし、救世主とも言われた男はその宴にはいなかった。名前すら名乗らずに去ってしまったのだ。
そして、しばらくしてから……白髪の男が黒竜を殺したと噂が大陸中に広まった。
白髪の
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