第143話『本館四階の生徒会倉庫』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)143


『本館四階の生徒会倉庫』瀬戸内美晴     






 我が空堀高校の本館校舎は大正時代に建てられた。


 大正時代は1918年を境にして様子が異なる。


 1914年に第一次世界大戦が起こって、日本は勝ち組の米英仏側について、しかも戦場は地球の裏側のヨーロッパで行われたので、けっこうな好景気になった。


 その好景気を背景にして作られた学校なので、贅沢で余裕のある造りになっている。


 先日、大阪都構想の投票を前々日に控え、取材の為に上空を飛んでいた民放のヘリコプターが、迷うことなく不時着に使ったのがうちのグラウンド。なんと言っても府立高校の中で一番広いグラウンドなんだ。


 そのグラウンドでは、大阪一グラウンドの狭い北浜高校の野球部に(貸したくもない)グラウンドを貸す貧乏くじをかけて京橋高校野球部との試合が行われていた。


 北浜高校は第一次大戦後の不景気な時代に作られたので設備も敷地も空堀高校に比べると数段堕ちる。設備は、戦後府下有数の進学校になって集中的な整備が為されたけど、グラウンドの狭さはどうにもならなくて、うちや京橋高校を狙ってきたと言う訳よ。


 試合そのものは、ヘリの不時着もあってお流れとなり、北浜高校も部員の中にコロナウィルスに感染者が:出てしまい、部活そのものが休止になってしまったことは、みなさんご存知よね。


 


 わたしは、本館四階の生徒会倉庫で資料の整理をしている。




 本館はグラウンドに負けず劣らずの贅沢な作りで、四階にガラス張りの展望室がある。


 終戦直後は進駐軍がカフェやらダンスパーティーに使っていたと言うから、その贅沢さが分かってもらえると思うわ。


 その展望室は令和に時代の耐震基準を満たしていないので、教室としての使用は禁じられていて、阪神大震災以降は生徒会の倉庫として使用されている。


 甲府の曾祖母のお屋敷から帰って、わたしは生徒会の資料整理を思い立ったのよ。


 甲府では、瀬戸内本家を継ぐ約束をなんとか躱して戻ってきたんだけど、曾祖母、ひいお祖母ちゃんの悩みや大事にしていることも分かるようになった。


 古いから、鬱陶しいからということでお祖母ちゃんもお母さんも本家の事からは逃げてきた。


 でも、ただ逃げてばかりじゃダメなんだ。


 ちゃんと理解したうえで、やれることやれないこと、やってはいけないことを見極めなくちゃならないんだ。


 わたしは、そういう視点で生徒会と空堀高校を見直そうと思っている。だから、この展望室の資料庫を整理して、今の生徒会にとって大事なものを見つけようとしている。


「ふう……今日は、ここまでかな」


 一段落つけて、午後の紅茶を飲んで一息つく。


 飛行船の風防のような(飛行船なんて見たこともないんだけどね)丸い凸窓から中庭を見下ろす。


 そこには見慣れた二人がお互いを意識しながらソッポを向いている。


 演劇部の小山内啓介と沢村千歳だ。


 そして渡り廊下の三階の窓から、その二人をニヤニヤと見下ろしているのが超三年生の松井須磨。


 関わるとろくなことが無い演劇部だけど、この二週間余りの彼らは、ちょっと面白い。


 でもって、ちょっと放っておけないところがある。


 あまり、お節介はしたくないんだけどね。


 わたしは、椅子をグルンと回して跨って、背もたれに顎を載せて見守った……。




 

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