第133話『真面目に下見・1』


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)


133『真面目に下見・1』朝倉美乃梨   






 T駅の改札を出てロータリーに向かう階段を降りると、驚いたことにお迎えが来ていた。




 南河内温泉の法被を着て温泉の小旗を持った、ちょっと髪の毛が寂しい番頭さん。


「わざわざお迎え有難うございます、予約しておいた朝倉です」


「あ、おいでなさいませ。どうぞ、車の中へ」


 温泉のロゴの入ったワンボックスに収まる、直ぐに発車……と思ったら、番頭さんは小旗を振りながら走り出した。


 何事かと思ったら、もう一つ出口があったようで、五人連れの女子学生風といっしょに戻ってきた。どうやら、他にもお客が居たんだ。


「では、出発いたします」


 六人の客を乗せて走り出す。


「すみません、後ろに追いやったみたいで」


 わたしの横に座ったボブの似合う子が頭を下げる。


「いいえ、学生さん?」


「はい、おひとりですか?」


「ええ」


 あなたも学生さん? とは聞いてこなかった。


 半年とは言え、教師をやっていると『らしさ』が身に付いたのかもしれない。一泊の、それも下見なんだ。同宿の人に気を使うこともないわよ。


「朝倉先生、夕食は承っていたのですが、気を付けなければならない食材とかございますか?」


「え、ああ、特にアレルギーとかはありませんから」


 簡単に済ませた予約だから確認が遅れたんだろうけど、先生の敬称は余計だ。


「あ、先生だったんですか?」


 ボブ子さんが笑顔を向けてくる。


「ええ、こんど生徒を連れてくるんで、下見に」


「あ、そうなんだ。高校ですか?」


「あ、はい」


 それから、前のシートの四人も話に加わる。ボブ子さんとポニ子(ポニーテール)さんが教職をとっていて、この春に教育実習を済ませたところだったので、いろいろと質問される。


 まあ、同宿のよしみ。半分は社交辞令と和やかに話しているうちに、和泉山脈麓の宿に到着。


 まだ半年にしかならないと言うと「え、そうなんですか!?」「なんか、ベテランに見えます!」とか驚かれる。


 驚かれるということは……実年齢よりも……歳食って見えるってこと?




 正体がバレてしまったので、宿の駐車場に着くと、ロビーに至るまでの動線を確認。スロープとか、玄関ロビーの段差とか。千歳の事があるからね。


「朝倉さん、送迎の車、折り畳みの車いすなら後ろから載せられるそうですよ!」


 ポニ子さんが教えてくれる。


 抜かっていた、まずは車いすが載せられるかどうかが問題なんだ。千歳は普段は電動を使っている。


 あ、でも、なんで千歳の事知ってるんだ? あ、自覚無いけど話しちゃったんだっけ?


「朝倉さん、入浴用の車いす完備しているそうなんで、あとで試してみません?」


 モブ子さんがフロントで確認してくれてご注進。


 優雅に温泉に浸ろうかと思っていたんだけど、なんだか真剣に下見しなければならなくなってきた(;^_^A


 


 


☆ 主な登場人物


 小山内啓介     二年生 演劇部部長 


 沢村千歳      一年生 空堀高校を辞めるために入部した


 ミリー・オーエン  二年生 啓介と同じクラス アメリカからの交換留学生


 松井須磨      三年生(ただし、四回目の)


 瀬戸内美晴     二年生 生徒会副会長


 朝倉美乃梨    演劇部顧問


 

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