第38話「これから鑑識作業に入ります」


オフステージ(こちら空堀高校演劇部)38

「これから鑑識作業に入ります」                   







 去年の夏、プール更衣室に侵入者があって、水泳補講中の女子の制服やら下着が盗まれる事件があった。


 しばらくセキュリテイーが厳しくなったが、三月もたつと、もとのユルユルに戻った空堀高校。

 ユルユルでも、それ以降問題が起こらなかったのは、訪れる関係者や地域の人たちのモラルの高さがあったからだろう。


 そのモラルが一瞬で無くなってしまった。


 部室棟の解体修理のための物品整理で、演劇部の部室から運び出されたトランクに、ミイラ化した死体が入っていたのだ。

 それも昔の制服をまとった女生徒だというのだから、大騒ぎだ。

 スマホとSNSの時代なので、発見の二分後には写真や動画で流出してしまい、パトカーが到着した時には、野次馬やマスコミが流入してきた。


「だめだ、鍵がかかっている」


 警官がトランクを検分した時には鍵がかかってしまっていた。

「さっきは開いていたんですが」

 生活指導の先生がトランクを閉じた時に、はずみで鍵がかかってしまったのだ。

「鑑識が来るまで手はつけられないなあ」

 警官は規制線を張り、先生たちは中庭にまで溢れた野次馬を校外に押し戻し始めた。


「しかし、この臭い、死体に間違いはないなあ」


 警官たちはハンカチで鼻を覆いながら所轄に連絡を入れている。

「演劇部の人たちに来てもらいました」

 美晴は、演劇部の四人を示した。

「発見者の話から聞くから、ここで待機してくれる」

 そう言うと、警官は、藤棚の下で待機している発見者たちの方に足を向けた。


 やがて濃紺の鑑識車両が野次馬をかき分けながら正門から入って来た。


「これから鑑識に入りますので、校舎の二階以上にいる人たちに退去してもらえませんか」

 近ごろの警察は鑑識作業を見せない。先生たちに指示すると、半分の鑑識さんたちはブルーシートを目隠し用に張りだした。


「えー、あんなに校舎の中に居てたんやねえ」


 ミリーが呑気そうに言うので、啓介は振り向き、須磨は車いすの千歳ごと向いた。

「あれ、薬局のおじさんじゃない?」

 校舎の出入り口から追い出される野次馬たちの中に懐かしい禿げ頭を発見した。

「他にも商店街が居るなあ」

「いつもはお行儀いいのにね」

「でも、みんなかわいい」

 たしかに、追い出される商店街の人たちは、いけないところに隠れていたかくれんぼうのように照れながら出てくる。

「あ、おじさんも気が付いたみたい」

 頭を掻きながら、薬局が小さく手を振った。


「では、これから鑑識作業に入ります」


 鑑識の主任が告げると、現場の空気がピリッと引き締まった。


 カチャリ


 ブルーシートの中で密かな音がした。トランクが開いたのだ。

 腐敗臭がマックスになってきた。


「これは……」


 鑑識主任の呟きが現場の緊張を一気に引き上げた。


 

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