遊園地
@wizard-T
開園騒動
「ただいまから開園でーす」
二年前の今日、気合を込めて向かったディズニーリゾートって言う場所。開園30分も前だって言うのに、そこにはぎっしりと人が詰まっていた。
考える事はみな同じとか言うつまらない理屈を聞きたい訳じゃない。とにかく早く入りたかった。
――とか言う思い出がよみがえった途端、彼はその時の係員になった気分になった。あの時の客、自分を含む客たちが入口へと殺到しようとしているのだ。
いや、正確に言えば入口へ殺到していたのは1時間ほど前の話だった。だからこれは入口じゃなくて出口だ、なんていうつまらない理屈をこねている場合じゃない。
タイミングならばあった、ほんのついさっきだ。
デパートに入り込み、五感を目の前の全てに向けていた時だ。その時、寝ていた係員は客に呼び付けられた。でも係員は夢の中にいて、お客様の呼びかけになんぞ気付く節はなかった。
大事な大事なお客様にせっつかれて、やっと夢から覚めるとすでに結構な数の客が集っていた。まだ早いと言えなくもないが、開園を宣言しても罰は当たらないぐらいの客がすでにいた。
「あれ、もう開園するのかな」
「こんなとこで開園を宣言するなんて早すぎない?」
もっともこの場ですぐ開園をすれば大騒ぎになる事は間違いない。
夢から覚めたら、まず所定の場所に行かなければならない。それを怠ってしまったら一大事である。そんな事は昔からわかっている。でも、周りにたくさんある遊園地の係員たち、おそらくは自分よりずっと忍耐力のない観客を抱えているだろう遊園地の人間にそんな空気を投げつけられてはうかつに開門を宣言する事などできなかった。
なるべく、まだ開園なんかしないよと言う風を装いながら、そそくさと動いた。本を見たいと言う理由を付けて、その変な空気から逃れた。まだそんなに客も増えていないし、もう少し悠長な事をしていてもいいのではないかと思い始めるようになっていた。
そんな時に出くわしたのが、あの大人達の大騒ぎだ。
戦争反対とか言う今一つ意味がよくわからない言葉をかかげて歩くあの大人たちは、車が通るはずの道路を歩いていた。面白そう、リズムがいいから。そんな理由でした、なんて言ったら怒られるだろうか。なんとなーく、なんとなーくその大人の人たちが言う言葉を真似してみた。
するとその大人の人たちの仲間っぽい人たちが、めちゃくちゃニコニコしながら新しいお客さんを連れて来た。お客さんをお断りするような事が、できるはずもない。いわゆる「クレーマー」とかっていう嫌なお客さんなのか、いやどう見てもいつものお客さんと何の変わりもない。
ちょっと待ってください、後でと言う事はできないお客さん。いや、断ろうとすれば断れたが、その旨を言おうとした途端に大人たちがずいぶんがっくりとしてしまったのを見てしまうと、ノーなんて言葉が言えるはずもなくなった。
そうしてお客さんたちを受け入れた事により、いよいよ開園時間が迫り出した。ちょっと待ってくれよと言うにはまだ早い時間だ、そう言い切る事は十分可能だ。実際、いつも似たような状況になった時には開園を告げるまでまだ30分ぐらいの時間があった。
だから大丈夫だ、お客さんは待っててくれる。そんな自信があった。それに、真夏と言う環境もまた味方してくれると思っていた。
これまでの体験として、真夏のお客さんは真冬のお客さんよりは自分の事をせっつかない。どうしてかと相談してみたら、お客さんも暑いせいか根気がなくなってよそに行ってしまう事が多いかららしい。
確かに、冬のお客さんは夏のお客さんより短気だ。みんなその事を注意してくる。実際、その注意に耳を貸さないで、いや貸していたけれど失敗した人間は古今東西山といた。それは春も秋も変わらないが、冬ほどその時期のお客さんは厳しくない。
――と思っていたら、真っ青だったはずの空が急に暗くなった。まずい、と思う間もなく空の機嫌が最低レベルまで落ち込んだ。一応、天気予報ではその可能性に注意と言っていたが、降水確率20%と言う数字しか覚えていなかった身にはあまりにも唐突で理不尽な仕打ちだった。
太陽はかげり、雲が空を覆う。もちろん、気温は下がった。そして、お客さんは怒った。それと別に新しいお客さんがふいに乱入して来たけれど、そんなのはどうでも良かった。
どういう事だよとお客さんは騒ぐ、ちょっと待てと言ってもなかなか話を聞こうとしない。あと何分何十秒なら待てるけれど、それでもダメならば強引に入り込んでやるからなと言わんばかりの剣幕。
まだ開園時間じゃないんですとか言うのは実は屁理屈で、開園時間とはほぼ準備ができた時間の事なのだ。準備さえできれば、観客が数人でも開園はできる。そして逆もまたしかりだった。
早く入らせろ、そうお客さんたちがせっつき始めた。まだダメですよと止めても、早く開けろと迫って来る。ほんの一瞬だけ暗くなっていた空は再び明るくなったが、依然としてお客が減る事はない。
不満に耐えかねたお客さんたちは、門扉をゆすり始めた。いや門扉と言うより、門扉の周りの壁をである。
本格的に一大事だ。その事を、世間にいる誰もが知るようになった。本来ならばその時に、誰か開園許可を下さいと助けを求めるべきだったのかもしれない。
「あと5分ほどお待ちください!」
つい、そんな事を言ってしまった。そうなのだ、あと5分ほど経てば、開園する事ができる。何度も何度もやっているからわかる、そのはずだ。
だと言うのに、赤く光るランプがあまりにもうらめしい。そのせいで5分は4分45秒になり、4分30秒になる。必死に両手を動かしてお客さんを制するが、そのせいでますます開園は遅れそうになる。かと言ってぼーっとしていればお客さんは強引に入ってくるかもしれない、そうなったら本末転倒だ。
「落ち着いて下さい!」
右手を使い、お客さんを必死に制する。恥ずかしいのかもしれないが、そんな事をやっている暇はなくなっていた。ランプが青くなった。一挙に本気を出して開園準備を整えたかったけど、こんな格好では無理だった。
早く開けろ、もう待てない!お客さんが怒鳴り声を上げる。当たり前だ、もうとっくに本来の開園時間なんぞ過ぎているのだ。あくまでもお客さんの度量と言う点が大きい、もし係員が彼のような小学校一年生ではなく大人ならばもっとお客さんは寛容なのかもしれない。
あるいは、ラストチャンスかもしれなかった。今ここで開園しても、許されるかもしれない場所、青々と茂った緑が並ぶ場所。ほんの1分ほどすれば、全てのお客さんを無事に入場させることができる。
しかし、リスクがあまりにも大きい。みっともない、情けない、まるで赤ん坊。と言うか、絶対にここで入園させてはいけないと看板に書いてある。少し前に夜に大量のお客さんを入れたおじさんがここで入園させてしまう事があったから、そういう話だそうだ。まったく迷惑なおじさんだなと思った所で、お客さんたちの罵声は止まらない。
でも、ここで入場させる事なんかできない。
「あと3分、3分でいいから我慢してください!」
そう言うしかなかった。3分もあればなんとかなるはずだ、だから!右手だけではもう無理だと、両手を使って必死にお客さんをなだめにかかった。だが、お客さんの怒りはもう収まりそうにない。
計算が正しければ大丈夫のはずだ、そう信じてみるけどどうにも準備が進まない。さらにお客さんが増えてますます入口はギチギチになり、門を開けろと迫って来る。
―—そして、足が動かなくなり、立てなくなった。彼は男なのだ、男たる物立たなければならない。父親からもそう教わって来た。女ならば座って客を迎えても一向に問題はないというかほとんどの女はそうする物だろうが、最近は男も座って入園させろだのと言う話に対して父親とそのまた父親の憤りの声を受けながら彼は育って来た。
足がもう動かない。両腕に力を込めてみたが、もうどうにもならない。そして、うっかり見てしまった、自動販売機。その自動販売機の中身が頭によぎった途端もう待てねえよとお客さんがわめいて門に押し寄せて来た。
それでも最後の力を振り絞って立ち上がり、お客さんを制してみた。でも、それきり何も進められない。もう、門に押し寄せて来るお客さんをとどめると言うその場しのぎの行為をするのが精いっぱいだった。
解決に向けて何の役に立ちなどしないのはわかっていてもだ。泣きたくなって来た、泣いても何にもならないのに。そして、涙が目から落ちた瞬間、お客さんたちは一挙に門を突き破って来た。
お客さんたちは遊園地の中の白い床に足跡を付け出した。それから青い床にも、そしてアスファルトの地面にも。綿で出来たトンネルをくぐり、立ち入り禁止のはずの場所に侵入しようとしたお客さんもいた。
ちゃんと係員が仕事をしていれば、こんな事にはならなかった。やめて下さいなんて言う言葉が届く訳もなく、お客さんは門の前から誰一人いなくなるまで勝手に入り続けた。
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