第8話 灰村シンディの遭遇


 現実世界……宙に浮いたシンデレラの童話本が眩い光を放つ。


 光が収まるとそこにはシンディの姿があった。


「戻って来れた……」


 深く安どのため息をつく……シンディはもとから着ていた服装に戻っている。


『【おとぎの国】はこちらの世界とは違いゆっくりと時間が流れているのです、うまく活用すれば魔法少女との戦闘を有利に進めることが出来ますよ』


 シンディが窓の外を見ると確かに太陽の位置からしてさほど時間が立っていないのが分かる。

 おとぎの国での戦闘訓練は数時間に感じられていたのにも関わらずだ。

 これなら先ほどの様に魔法の鍛錬や戦闘訓練にも使えるし、他の魔法少女に見張られている場合などの緊急避難に使える。


『ただ注意してほしいのは、魔法少女の中には固有結界を発動する者やこちらの特殊能力を封じる能力を持っている者もいるという事です……

 そういった相手との戦闘中にはおとぎの国には入れないのであしからず』


「固有……? 今なんて……?」


『魔力によって自分の都合の良い空間を呼び出す能力の事です……例えば相手から逃げられなくなる、相手の魔力が強くなるなど発動者に有利な状況になるものが殆どです』


「何よそれ……じゃあ私には無いの? その能力」


『残念ながらありません、しかしまだこれから魔法や能力が開花する場合があるので悲観する必要はありませんよ……仮に固有結界が発動できなくても勝てます、こちらは他の能力で対抗すればいいんです、要は全て自己開発と戦略に掛かっているのですから』


「簡単に言ってくれちゃって……おとぎの国に逃げ込むのは他の魔法少女も出来るはず、それにおとぎの国で戦闘になる事だってあるんでしょう?」


『流石はシンディ、その通り……だからこそ戦略が必要なのです、この戦いは強い者が必ず勝つとは限らないのですよ』


「………」


 上手くはぐらかされている気がしないでもないが、口の立つシンデレラの童話本に対して口論で勝てる気がしないシンディはそれ以上何も言わなかった。

 キッチンで水を飲み干した後、窓際に背中を預け、顔を僅かに覗かせ外を伺う……見た限りこちらを監視している人物はいない様だ。


「何よ、取り越し苦労だったんじゃない……」


 安堵の溜息を吐く。


『何もないならそれでいいじゃないですか、慎重すぎるに越したことは無いのですからね、何かあってからでは遅いのですよ

 しかしそれだけでは駄目です、時には打って出る積極性も持ち合わせなければ守り一辺倒ではやがて限界が来ます……

 あなたもこのままコソコソと逃げ回ってばかりいたくないでしょう?』


「それはそうだけど……ならどうすればいいのよ」


 童話本にダメ出しばかりされて面白くないシンディは口をアヒルの様に尖らす。


『何のつもりかあの加里奈という女、我々に情報を流してきたじゃないですか……それを利用しない手は無いと思いませんか?』


「あのいかにも怪しげな都市伝説みたいな事件の話し?」


『そうです、よく考えてくださいあんな荒唐無稽な事件の数々……あれらは魔法少女の仕業だと思いませんか?』


「あっ……」


 シンディはハッとなった、加里奈が語ったあの話は自分を煽るための作り話だとばかり思っていたのだが、よくよく考えると不可解な事象は魔法少女ならいとも簡単に起こせるという事を。

 自らも非現現実の住人になっておきながら未だの思考になっていない自分に危機感を覚えた。


「という事は家の近所には既に別の魔法少女が迫っている……?」


『そういう事になりますねぇ……』


「そんな……」


 絶望に顔を歪ませるシンディ。


『ですから助言して差し上げているでしょう? もう時間は無いのです、あなたは追い詰められているのですよ……やるかやられるか、あなたはどちらに入りたいですか?』


 童話本の質問を背に受け、ゆっくりと立ち上がり振り返る。


「そんなのやる方に決まっているでしょう……」


 シンディの瞳は淀み、僅かに狂気を宿していた。




 その日の深夜、シンデレラに変身したシンディは童話本と共に暗い夜道に繰り出した。

 いや、変身している間は彼女はシンディではない……見すぼらしい恰好のシンデレラである。


『炎に包まれながら夜道を歩いている人影を見たと加里奈は言っていましたね……まずはその案件から探ってみましょう』


「仮にその話しが魔法少女の仕業だとして、その子は一体何の童話の主人公なのかしら?」


『火を使う少女が主人公の童話ですか……はて、私もすぐには思い浮かびませんね』


 会話をしながら街灯だけが灯る暗い路地を一人と一冊が通り過ぎる。


『あっ、そうそう……一つ言い忘れていました、魔法少女には各々得意な時間帯があるんですよ』


「どういう事?」


『昼に主人公が活躍する話……例えば【白雪姫】や【赤ずきん】などですね、彼女らの童話本を持っている魔法少女は【昼の属性】を持っています

 そして夜が舞台の【かぐや姫】やあなたの【シンデレラ】は逆に【夜の属性】という事になります』


「それで何かメリットがあるの?」


『それは勿論!! 自分が属している【属性】の時間帯に行動すれば能力は最大五倍前後にまでパワーアップするのです!!』


 自慢気に語る童話本。


「なによ、それなら特訓はお昼じゃなくて夜にやった方が楽だったんじゃない!!」


『何を仰います、逆の属性時の力を知っておくに越した事は無いでしょう?』


「あの時は何とかなったけれど、私はあの時死んでいたかもしれないのよ!?」


『あの程度の雑魚にやられるようではそれまでという事ですよ』


 真夜中の路地でシンデレラと童話本の口喧嘩が始まった……しかし彼女らの姿も声も一般人には感知できないので近所迷惑になる事は無い。

 しかしシンデレラの耳には童話本の声以外の音が舞い込んできたのだ。


「しっ……誰かがこっちへ来るわ……」


 童話本には口が無いのでシンデレラは本を両側から閉じる。


『ムググ……私には何も聞こえませんよ?』


 それもそのはず、これは夜属性のシンデレラが現在の時刻が夜で有る事で聴覚まで五倍に増幅されている事に因るものだ。

 そしてその音の主は少し離れた路地を曲がり彼女の前に現れたのだ。


「……本当に人が燃えている……」


 シンデレラは背筋に冷たいものが走った。

 その光景が実に奇妙なものだったからだ。

 全身に炎を纏ったスカーフを頭巾の様に頭に巻いた少女……しかし衣服も髪も燃えてはおらず、足は裸足、左腕にはバスケットが下げられており、その中に入っていた物は夥しい数のマッチ箱だった。

 無論マッチ箱にも炎は引火していない。


「まさかこの子は……【マッチ売りの少女】の魔法少女?」


 マッチ売りの少女の魔法少女と思しき少女と目が合う……その少女の瞳はシンデレラを刺し貫くが如く鋭く、そして溢れんばかりの殺意に満ち溢れていた。

 

 シンデレラにとって初めての自分以外の魔法少女との遭遇……今、魔法少女同士の戦いの幕が上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る