第6話 灰村シンディの困惑


 「一体何なんですかあなたは? 突然ひとの家に押しかけて来て……」


 シンディは不機嫌な態度を隠しもせず目の前の少女へとぶつける。


「あっ、ごめんなさい!! 気になった事があるとつい夢中になってしまって、私の悪い癖……」


 少女は肩に下げたショルダーバッグから名刺ケースを取り出すと中から一枚取り出しシンディに差し出してきた。


「私立御伽女子大付属高校 探偵部部長 小津加里奈おずかりな、それが私の肩書と名前よ……私の父は探偵をやっていてね、私も探偵の仕事にとても興味があるのよ……だからこうして探偵紛いの事をやっているわ」


 小洒落た模様で縁取られた名刺を読むまでも無く、加里奈は自己紹介した。


「私は名乗ったわ、今度はあなたが名前を教えてくれるかしら?」


「シンディです……灰村シンディ……」


「あら、珍しいお名前ね、ハーフか何かかしら?」


「はい、亡くなった母がアメリカ人なので……」


「あら、ごめんなさいね、無神経な事を聞いたわ」


「いえ、母が亡くなったのは私が生まれた時ですから」


 それを聞いて加里奈は掌で額を覆った。


「本当にごめんなさい、私も気を付けてはいるんだけれど、いつもどうしてか人に不快な思いをさせてしまうのよね……ごめんなさい」


 加里奈が深々と頭を下げてきた。

 始めは彼女を無礼な人間だと思っていたシンディだったが、今の事で印象が変わった。

 今現在、シンディを取り巻いていた人間はどんな酷い事を彼女に言ったり行ったりしても決して謝ってくれなかったからだ。


「気を取り直して、と……さっきは事件としか言いませんでしたけれど、私が掴んだ情報では大量のネズミが学校の校舎内に現れて学生たちを襲ったとか……それって本当なのかしら?」


 シンディの頭から大量の冷や汗が湧き、顔に流れ落ちて来る。


「しかも三年A組の生徒と担任教師が襲われたらしいわね、後は他のクラスの生徒が数人……いま私の仲間が調査しているのよ、共通点は無いかってね……あなた何か心当たりはないかしら?」


「そっ、それは……」


 加里奈は一人で聞いてもいない捜査情報をベラベラと話し出した。

 しかしその内容は全て正しく、迂闊に返答できない。

 いくら加里奈に良い印象を抱いたからと言ってそれとこれとは話しが別だ。


「シンディさん、あなた確か三年A組よね? 他のクラスメイトは全員ネズミに襲われたのにあなただけが無事だったのは不幸中の幸いだったわね」


「私は一人で屋上でお弁当を食べていたから……」


 シンディは何か嫌な予感がして敢えて本当の事を話す……ここで事実と違う事を話すと取り返しがつかないと直感したからだ。


「なるほど、でもトイレや別のクラスに遊びに行っていた子たちは襲われてるのよね……そのネズミはどうしてあなただけを襲わなかったのかしら?」


「わっ、私に聞かれても分かりません……」


「それもそうよね、おかしな質問をしたわ……ネズミの心をシンディさんが分かる訳ないよね」


 あははっと苦笑いし頭を押さえる加里奈。


「ところでシンディさん、ご近所で聞いたのだけれど、お昼過ぎにあなたのお家に救急車が来たそうね……何かあったの?」


「母が急病で倒れていたので通報したんです……」


「それは大変だったわね!! でもその時間て確か学校はお昼休みよね、普通学校から出られないはず……どうしてお母様が倒れたことが分かったのかしら?」


 痛い所を突いてくる加里奈……こればかりは真実を言う訳にはいかない。


「午後の授業に必要な教材を忘れたのでお昼休み中に家に取りに来たんです」


 咄嗟に思いついた言い訳をする……しかしこれなら怪しまれないであろうとシンディは確信する。


「まあ、それは偶然ね!! それが無ければお母様は今頃どうなっていたでしょう!!」


「本当ですね、不幸中の幸いでした」


 シンディは精一杯の無表情を決め込んだ……感情を表情に出さないのは彼女の得意とするところだ。


「突然押しかけて悪かったわね……もし後で何か思い出したり気になったことがあったら名刺に書いてある番号に電話してね、お邪魔しました!!」


「いいえ……」


「あっ、そうそう、最近はこの街で不思議な事が起こっているのよね……夜、炎に包まれながら歩いている人影を見ただとか、一晩にして建物や車が忽然と消えたとか、道端で溺死した死体が見つかったとかね……シンディさんも気を付けて!!」


 そう言い残し、加里奈はお辞儀をし灰村家から出て行った。


「何なのよ、もう……」


 緊張が解けた途端、足の力が抜けて板の間に座り込んだ。


『よく凌ぎましたねシンディ』


 今まで隠れていた童話本がひょっこりと現れる。


「あの子ってもしかして……」


『恐らくは魔法少女でしょうね……きっと学校での騒ぎを聞きつけてあなたに探りを入れてきたのです』


「まだ半日も経っていないのに? 早すぎるわ……それに最後に言い残して行ったおかしな事件はなんなの?」


『彼女自身の能力か、はたまた仲間に情報収集のエキスパートが居るのか……さっき彼女が言っていたのはもしかしたら別の魔法少女の仕業かも知れません……あなたも早めに行動を起こさないと取り返しのつかない事になりますよ?』


「………」


 シンディの顔が見る見る青ざめていった。




 日がかなり傾いた頃……。

 シンディの家から少し離れた所にある神社の境内に加里奈は居た。


「どう? 調べは付いたかしら、雪乃ゆきの?」


 加里奈が話しかけた柱の陰から声がした……雪乃と呼ばれた少女は落ち着いた口調で答える。


「ええ、彼女が学校から家に忘れ物を取りに行ったのは嘘ね……だってあの学校、外出するのには許可がいるのに彼女はその手続きをしていない……しかも彼女が家に帰ったのはネズミの襲撃事件の直後なのよ」


「そう……では有栖ありす、そっちの報告は?」


 もう一方の柱に声を掛けると今度は鈴を転がしたような幼い声がした。


「灰村シンディは日常的に酷いいじめを受けていたそうなの、学校はおろか家族にまでね……しかも今日は彼女の母親だけでなく姉妹も病院送りになっているのだわ」


「しかも家族たちもどうやらネズミに襲われた線が強い様だぜ……彼女らも全身血まみれだったそうだからな」


 更に別の方向からも声がした……ぶっきらぼうな男言葉の少女の語り口で。


「なるほど、朱音あかねさんもご苦労様」


 三人の意見を聞き少し考え込む加里奈。


「これで灰村シンディが童話の魔法少女である確率が濃厚になった訳ね……どうするの加里奈?」


 雪乃が問いかける。


「今はまだ仕掛けるには早いわ、私がもたらした情報で彼女も相当焦っているはず、動くのを待ちましょう……私にはまだシンディが闇の勢力とは思えないのよ」


「まだ見極めが必要なの? これだけの物証があるのに? 彼女は既に闇に飲まれているのではなくて?」


 有栖は苛立ったように小首を傾げる。


「そうだぜ、危うい奴は早めに倒した方がいい」


 朱音も同意する。


「ごめんみんな、暫くシンディの事は私に預けてくれないかしら? 悪いようにはしないからさ」


「あなたがそう言うのならこれ以上何も言う事は無いの……あなたは一度言い出したら聞かないですもの……」


 有栖は半ば諦めた様に首をすくめた。


「ありがとう、じゃあまた明日学校で」


 そして四人は別々の方向へと歩き去っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る