No.3 「 相似惑星 」

第1話 地球圏再生計画

宇宙


そこには我々がまだ知りえぬ未知の何かが存在する


宇宙とは何か、生命とは何か


その答えを我々はまだ


知り得ていない



ただ、運命とは因果律の法則で成り立ち、写し鏡のように虚像は実在する







 西暦五千年後半、宇宙を探査するユニットは三百を超え、天の川銀河の各所へと広がり、人類は無窮の星々の世界へと旅立って行った。

 人々はそのほとばしる情熱で、遥かなる星々の大海へと出航し、数多くの探査船を遠い宇宙の深遠へと送り出していたが、その足元の危機は遅々として改善する事は無かった。

 その生命の源である青い色に輝く惑星、地球はその表面に澄んだ水と大気を湛え、地球が存在する銀河系の中でも唯一生命が謳歌する奇跡の星であったが、その青き奇跡の星は今、終焉の時を迎えようとしていた。

 その始まりを認識できたのは、人類が環境問題に取り組み始めた西暦二千年を過ぎた頃からであった。

その当時、それまでの常識とは異なる、異常気象を伴う気候変動や大規模な地殻変動が度々起こるようになると、当時の研究者達は「それは地球環境サイクルによる一時的な災害である」と捉えていたが、徐々にその規模が大きくなり、頻繁に起こるようになると、その原因が人の業による文明の進化が、地球の環境に破壊的な影響を与えている事が明らかとなり、人々は環境問題を提唱し始め、改善活動を進めていったが、もうすでに地球の惑星内環境は数十万年の気候サイクルから逸脱し始めていた。

 しかし、その原因である文明の進化を、当時の人類は止める事は無く、進化の速度と規模を加速度的に増加させながら、消費される炭素エネルギーの量もそれに呼応するように増加してゆき、その影響で地球の炭素循環はその需要と供給のバランスを失い、溢れる温室効果ガスがもたらす様々な影響が、急激に地球の環境を変化させていった。


 悪化する一方の環境を改善しようと、ようやく人類はその対策として低炭素社会の取り組みを始め、炭素を排出しない社会の実現を目指したが、炭素の消費が経済成長に直結していた当時の社会システムは、国家間の思惑が経済的対立となり、低炭素社会の実現は思うように進まなく、またパラダイムシフトを誘発するほどの技術イノベーションを創出できなかった当時の文明社会は、環境変動の流れをくい止める事が出来なかった。


 人類は地球環境を改善する一つの解決策として、地球環境に影響を及ぼさないエネルギー開発を宇宙に求め、月でのエネルギー開発を計画し、ヘリウム3による核融合から得られるエネルギー開発を進めてゆき、計画開始からわずか十数年後その実用化に成功した人類は、それ以降、月でのエネルギー開発が本格化してゆく事となった。

 月で新たなエネルギー開発に成功した人類は、それを宇宙進出の足掛かりとし、月開発は加速度的に進化してゆく事となり、月面にルナシティを設けた人類は、次々と開拓者たちを月へと送り込み、月資源を開発する工業都市が月面に数多く建設される様になると、いつしか月は巨大な物資の生産拠点へと発展していった。

 月でのエネルギー生成に成功し、開発の主軸も月へと移行した当時の地球の環境は、地球でのエネルギー生成が抑えられた為に、改善の方向へと向かい、その後数百年間は大きな変動も起きる事も無く、平和で安定した惑星と人類の営みが繰り返される、奇跡の時代を迎える事となった。

 しかし、西暦三千年を過ぎると、再び地球の環境は悪化をし始めてきた。


 その原因を探るべく様々な研究が行われ、いくつもの対策も講じられていったが、環境悪化の原因が明らかになるのは、月の質量がその質量の二十分の一を失っている事が判明してからであった。

 質量を失った月は、アンカーを失った船が波に流されてゆくように、徐々に地球の引力圏から離れてゆき、それに伴い地球では様々な影響が出始め、潮の満ち引きが弱まり、生体活動のバイオリズムに狂いが生じ始め、地球内部ではマントルの撹拌される動きが鈍くなると、その熱による大地と大気と生命による環境循環は停滞し、宇宙放射線を防いでいた地磁気のバリアも、その動きが鈍くなり、そしていつしかその躍動していた鼓動が弱まると、


月を失った奇跡の星は、その誕生から四十六億年あまりで、

その一生を終えようとしていた。


そう、人類は自らの手で、地球を死の淵へと追い込んでしまったのである



しかし、そんな危機を乗り越えようと、地球を救うべく人類は失った月を取り戻す計画

「地球圏再生計画」をスタートさせた。

西暦5,021年の事である。


 人類は当時の叡智を集結し、その計画を推進する三つのタスクフォースを編成、それぞれの目的を”地球再生計画” ”月再生計画” ”太陽活用計画”とし、それぞれに実行部隊を三ユニット、”太陽活用計画”のみ二ユニットが割り当てられ、地球を取り戻す活動を開始する事となった。

 三つのタスクフォースはその目的に、それぞれが連携し協力しながら「地球影響圏に最適なバランスポイントを探り、新たな地球環境循環を創出する」事を目指していたが、各タスクフォースが持つ課題と目標が、あまりにも荒唐無稽でリアリティに欠け、その為にバランスポイントを探るにも、その根幹すら見つけ出す事が出来ない状況に陥り、各タスクフォースは各々の課題へと集中し始め、その連携を欠いた活動は、当初の目的である相乗効果を見出す事は出来なかった。

 特に月再生計画のタスクフォースが解決する課題は壮大で、月の質量を元に戻し、地球の影響圏に戻す事であったが、アステロイドベルトから小惑星を運び、月と融合させ、地球の影響圏に移動させるなど、当時の人類が持てる技術では到底成し得ない課題で、その作業は困難を極めた。


 その為に各タスクフォースは早々に方針を長期戦へと変更し、宇宙開発を担う月再生計画と太陽活用計画のタスクフォースを合流させて組織を再編すると、再生計画の全権をコントロールする主幹組織、

”TU”(Terraforming of the Earth and Space union)を結成し、その組織の下で活動をフレキシブルに行う事で組織間の弊害を無くし、より流動的な活動を目指し活動を始めた。

 TUは、その新たな活動に有効性が見られると、後に地球再生計画のタスクフォースも取り込み、非政府組織として国家間の影響を受けない国と対等な組織として独立、組織名もテラフォーミング・ユニオンに改定し、新たなTUが地球圏再生計画の全権をコントロールする事となり、その初代リーダーに、ジェフリー・エドワーズ博士が就任する事となった。


 ジェフリー博士は、地球圏再生計画の主軸に、地球をテラフォーミングさせる新たな重元素の獲得に重きを置き、「新しい地球の創造」を目指し、地球を再生し過去に戻るのではなく、全てを進化させ高度な宇宙文明を築く事を目的として活動を開始し、

そのメッセージを全人類に向け発信した。


「もはや、月を再生する事は不可能だ」

「我々、人類が犯した過ちは地球を瀕死の淵に追い込み、しいては全ての生命、文明、宇宙的遺産までも、失おうとしている」

「そうであるならば、人類はその築き上げた叡智を結集し、地球を再駆動させる新たなテクノロジーの開発を急ぎ、地球を我々人類や全ての生命が育まれる最良な星として生まれ変わらせ、新たな宇宙文明社会を構築する事が必要である」


「 Terraforming of the new Earth 」


「その為に、新たな重元素を開拓し、その重元素を用いた衛星を地球の衛星軌道上に配置する」

「配置された人工の衛星は重力を発生させ、それぞれがシステムで連携される事で、地球の環境循環システムを最適化し、地球自身を進化させるシステム」

Aegis Shieldアイギスのシールドを構築する」


 ジェフリー博士は、その新たな重元素を開拓する柱として、光速を超える素粒子の転送技術を発展させ、その素粒子に人を含むあらゆる物質の情報を乗せ飛ばす事で、光速の二千倍の移動を可能とした転送技術、素粒子転送装置トランスファーを開発、人の分身をより遠くの宇宙へ飛ばす事で、新たな元素の発見を目指した。


 その新たな希望への再出発から三十年後の西暦5,089年、地球に希望をもたらす重元素、テルキネスと命名される軽引力を発生させる新元素を発見した人類は、テルキネスの宙域圧力変化による組成変化を抑え、それを活用した人工の衛星「アイギスのシールド」の開発に成功する。

 アイギスのシールドは地球を覆うように衛星軌道上で点在し、地表からはその美しい沈まぬ星が昼夜問わず輝き、その性能も地球循環システムに影響を与え、深刻な問題であった環境問題は徐々に改善してゆき、地球環境は再び生命が謳歌できる惑星へと戻りつつあった。


 しかし、その人工的に創り出された平穏な日常は、システムの起動開始から百年余り過ぎた時、太陽系を垂直に通過する恒星間天体の通過を切っ掛けに変化してゆく。


 恒星間天体の高重力の影響を受けたアイギスのシールドは、その様相を変化し始め、その主幹元素であるテルキネスの電子が恒星間天体の高重力に引かれる様に活発化してゆくと、その変化は連鎖的に起こり始め、爆発的に起こった電子の移動は、テルキネスの原子崩壊を招き、膨大な量の電子の移動がアイギスのシールドの間で加速度的に行われると、人が創り出した人工の天体は巨大な熱源発生装置へと変化してしまった。

 地球はたった数日間で、衛星軌道上に配置された高熱の天体に囲まれてしまい、そこから発生する熱を処理する事が出来ない地球は、その環境を急激に高温、高圧の世界へとその様相を変化させ、その過酷すぎる地球環境は全ての生命を危機に追い込み、大地は枯れ、酸素の供給は減少し、オゾン層は縮小を続け、地球は再び生命が生きてゆくには過酷な環境となってしまった。


 ジェフリー博士はそのテルキネスの活動を抑える新たな元素の発見、開発を急いだが、その過酷すぎる環境は高齢の身体をも蝕み、テルキネスは無情にも博士の命までも奪い去ろうとしていた。


ある時、地球地殻の深い岩盤に守られた研究室でジェフリー博士が倒れ、


「あ、アルフレッド、」

「私の命数は尽きた」

「そ…それでも私は、地球を救いたい…」

「後は、お前に…」


「博士!」


ジェフリー博士は、最後の言葉を残すと、地球を救う願いをその胸に静かに目を閉じ、

その希望を若い研究者アルフレッド達に託して


静かに息を引き取った。


「ジェフリー博士!」


しかし


『 アルフレッド 』

アルフレッドの近くで声がする


『アルフレッド、私は行く』

『新たな発見を目指し、この銀河の深遠へ向かう』

『そこには地球を救う何かが見つかるはずだ』


『アルフレッド、許してくれ』

『お前に全てを残してゆく事となり』

『しかし、いつしか、遠い何処かでまた会う事が出来るであろう』

『お前たちに希望を託す、その時まで』

『しばしの別れだ』


「ジェフリー博士!」

「どこです!ジェフリー博士!」


―Buuuu nnnn!

突然、目の前の素粒子転送装置トランスファーが起動し、


「あぁぁ!  ジェ! ジェフリー博士!!」


―ゴォォォ!



ジェフリー博士の意識は、遠い宇宙へと転送されていった。


「ジェフリー博士!」

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