第61話 ニャン文芝居

「ただい…ま」

 二人の共同ルームのドアを開けると、いつものようにフローラはベッドに横になってケータイをいじっていた。

「あ、お帰り」

 目を上げて、フローラが微笑わらう。

(あ、機嫌…直ってる!)

 嬉しくなって、繭がベッドに急いで駆け寄って腰を下ろした。

「ゆっくり出来たよ。ありがとうね」

「そっか」

 言いながら、フローラが上身を起こした。

「どこか行くの?」

「うん、マーガレットと、ちょっとね」

「マーガレット⁉︎」


 マーガレットとは、同じ寮の同年で、人間の時はどこかおっとりとした美人で、ネコの姿の時は長毛の、茶色の毛並みの美しいコだった。

 そして、頭脳明晰、冷静沈着な彼女は、フローラが即位してのち、おそらくその右腕になることは間違いなかった。


「マーガレットと、どこに行くの⁉︎」

「そんなの」

 くすくす、フローラが笑った。

「いいじゃない、別に」

「えっ⁉︎」

 繭は、そのフローラの言動に違和感を覚えた。

 回り込むようにしてフローラの前に立ち、震える声で尋ねた。

「わ…私たち…、つき合って…る…? それとも…友だち……?」

 フローラは、キョトンとして繭を見つめた。

「友だちでしょ? とても仲の良い」

(あっ……)

 ひらりと繭を避けて、フローラが部屋を出た。





 -ローズの実家-


「どうしよう…」

 テーブルに突っ伏して、フローラがエミリーを目だけ動かして見上げた。

「何で考えも無しにそんなことするわけ?」

「だって、まだ腹も立ってたし…咄嗟に出ちゃったんだよ、記憶のないフリの自分が…」

「ひどいことするね、いっつもいっつも」

「だからぁー、相談しに来たんじゃーん」


 ズリズリとテーブルを這うようにしてフローラの手が伸びて来た。

「エミリーちゃーん、お願い、どうしたらいい?」

「謝るしかないっしょ、そんなもん。ねえ、おばちゃん」

「そうよおー」

 さとが、エプロンで手を拭きながら、フローラの横に座り、

「正直に謝ること! これが一番」

「ほらね。繭ちゃん、どうせマシューのトコか実家ったんでしょ? 帰って来たらソッコー謝りなよ」

 エミリーがフローラの手に自分の手を重ねた。

「…わ…わかった…」





 -すみれ寮 マシューの部屋-


「えっ記憶無い……フリ? フローラが⁉︎」

「ひどくなーい? しかもとんでもない三文芝居でさー、『は?』って思ってるうちに、先生とのこといろいろ思い出して涙出そうになったぁ」

「うーん、まァ……私はどうしても繭寄りのジャッジになるけど…、でも今回のは、フローラが悪質だね」

「でしょ?」

「でも今頃、フローラもヤバイって思ってるよ、きっと。誠心誠意謝って来たら受け入れてあげれるんでしょ」

「うん…まあ…」

 その時、

「ただいまー!」

 花とねねの声が玄関で響いた。


『あ、お帰りー!』

 マシューと繭の二人が、玄関へ出て二人を出迎えようと、立ち上がってドアを開けた。

 その瞬間。

 繭の服のポケットから、フローラから借りた銀の鈴が落ち、床に跳ねた。


 銀の鈴は、二度、鳴った。

『あっ‼︎』

 二人が同時に声を上げた。

 玄関へ姿を現したのは。

 白ネコになった、ももだった。



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