三章 『二振りの巨剣』その2

「ムサシさん、どんな武器を使うか決めてるんですか?」

「それなんだが……剣を使ってみようと思ってる。いや、っていうのも俺今まで基本的に素手でばっか戦ってたから、この機会に自分の手札を増やしたい訳よ。んで、考えた末選んだのが剣」

「す、素手……なるほど、ちなみにどうして剣を選んだんです? 他にも槍や鎚もありますけど」

「浪漫だから」

「えっ」

「剣とは! 男であれば一生に一度は使ってみたい夢と浪漫とカッコよさが詰まった武器だからだ!!」

 拳を天に突き上げ、俺は高らかに宣言する。だってそうだろ、基本剣なんて漫画やアニメの中でしかお目にかかれないし。もし、日本の街中で振り回したりなんかした日には銃刀法違反で一発で逮捕られる。

 心なしかリーリエが引き攣った笑みを浮かべている気がする。別にいーもん! この気持ちは男にしか理解できまい!

 そんな俺の背中にポン、と一つ手が置かれた。振り返ると、そこには不敵な笑みを浮かべたあのドワーフのおっちゃんが立っていた。

「兄ちゃん……よく分かってるじゃねぇか」

「! 分かりますか、この気持ち!!」

「ああ!」

 ガッシリと、二人で握手を交わす。今ここに、漢と漢の熱い友情が誕生した……気がする。

「ワシはここ《竜の尾ドラゴンテイル》で店主兼鍛冶師をやっとるゴードンだ。兄ちゃんの使う剣は是非ワシに見繕わせてくれ。そっちのお嬢ちゃんは付き添いか?」

「は、はい。私は白等級スレイヤーのリーリエといいます」

「同じく白等級スレイヤーのムサシです」

「おう、よろしくな二人とも。さて、一口に剣と言っても様々ある。片手剣、両手剣、双剣……ムサシの場合は、体格からすると両手剣が合うと思うんだが……これなんかどうだ?」

 そう言ってゴードンさんは店内にある剣の中から一振りの両手剣を持ってくる。サイズは他に置いてある両手剣よりも一回り大きく、刃も分厚い見事な一振りだった。

「カッチョイイっすねぇ……ゴードンさん、素振りとかできる場所あります?」

「ああ、こっちだ」

 そう言われて案内されたのは、店舗の中に作られた中庭のような場所だった。広さは十分、これなら大丈夫そうだな。

「今はお前さん達しかいない。思う存分振ってくれ」

「ではお言葉に甘えて……」

 中庭の真ん中に陣取り、剣を構える。剣道の心得は無いが、取り敢えず全力で振り下ろしてみよう。

「ふぅー……」

 息を吸いながら上段へと剣を持っていく。ビキビキと筋肉に力が張り巡らされていき、着ていたつなぎがパツパツになったところで――

「噴ッッッ!」

 呼吸が止まった次の瞬間、俺の全力を以って剣が振り下ろされた。

「きゃあっ!」

「うおっ!?」

 ドン! という轟音と共に、踏み込んだ右足が地面に小さなクレーターを作った。砂塵が舞い上がり、中庭が土煙に閉ざされる。暫くして視界が開けた時、俺は自分の手元に視線を下ろした。

「――あっ」

 驚くほど間抜けな声が、口から零れ落ちた。

「ゲホッゲホッ……いやぁ凄まじい力だな――ん?」

「……えっ? あの、ムサシさん。剣は?」

 二人が困惑した表情で俺を見てくる。一方の俺はダラダラと冷や汗を流しながら自分の手元に視線を落としていた。

 そこには、剣の柄があった。である。

「……やべえよやべえよ! 売り物壊しちゃったよ!!」

「おおお落ち着いて下さい! 剣身は一体どこに……」

「――あそこだ」

 慌てふためく俺達とは対照的に、ゴードンさんは静かな声で中庭の壁の一点を指さす。

 そこには、と思われる剣身が、レンガ造りの壁に深々と突き刺さっていた。

「マジかよ……あの、ゴードンさん?」

「…………」

 ゴードンさんは俺の問いかけに答えず、つかつかと剣身が突き刺さった壁へと歩いていった。

 そして、壁に刺さった剣身に手を触れる。その瞬間、剣身に無数のヒビが入り、次の瞬間砕けて地面へと落ちてしまった。

 気まずい沈黙が場を支配していたが、やがて小さく笑い声が聞こえ始めた。

「クックックッ……」

「「あ、あの……」」

「はーっはっはっはっ! いやぁ、まいった! こんな経験は初めてだ!」

 そう言ってひとしきり笑ったゴードンさんは、どこか晴れやかな笑みを浮かべていた。

「あの……怒ってないんすか?」

「いや? 壊れるような剣が悪いのであってお前さんに非は無いよ」

「でもあの剣、素人目線でも結構な業物だと思ったんですけど」

「そうだなぁ、最近作った剣の中では間違いなく一番の自信作だったな」

「オゥ……」

 げぇ、どっかから取り寄せたとかじゃなくてゴードンさんが直接打った剣だったのかよ! 何というか、気まずい。

「でもまぁ、壊れちまったものは仕方がない、気に病むな……しかし、その見てくれからしてかなりの力自慢だろうなとは思っとったが、これ程とはな」

 砕けた剣身と、俺から受け取った柄をしげしげと眺めながら言葉をこぼす。正直非常に申し訳ない気持ちで一杯である。

「だがこれだと、お前さんがまともに振れる剣は今はウチには……いや、待てよ? アレなら……だがしかし……いや、これだけの膂力があれば……」

 何やらぶつぶつと呟きながら、ゴードンさんは店の中へと消えていく。その背中を慌てて俺とリーリエは追いかけていった。

 店内に戻った俺達は、そのままゴードンさんの後に続き倉庫と思われる場所に来ていた。

「こいつを見てくれ」

 そう言ってゴードンさんがカンテラで照らした所には、頑丈そうな鉄の台座に二振りの剣のような物が置いてあった。

 はっきり剣と断言できなかったのは、その形が俺の記憶の中にある剣とは大分異なっていたからだ。

 それは、一言で言うなら巨大な麺切り包丁と鋸を足して二で割ったような剣だった。根元から伸びた刃は切っ先付近で直角に曲がり、背には拳程の台形の角ばった突起が十個程付いている。そして、形がおかしければそのサイズもおかしい。

 刃渡りは俺と比べても遜色無いほどの長さを有し、一振りの幅が俺の肩幅の半分程もある。六十センチ程ある柄の長さも合わせれば俺の身の丈を超え、その身の厚さは先程俺が破壊した両手剣の三倍はある。それが、二振り。

「これは親父の代からこの倉庫に保管されてるもんでな……見れば分かるが、剣としてはあまりにも異質な代物で――」

 ゴードンさんが更に説明をしていたが、あまりよく聞こえない。何故なら俺は目の前にあるこの二振りの剣から目が離せなくなっていたからだ。

 俺の脳が告げている。「この剣を取れ」、と。

「……ゴードンさん、持ってみても?」

「出来るなら」

 その言葉を聞き、俺は手を伸ばして柄を握り締め、ひょいとその剣を持ち上げた。

「――もしやとは思ったが、本当に持ち上げられるとはな。お嬢ちゃん、試しにもう一振りの方を持ち上げようとしてみな」

「は、はい……って、重っ! ピクリとも動きませんよこれ!?」

「安心しろ、それが普通だ。ワシだって持てん。恐らくここに運び込んだ時は数人がかりでえっちらおっちら運んだんだろう。で、どうだ? 振れそうか?」

「ええ、問題なさそうっすね。リーリエ、そっちの一振りも借りるぞ」

「あっ、はい!」

 もう一振りを左手に収める。いわゆる二刀流というやつだ。

「……もう一つ話をしておくとだな、その剣には取り回しの他にも欠点がある」

「欠点?」

「元になった重黒煌石は魔力マナを通さないという特性を持っててな、それは剣として加工されたそいつにも受け継がれちまっているんだ。武器に魔力マナを通して魔法と併用して戦うこのご時世、この欠点はかなり大きなネックとなると思うんだが」

「ああ、それなら大丈夫ですよ。俺魔法使えないんで」

「は? それは一体どういう……」

「それに関して話すと長いんで……取り敢えず俺は魔力マナも持たず魔法も使えない人間だって事だけ覚えていて貰えれば」

「はぁ? お前は一体……ああ、もういい。これ以上考えると頭が痛くなりそうだ……で、どうする? 素振りしとくか?」

「是非」

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