04.プロポーズ回避大作戦

 その日の夜、私はエーミールさんらアイメルト家で夕食をごちそうになった後、エーミールさんに送ってもらい自宅に帰った。


 私の体調を心配したエーミールさんとナタリーさんからは、今晩は彼らの家で泊まるよう説かれていたのだが、私は作戦を練るべく家に帰ることにした。


 その名も、プロポーズ回避大作戦である。


 今朝は私の力不足で殿下に納得していただけなかった。プロフェッショナルとして、この状況は解消しなければならない。


 私は作戦を立てるべく、今までの彼の調査資料を取り出して机に並べる。


 修行中、お師匠様は、大切なのは情報を集めることだと言っていた。その教えに基づき、私は王太子殿下を調べ上げていたのだ。


 殿下は幼い頃から国王陛下と外交に出られていたため、5か国語を操られるそうだ。


 また、国王陛下を補佐するべく早くから政務にも従事されており、自ら国内各地に赴いては平民相手であっても耳を傾け、私腹を肥やす領主から弱き国民を救ったとされる。


 戦争においては敵国の偽装作戦を見破った上で自ら乗せられたように動き、油断をさせて返り討ちにした英雄だ。


 その経緯から王国では彼の支持者が圧倒的に多く、そのため彼は王太子に選ばれた。本当のところ私も、自分が国民なら彼が王太子になることを望むと思う。


 実は、私が薬屋として働いている時に彼に助けられたのだ。偶然、街に視察にいらした時だったらしい。


 その時私は、王都で顔を利かせている薬屋の元締めにいちゃもんをつけられていた。


 もとより私が売る薬の方が彼の商品より安価なため買う人が増え、売り上げが落ちたことから目をつけられていた。

 

「効果を薄めた薬を大量に作って安く売っているんじゃないのか? そんなあくどい商売をしている奴にゃあ材料を売るわけにもいかねぇよな?」


 材料を買いに行ったところ、そこの店主と元締めや彼と薬の値段を合わせている店の店主が結託して、私には材料を売らないようにすると言ってきたのだ。


「私の薬の効果については服用している方の声を聞いてみてください! それにお言葉ですが、ここの薬の値段は他国よりも2倍近く高いです。同じ材料を使っているのに値段が違い過ぎます!」


 実際に、王都の商人で外国と取引がある人たちの間でも、この価格の違いには疑問の声が上がっているのは事実。


 平民の中では、どんなに苦しくても薬が高くて買えない家もあると聞いている。


 しかし、元締めの男は私のような小娘の言葉に怯むことなく睨みつけてくる。恰幅の良い男で、ぶよぶよの身体が彼の儲かり具合を証明してくれているようだ。 

 

「同じ材料でも、国によって希少価値が違えば値段も変わる」

「そうだ! あんたがいきなり安い薬を売ったから俺たちの商売はめちゃくちゃだ!」


 男たちは口々に反撃してくる。


 どれも口から出まかせだろう。ティメアウス王国は海にも山や森にも恵まれている大国。むしろ他の国よりも材料をたくさん手に入れられるはずだ。


 それに、彼らの言う軽度の回復薬に使う薬草は比較的簡単に入手できるものだ。薬は需要があるからわざと高く売って私腹を肥やしているようだ。


 困ったことに、反論はできるが材料を売ってもらえなければ商売ができなくなる。自分で採集できるものならいいが、難しいものは買うしかないのだ。

 

 かといって、彼らと同じ値段に吊り上げて困っている人たちを増やしたくない。


 次の手を考えていると、幾人もの護衛騎士を引き連れた王太子殿下が現れ、辺りは騒然とした。無理もない、ここは平民が使う商店が並ぶ通りなのだ。


「薬の価格については議会でも論題に挙がっていたな」

「お、王太子殿下?!」


 元締めは狼狽えて声が上ずった。貴族が住まう区画ならいざ知らず、そんな場所に王族が現れるなんて誰も想像していなかっただろう。


 殿下はいつものように穏やかな微笑みを浮かべて元締めの男に話しかけるが、彼はぶよぶよの二重顎を震わして怯えている。


 いつもの口調とは違って強めに話す彼からは、微かな凄みを感じた。


「どうやら私の力不足で国民の生活を脅かしていたようだな。薬草の生息地の警備を強化させて採集しやすくしよう」

「い、いえ。そのようなわけでは……」

「彼女の薬の効果の方はアーレンス病院の折り紙付きだ。裏づけのない妄言は己の首を絞めるぞ」

「あ、アーレンス病院の?! わ、私はただ、噂を持ち出しただけなのです……私もそんなことは無いと思っておりました」


 殿下はいっそう笑みを深めて静かに笑った。いつも通りの表情に見えて、そうではない。

 凍りついたかのように動けなくなってしまった元締めたちがそれを証明している。


 彼は私の方を向くと、微笑みに込めた凄みを落とした。


「リタ・ブルームの薬は患者に寄り添った処方をすると耳にしている。実際に、彼女が来てから再診の回数が減ったとアーレンス病院の先生から聞いたところだ」


 アーレンス病院は平民が利用する病院の中でも大きなところで市民から信頼されている先生が居る。


 私はエーミールさんのツテでそこに薬を売ったり、患者さんの体調を聞いて薬を調合しているのだ。


「そう言っていただけると光栄です。殿下、助けていただきありがとうございました」

「事実を述べたまでだ」


 彼はそう言うなり護衛騎士を引き連れてその場を立ち去った。立場が悪くなった材料屋の主人は、謝って商品を売ってくれるようになった。


 どうやら、協力しないと彼の店からは材料を買わないと元締めに脅されていたらしい。


 このような経緯があって、私は改めて殿下に素敵な乙女ヒロインを見つけようと心に誓ったのだ。


 だからこそ、私に対して恋と錯覚してしまった気持ちを正して乙女ヒロインに会っていただかねばならない。

 ……もしかしたら乙女ヒロインに会ったら自然と彼の気持ちも変わるかもしれない。


 見つけた者として贔屓目で見ているわけではない。本当に素晴らしい乙女ヒロインを見つけているのだ。


 己の足りない知識があれば補おうとする勤勉さ、それでいて明るい笑顔に、さりげない会話ができる。


 国民の心に寄り添う、王妃の資質を持った乙女ヒロインだ。


 殿下が恋心を勘違いなさっている今は一刻も早く、2人には顔を合わせていただかなければならない。


 そうすれば彼も勘違いに気づいてプロポーズしてくることはないはずだ。


 お師匠様は初めての出会いは夜会が良いと仰っていた。おとぎ話では王子と乙女ヒロインの出会いは夜会と相場が決まっているためだ。


 しかし、プロフェッショナルには臨機応変で柔軟な対応も必要なはず。


 そうと決まれば、後は行動するのみである。机の引き出しから紙とペンとインクを取り出す。


 ひと月後には候補者と顔合わせしたい旨を殿下への手紙に書き留める。手紙の最期に署名をすると、紙はひとりでに折りたたまれて宙を浮く。


 窓を開けると、手紙は夜の闇の中に滑り込んでいった。これで、明日の朝にでも王太子殿下に届くはずだ。


 明日は薬を配達する仕事があるため、早めにベッドに入った。悩み事が解決したようで、ぐっすりと眠れた。



 まさか翌日、思いもよらぬ事態が待っているとは、その時は知らなかったのだ。


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