この世界について

 アリシアは村を結果的に助けた。

 人間を助ける気など無かったのだが、いざ動いてみると「助けないと」と思う衝動もあった。

 昔の自分は一体どんな人間だったのだろうか?

 今の昔の自分に葛藤しながらアリシアは村長夫妻の家に招かれた。

 これはアリシアとしても行幸だった。

 村長は礼儀正しくわざわざ、報酬の話を持ちかけてくれた。


 これはチャンスだ。

 アリシアはリバインから神術や言語の勉強はしたが、この世界の常識などはまるで分からない。

 だから、金銭ではなく情報が欲しいと要求した。


 あまりに常識を知らなさ過ぎると思わぬ落とし穴に嵌る可能性も十分あり得る。

 例えば、アリシア以上の強者に騙されるなどだ。

 それが最悪だ。


 それにこの場合の相場とかがよく分からないので報酬を受け取ってもその価値が分からず、余計な先入観で今後に支障が出るかも知れない。

 だから、村長にはアリシアが”災いの森”から出てきた部族長の孫娘であり、辺境にいた所為で世情に疎いと説明した。

 村長は少し驚いていたが、特に訝しそうな感情を浮かべる事も無くアリシアに色んな事を教えてくれた。


 村長は持っている地図でこの世界の国のあり方を教えてくれた。

 まずは地図の半分を埋め尽くすほどの西にある広大の森……そこがアリシアがいた”災いの森”と呼ばれる場所であり、その森に沿うような形で様々な国が隣接していた。

 まず、森の南側、海と面した半島のような横長な国がクゼル王国と言う国であり、この村……クリハ村もクゼル王国の領内にある”災いの森”に最も近い王国北西部にある村と教えてくれた。

 災いの森に近くたまに魔物が現れる事があるが、それ以外は他の村と違い割と平穏な村らしい。


 なんでも”災いの森”の魔物はこの辺りに限っては森の最深部に近づかない限り、まず村には近づかないらしい。

 偶に近く魔物もいるらしいが、それも下級の魔物ばかりで村でも自衛できるレベルのモノでオリハルコンスネークのような魔物が現れたのは200年前に1度あったと言う記憶が残されている程度らしい。

 なんでこの辺りに限っては魔物が襲わないのか聴いてみたが、村人もそこまでは知らないようだ。


 次に教えてくれた国はクゼル王国の左真上に縦長に存在するロアシア連合だ。

 これは前に”災いの森”に入って来た紅翼騎士団と言う不審者達が話した通りの情報だった。

 複数の小国が右隣にあるダガマ帝国に対抗する為に結成した連合国だ。

 元老院と言う者達が政治を取り仕切り、特権階級と人民のよる共和国制に近い政治体系の国家だ。

 その背景としては元々、王族国家であった背景のある小国間で疫病が蔓延、生産性の低下等により、人民達が市民革命を起こし続けた結果、人民も政治に介入できる体系になったようだ。

 尤も、疫病の流行は断続的だった事もあるようで完全な共和国制には移行していない中途半端な体系を構築している。


 この村とは違い魔物による被害が西側で散発しているらしい。

 その特色故……魔物の材質に対する加工技術が非常に高い国として知られている。


 最後にこの近辺で最大規模を誇るダガマ帝国はロアシア連合と同じく縦長な国に北側にも横長に領地を持つとされる最大の国家として知られ、皇帝主導の元富国強兵を掲げ、村長が知る限りロアシア連合と南国境付近にある山脈近くの平野で散発した戦争が年に1度の収穫時期を狙って起きているらしい。

 更に軍事に関してはかなりの発展を見せており、神代級魔術を使う魔導王の名を介す3人の魔術師を筆頭に高い魔術技術で発展を為した国のようだ。


 アリシアが殺したアイン・ソフ・オウルはその3人の中の1人と言う事だろう。

 あの魔術師がこの世界でどのくらいの強さかに類するのは分からないが、少なくとも苦戦するほどの相手ではない。

 彼を500人集めれば、ランスロットに届くか届かないかそんなレベルだ。

 魔物と人間を比べるのもどうかとは思うが……最後に村長が教えてくれたのはアリシアが一番知りたい国である神国メキルだ。

 ロアシアとダガマの北部国境の中央に国を構える小国で数多の神が住まう神聖な土地であり、そこには代行者と呼ばれる神の力を代行する神官のような魔術師がいるようだ。

 彼等の事は詳しくは知られていないらしいが神を愛し、敬拝する教徒達の集まりであり、信仰が強い国だそうだ。


 どうにも信じ難い。

 あんな高慢で無知で愚かそうな神に仕える価値があると言うのか?

 そんな神を愛しているなど正気とは思えない。

 その教徒達は神を愛しているのではなく、単に神の力を愛しているだけであり、神そのものなどどうでも良いのではないだろうか?


 それで信仰があると言われても胡散臭い。

 ラナンを見ているとその神がその程度の低俗が存在に思えてならない。

 後、神々の銅像なんてあったら最悪だ。

 像を拝んだ偶像崇拝信仰など無知で愚かで低俗で幼稚な信仰だ。

 もし、神国メキルに行た時に銅像を見かけたら問答無用で破壊した上で殲滅した方が良いかも知れない。




(おっと、話が逸れて熱くなってしまった。いけないいけない)




 今までの情報からこの時点でアリシアの記憶探しをする上でいくつか手段がある。




 1つ、力をつけて思い出す。

 2つ、アリシアの事を知っている人物を探す。

 3つ、記憶が戻らないとしても何とか元の世界に帰る。




 1については今まで力をつける毎に知識的な事は思い出しているのでその知識を基に帰還できる見込みがあった。

 力をつけるという観点で言えば、帝国に兵士になると言う手が有効かも知れない。

 しかし、今更だ。

 アインを殺し、帝国の兵士を脅すような事を言っているから敵対される恐れがある。

 それ以前に何らかの形で神国メキルと繋がりがある以上、帝国に入れば、神国メキルから狙われるのでこの時点でこの2つの国に行く選択肢はない上、2の記憶を知っている人物を探すも帝国や連合でコネクションを作ろうにも帝国は論外、連合にも数ヶ月前に喧嘩を売るような真似をしているのでマークされている可能性が高い。


 加えて、紅翼騎士団の所為であまり良いイメージが無い。

 ならば、クゼル王国はどうかと言われれば良いとは言えない。

 なにせ、リバインを裏切った前科がある。

 しかも、ランスロットの話では人間は何故か亜神を迫害すると聴いた。

 迫害前科がある国にわざわざ、出向くには信用に値しない。


 人の世とは、常に変わらない。

 時代が経てば、優れた技術くらいは生まれるかも知れないが、価値観や精神性に変化は無く……「新しい」と考えたとしても、それは昔から提唱されており、古代人との大差等、無い。


 それと同じであり、過去に亜神を貶めたなら今も亜神を貶める可能性がある。

 そして、3の帰還に関してはアリシアが独自研究を行う等をすれば出来るが、その為には資金援助が必要かもしれないのでやはり国をバックにつけたい。

 アイの国と接点があるロアシア連合と手を組むのも良いが、アイの国については分からない事が多すぎるのでどのように繋がっているか分からない以上、接触はやめた方が良いかも知れない。

 それに連合の印象が悪い。


 結局、現状どの国も良くない。

 全部マイナス100点をつけて良いレベルだ。

 その中でも神国メキルは更にマイナス100点だ。

 いずれにしてもどの国についたとしてもアリシアにとってメリットよりデメリットが大き過ぎる。




(唯一マシなのは連合国くらいかな……)




 ただ、仮に神国メキルと繋がりがあったらアウトだ。

 しかも、両国は国境が面している為、可能性はゼロではない。

 アリシアの出だしは早くも行き詰まりを見せるのだった。

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