決戦に向けて
世界は人類の望む滅びへと向かう。
人間は一瞬と言う生涯の中で懸命に生きようとする輝きが美しい言葉を並べ嘯く、偽善者が偶にいる。
それを阻む者が現れるとまるで悪のように罵る。
だが、所詮は自らの怠惰を言い訳にしているだけに過ぎない。
一部を除いて大半の人間は言うほど懸命には生きてはいない。
簡単に不法を働き、次第に感覚が鈍る。
では、逆に問いたいのだが、人類に明日を信じる希望とやらがあるなら今、置かれているこの状況をどう説明する?
もし、人ではない何者かが第3者視点から見れば、今の状況の説明がつかないと頭を悩ませる事だろう。
人間に生きようとする本能があるなら今の状況は作り出せない。
第3者から見れば、明らかに言っている事とやっている事が伴っていない。
行いの伴わない信仰は死んだ信仰と誰かが言っていたが、信仰に関わらず、今の人間の意志は死んだ信念でしかなかった。
それでもなお、永遠に言い訳を重ねるのだから悪辣過ぎる。
◇◇◇
西暦2341年12月23日。
それが正しく誰にとっても最大の転換期だった。
その時を無力な者も地面にひれ伏し、罪人達が地面に口づけでもするように頭を下げ救いを懇願する。
「自分は正しい者です。どうか御救い下さい」等と言う者もいた。
周りに釣られ、他の者達も口を揃え、嘯き、自分の義こそ優っていると誇示して他人を低く見せる為に罵る。
だが、この様な惨事を引き起こしたこの世に正しい者など1人もいない。
寧ろ、「わたしは罪人です」と謝罪せず、自らの義を誇る辺り高慢としか見られない。
言うまでもないが神は高慢な者を憎むほど嫌う。
この後に及んでも高慢を振り撒くなら神は絶対に救う事はない。
地球から伸びる淡い紫色の巨栄が”金の鎖”を破り、大地を揺らす。
四方から拘束していた”金の鎖”が土塊になった様にひび割れ、剥がれ落ちていく。
巨大な鎖が破片が地上に落ち、被害を与えていたが、今はそれよりも深刻な状態だった。
「嘘……なんで」
アリシアは今起きている事実が信じられなかった。
その事実を自分の存在で確かめる様に左手を左頬に添え、繊細な指先を沿らせる。
魚の目の様に見開き、自分の存在を確かめる。
だが、どう考えてもこれは現実だった。
俄かには信じられないが、あの存在がサンディスタールである事は疑いようがない。
「吉火さん、アタランテは?」
アリシアにしてはこんな時にも努めて静かな声色で状況を確認する。
慌てるだけ部下を不安にさせてしまうからだ。
少なくともそんな気持ちではこの状況に対処は出来ない。
「まだ、50%だ。とてもじゃないが撃てない」
吉火も今の状況が切迫しているのは感じていた。
だが、慌てても好転しないと彼も理解している。
彼は気持ちを落ち着ける様にデスクの上にあるコーヒーを啜る。
だが、その手は微かに震えていた。
彼が徐にコーヒーを手にしたのは自然と気持ちを落ち付けようとする生理現象なのだと誰もが理解出来た。
アリシアほどではないが、吉火もかなり重圧を抱える立場である事は理解できる。
だから、誰もその事は責め立てない。責め立てる暇などない。
「わかった、わたしが時間を稼ぐ。準備を急いで」
「時間を稼ぐって……君はかなり消耗しているだろう」
確かにアリシアの目は霞、明滅する。
魂もまるで喉に石でも入った様な違和感と気分の悪さがある。
それでも彼女の瞳から戦う意志は消えない。
一切、臆する事はない眼前の敵を炯々に睨みつける。
吉火達に聞き取られない小さな声で「やればできる、やればできる」と口癖を呟く。
その言葉の意味を確かに確認して1人で首肯する。
「だとして……わたしが、止めます!」
アリシアは戦闘機形態に変形、雷が走り抜ける様に一気に加速した。
吉火も分かっていた。
もうあの存在を止められるのは彼女だけであり、彼女が消耗していようと鋼の心で任務を完遂する為に喜んで自分を犠牲にする事も知っていた。
彼女は口にした事を必ず実行する。
頑固とも強靭とも取れる精神力で今までみんなを引っ張ってきたのだ。
吉火だけで止めるにはあまりにも大き過ぎる力だ。
聞くだけ無駄だったと今更思う。
「はぁ……ゆっくりお茶とはいかないか……ねぇ?アレを倒さないと滅ぶの?」
ミダレは駆け抜けるアリシアは遠目に見ながら、どこか飄々として宇宙空間に漂うロングヘアをヘアゴムで纏めていた。
纏め終えると頭を横に振り靡かせ、纏め心地を確かめ「こんな感じね」と納得した様に首肯する。
「そんなところだ。出来れば手助けして貰いたいのだが……」
「良いわよ」
吉火がモニター越しに「えぇ?」と呆気に取られた様に口を小さく開ける。
「何よ。その態度は」
「いや、すまない。素直に聞いてくれるとは思わなくてな」
その言葉が心外と言わんばかりにミダレは「ふっ!」と鼻を鳴らし少し頬を膨れさせて外方向く。
以前と同じところもあるが以前と比べられば、だいぶ丸くなり、態度は軟化しており、仕草も可愛らしいところがあると吉火は素直に思った。
「まぁ、良いわ。確かに前のわたしを知ってるならそう思われても仕方ないもの」
「前のわたしだと?」
「それは道中にでも説明するわ。不幸な事にこの機体は継ぎ接ぎなのよ。だから、アサルトは使えないネェルアサルトも劣化版なのよ。だから、説明する時間くらいはあるわ」
吉火側でも軽く調べて見て分かった事だが、どうやらコックピットだけをネクシルシリーズのパーツを使い、周りをオラシオシリーズで固めた継ぎ接ぎの機体らしい。
どうやら”ネェルアサルト”のスペックダウンはコックピット周りに”量子回路”を使っている関係上、発生した問題だと推移出来た。
量子回路が生命の魂に近い性質からネクシルに最適化するようにしてあり、ネクシルのパーツにしか互換性がない。
本来の体とは違う体を宛がうと”量子回路”が違和感を覚えるからだ。
その影響で”量子回路”自体の性能が低下する事もある。
回路を調整すれば何とかなるが、ネクシレイターならいざ知らず、並みの人間ではその調整はまず出来ない。
英雄ならそれが可能かもしれないが、今のミダレを見る限り”英雄因子”はない。
何故かは分からないが恐らく、この場にいる事と関係があると吉火は睨んだ。
「わかった。事情は追って聴く。とにかく、彼女の後を追ってくれ今は1人でも味方が欲しい」
吉火は深々と頭を下げる。
今の彼らにとって喉から手が出るほど味方が欲しかった。
ただでさえ、迫害され易い部隊だけに碌な援軍など望めない。
だが、今という状況が切迫しており、味方が多い方が良いのは確かなのだ。
ミダレの眉が微かに動く。
ネクシレイターになった影響なのか彼が真摯な姿勢で自分に頼み事をしているのが伝わる。
ミダレにはそんな事をされた経験が無かった。
いつも、命令されるか出なければ互いに利用し合うかのどちらかだった。
あまり慣れない事に自然と頬が赤くなる。
「別に良いわよ。わたしはあの前髪癖毛野郎に借りを返さないといけないのよ。だから、それまでアンタ達に協力するの!良い!」
吉火はそれ以上は何も言わず「あぁ、それで良い」とだけ答えた。
彼女が素直に答えられない心の機敏さがあったが、それでも歩み寄ろうする誠意は吉火達を納得させるに十分だった。
ちなみに前髪癖毛野郎とは恐らく、ロアの事を言っているのだと理解出来た。
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