別れ

「ほら、おいで」




 アリシアはその頬に涙を浮かべながら、子供達に来るように促す。

 子供達もアリシアの言葉に当てられ、さっきまでの洗脳が解けたようにアリシアの元に集まろうとした。

 アリシアが彼等に手を差し伸べようとしたその時、3発の大型レーザー砲が3機を焼き払った。

 アリシアは目を見開きただ、呆然とそれを眺める。

 機体は徐々にレーザーに焼かれ、跡形もなく消えていく。

 その時、微かに声がした。




 お姉ちゃん、大好き




 それが最後の声だった。




「目標命中。消滅を確認しました」


「敵と内通していた離反者は粛清した。これより敵指揮官機にも攻撃するぞ!照準合わせ!」




 艦隊からそのような声が響く。

 アリシアは少しの間、事実を直視出来ず、理解出来なかった。

 やっと会えたと思った瞬間に全てを簡単に奪われた。

 大切な者を奪われない為に力をつけて来たはずなのに結局、一番大切な者をいつも守れない自分があまりに不甲斐なくて憤慨する。

 アリシアは溢れる涙を右手で抑えていた。




「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」




 彼女の悲しみが物理的な干渉波となり、戦域全ての機体の通信機にその音が拾われる。

 更にその声は隠される事なく通信機越しに聞こえる。




「許さない!わたしは!お前達を!!許さない!!!」




 彼等は単に殺害された訳ではない。

 サンディスタールの意を受けて殺した以上、彼等の殺害は例外なく魂の地獄送りだ。

 本来なら、救いたいところだが、今と言う状況が……神としての使命が”今はその時ではない”と理解させ、それを拒ませ、理性と激情の間でアリシアは鬩ぎ合っていた。

 況して、健全な魂が地獄に落ちると言うのはネクシレイターにとってはその魂の死を現わす。

 健全な魂とは言え、地獄でなら死ぬ。

 それは人間が地上で殺されると言う意味以上に深く重い。

 正樹達が味わっている苦痛と同等と言えるだろう。


 だが、ここでエド達を救いにいけば、他の何かを犠牲にしないとならないと分かってしまうから……本当は今すぐにでも救いたくてあの地獄で彼らが自殺でもして魂の消滅と言う本当の意味で死んだらどうしようと思うと猛烈な不安と焦燥感から気が気ではなかった。

 罪ある者が送られるなら哀れに思うが、特に心は痛まない。

 だが、無垢な人間を理不尽で殺す事など彼女は決して許さない。


 理不尽を行う事は天の国では許されない大罪だ。


 アリシアは自分への怒りと相手に対する怒りが入り混じった殺気の籠った覇気を解き放つ。

 彼女が普段、殺気を出して敵と相手をする事はない。

 殺気を出せば、敵の動きを読み取られるからだ。

 殺気を出して戦うのも殺気を読み取り、戦うのもアマチュアがやる事だ。


 それでも殺気を出すとなると余程、怒っているか……もしくは穏便に戦いを済ませるかだ。

 獣同士の戦いは互いの目と目を見合って決める事がある。

 目力が強い方が縄張りから手を引き負けた方はそっぽう向いて立ち去る。

 この場合は完全に前者だ。

 その意志の奔流に天使達の背筋すら凍りつく。

 そして、その言葉に当てられた人間達はDNAに刻まれた生存本能を刺激され、恐怖する。

 まるで丸裸で獰猛な獣と対峙しているようだった。


 アリシアは流れるように敵を惨殺していく。

 敵の鶴翼の陣を敷き、そこから展開する形で包囲殲滅しようとしていた。

 アリシアを待ち受けるように複数のAPがM16A10アサルトライフルで牽制を仕掛ける。

 だが、怒りに囚われていてもアリシアは冷静さを欠かない。

 敵をよく見て、敵の癖や銃口を向けられる瞬間を鋭く見極める。

 M16A10アサルトライフルが引き金を引かれるのと同時にアリシアは直角下に滑り込むように敵の真下を取り、CZ BREN15アサルトライフルを構え、上に直進しながらCZ BREN15アサルトライフルを6発放つ。

 敵が自分を包囲殲滅する意図を知りながら、アリシアは敵陣の中央に突貫する。


 


「好機だ!そのまま囲み殲滅しろ!」




 指揮官は鳩翼の陣から左右を囲むように円形の陣を作り、アリシア囲った。

 宇宙空間である事を活かし、全方向から取り囲む様に部隊を展開させる。

 部隊はまるで球形の中にアリシアは閉じ込めるように包囲した。

 AP部隊がM16A10アサルトライフルを構え、指揮官が「撃て」と合図すると当時に全方位から弾丸が跳ぶ。

 アリシアは慌てる事無く弾丸の発射を見切り、真上に加速する。




「「「なっ!!!」」」




 部隊員全員が驚きに満ちた声を上げた。

 敵のAPは全方位からいつ発射されるかも分からない発射タイミングを完全に見切りをつけて上に上がったのだ。

 今の状況で避けられる事など誰も想定していなかった。

 寧ろ、これが彼らにとって最悪の結果を呼ぶ。




「■■■■■■!!!」




 展開部隊員達の意味を為さない悲鳴が辺りで残響する。

 そもそも、この全方位陣形を構築されて避けるのは不可能だ。

 四角からいつ攻撃されるのか分からないからだ。

 だが、銃を直線的にしか進まない。

 皆が一斉に同じところを狙えば、弾は1点にしか集まらない。

 逆にそれを見極め避ければ、敵に弾丸が命中しないのだから離れた友軍に命中するしかない。

 しかも、ロックオンアラートも鳴らないので余計回避し難い。




「もう沈めて良いよね……」




 彼女は冷たく宣告する。

 その心は悲しみとも怒りともつかない激情が零れる。

 その言葉は聞こえなくても彼らの心に冷たく悪寒を奔らせ、誰もがその声に戦慄した。

 アリシアは機体の身を捩りながらCZ BREN15アサルトライフルを両手に装備、機体を回転させる敵の位置を刹那の間に確認、的確に引き金を引く。

 無数の弾丸が戦域を覆う。

 弾丸が寸分の狂いもなくAPのコックピットを貫く。

 慌てて陣形を崩し打ち付けな行動をしたAPのコックピットにすら弾丸が貫いた。

 兵士達の中に熱い血が脈打ち、胸の中に恐怖が蹂躙していく。




「ば、化け物だッ!!!!」




 誰かが堪らず悲鳴を上げて逃げようと逃亡を図る。

 だが、弾丸は無情にもそんな者ですら貫いた。

 誰もがそれを見て思った。

 これは戦争ではない……“狩り”もしくは“裁き”に属するような一方的な壇上である事を……まるで奈落の底に落とされるような戦慄が体を貫く。

 彼らはまさに今か今かと恐怖が激しく胸の底で蠕動する。




「やめろ!やめてくれぇぇぇぇ!」


「お願いします!命は!命だけは!」


「母さんぁぁぁぁぁん!!」




 狂乱した彼らの断末魔が通信越しに伝播、周りの者の恐怖を駆り立て、陣形が崩れる。




「逃がすと……思うの?」




 その顔は普段のアリシアではなく冷酷無情な顔つきだった。

 誰1人逃す気がない。

 徹底的に殺害し尽くすまで彼女の”裁き”と言う名の復讐は終わらない。

 アリシアは機体を回転させながら、1人また1人と撃墜していく。

 動きの止めたAPのコックピットが寸分違わず中央を撃ち貫いた。

 どれ1つとっても例外はない。

 まるで殺戮マシンとも呼べるほど精確無比な射撃が彼らを貫く。


 兵士達は逃げ惑う。

 幾ら連携しようと束になってかかろうと勝てないほどの圧倒的な力の前に為す術がない。

 彼らに出来るのは咽び泣き、命乞いをするだけだ。

 だが、彼女は許さない。

 愛すると決めれば愛するが、裁くと決めたら徹底的に裁く。

 APの無残な残骸が宙域に漂う。

 残された3機の戦艦に勢いよくスラスターを唸らせ、稲妻のように駆ける。




「やめろ!来るな!来るなぁぁぁぁ!」




 体から恐怖が一気に湧き上がる。

 艦隊の指揮官は湧き上がる恐怖に負け、慌てて艦橋から逃げようとした。

 その様子をアリシアは見ていた。




「あの子達は……逃げる事すら出来なかったのに……」




 彼女の顔は殺意を抱く程、冷めていく。




「こんな奴らに……あの子達は!」




 高慢を酷く憎む彼女の目は忌々し気に頭に血が上がるように逆上せた。




 刹那




 アリシアは獲物を定めたように目で捉えきれない速さで敵旗館の艦橋に現れる。

 艦橋の指揮官は我先に逃げようとして、部下達は目の前の光景に目を奪われ、硬直する。

 アリシアは左手に”来の蒼陽”を取り、逆手で艦橋を薙ぎ払うと艦橋は砕け破片や飛び散った血が空間に漂う。

 アリシアは途端に静かになった。

 怒りに半身を任せて暴れたが。大事な物が抜け落ちた寂しさが取れる事はなかった。

 あまりに虚しい。

 彼女の頬に一滴垂れる。


 その後、アリシアは何事もなかったように残りの戦艦も撃墜した。

 目の前に残るは神の僭称する愚か者だけだ。




「道化が思いがけない動きをしたが中々、面白い趣向だった」




 ”ファザー”は怪異染みた不敵な笑いを浮かべる。

 要塞からは今更、長距離砲でアリシア達を狙う。

 ファザーは明らかに戦いを楽しんでいた。

 まるで縛りプレイ感覚だ。

 長距離砲を使っていれば、艦隊がここまで速く壊滅する事もなかった。

 完全に命を見下し弄んでいる。

 アリシアは憤慨、言葉も出ず、炯々な眼差しで”ファザー”を睨みつける。

 彼の言葉を聴くだけで嫌気が差してくる。

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