最後に残された者と虚しい傷跡

「残ったのは、荒れ果てた大地と私だけか……」




 聖書の”概念拘束”には火の災いの預言がある。

 世界により決行時期が異なりはするが、溜め込まれた人類の罪を”裁き”と言う概念事象並びに概念的な”魂の絶対破壊”事象に還元する事でSWNを世界から一掃、解き放つ預言だ。


 アリシアの世界の2020年ではWW3と言う形で解き放たれた。

 だが、”神の大罪”の影響により、完全完璧な預言が果たされなかった事で人類は存続、複数のパラレルワールドが誕生する起因を産み出し、サタンの力を増強した。


 アリシアの世界の聖書が預言を不完全な状態で果たした為、その機能の一部に不具合が起きてしまった。

 それは少なからず、聖書の存在する全ての世界に波及した。

 各世界の聖書は相互間に強い繋がりを持つ事で預言の実行を強固にしていたからだ。


 だが、完璧……故に一度均衡が崩れると脆いところがあるのも事実だ。

 故に本来、神の代行者として”失楽世界”で預言を果たすべき美香の行いにユウキが妨害する隙を与え、美香を殺す事も出来た。

 ”概念拘束”が脆かったとはいえ、それでもかなりあり得ない程の”概念拘束”への干渉でもあった。

 だが、逆に付け入る隙を与えた事で”人類の意志”を明確にかつ如実に現したのも事実だ。


 ”人類の意志”は美香が齎す救いよりも潜在的にユウキが齎す破滅を人類は選んだと言う事だ。

 神の存在を知る者は無意識に神の行いや存在を知る様に造られている以上、美香が神の遣わした代行者である事は全人類の周知なのだ。

 この世界の”人類の意志”は「神に従うくらいなら楽に暮らして死んだ方が良い」と言う結論になった。

 それが限りなく、際限なく虚しい。


 神と敵対してまで”死”を願う人間の心が美香には理解出来なった。

 誰だって生きていたいと根源的な願いとして心に抱くはずなのだ。

 それだと言うのに……高慢を持ってまで死ぬ事を選んだ人類が哀れでならない。


 なにかの小説で「我々は神の支配に抗う!」と言う趣旨の小説を読んだ気がする。

 しかし、それは正しいのか?

 統治者が不正をしていたなら、動機は分かる。

 だが、少なくともこの世界の人間の場合……”自由””正義””勝利”と言う欲を抱く為に神に反逆しているように見える。

 そもそも、世界とは、国とは、誰かの管理によって成り立ち……誰かが支配する事が前提と言える。

 それを”自由の侵害”と考え、反逆するのは、ただのテロリスト、もしくは悪魔と呼ばれる者だけだ。

 この世界の人間ですら、不満を持ってもアメリカやソ連、中国に対して公に敵対しないにも関わらず、神に対しては殊更、反逆するのだ。

 どうように捉えても、頭が可笑しくなっているようにしか見られない。

 その”人の願いの結末”が美香以外の全滅だった。

 これを虚しいと言わず、なんと言うのか?




「これがサタンの所業ですか……多くの生命の死を糧にして地獄の澱を貯め、世界に争いを振り撒く。時にヘルビーストを使う事も厭わない。私達の世界の行いが新たな世界を不幸にする」




 美香は感慨に耽る。

 昔の自分の生活を振り返る。

 両親を戦争で無くして、生きる為に義務教育が終わると同時に軍に入った。

 元々、徴兵制ではあったが、早くから志願兵として活躍すれば、それ相応の待遇が約束されていたからだ。

 だが、軍の訓練は辛かった。


 生きる為とは言え、「楽にやりたい」とも何度も考えた。

 徴兵制だから、「やるのが当たり前」と言う”環境”が揃う訳ではない。

 やはり、辛い事は避けたいのだ。

 それでも生きる為に訓練に耐えた。

 それをやって来られたのは仲間の支えがあったからでもある。


 その後、任官して初めての初陣を経験した。

 すると、どうだろう。

 親しかった仲間は簡単に死んでいく。

 周りを見ても古参であり、老兵のはずの先輩も簡単に消えていく。


 怖かった。

 怖くて堪らなかった。

 それでも自分は生き残った。

 なんで、生き残れたのか?明確な理由は分からなかった。

 先輩ほど優秀の戦士でもなく、特に秀でた能力もない。


 それなのに、自分は生き残ったのだ。

 美香はそれが怖かった。

 恐怖を感じる度に「誰かを守りたい」と世界を平和の為に自分にできる事をしようと藻掻く自分を鼓舞して、強くなって行った。

 一方でそれに比例して、ある疑念が湧いた。

 自分には何もないのに生き残れたと言う事実、自分が明確に生き残れた理由が無かった事を訝しく思っていたのだ。

 なら、次の実戦で出たら生き残れるのか?それとも死ぬのか?


 分からない。


 確定出来る要素がないから分からない。


 それが怖い。


 なんで生き残れたのか?考え、生き残る為に努力もした。

 でも、それでも分からなかった。

 それでも何度も生き残った。

 でも、その度に余計に分からなかった。


 なんで生き残れたのか?


 なら、何が起因して死ぬのか?死なないのか?分からない。

 分からず、先行きの見えない不安に苛まれながら、生きる日々が続いた。

 誰かを守りたいと世界を平和の為に自分にできる事をしようと言う想いが強くなるに連れ、その不安も増し、いつからだったか……ある答えが芽生えた。




(わたしは弱い。そう……弱い。弱いのだ)




 多分、生き残れたのは強過ぎないからだ。

 強くないが、故に前には出ない。

 味方を犠牲にして生き残っていたのだ。

 それが明確に理解できたのは、アリシアが力を与えてからだ。

 指導者となり、前で戦う事が多くなり、部下の1人からかつての自分と同じ悩みを聴かされた時、ようやく、悟った。


 自分を助けてくれる誰かがいたから助かっただけだ。

 戦える機体があり、戦える力を貰い、先導する力があり、率先して犠牲になる力を自分が得た事でそれを理解した。

 だが、それらは本来、自分の力ではない。

 機体がなければ、敵とも戦えない、力を借りなければ、特出した能力も無い。

 本来、カリスマ的な求心力も無かった。


 そう、美香は弱いのだ。

 寄り頼まないと戦えないほど弱い。

 何かを守れるほどの強さが無いほどに弱い。

 でも、そこまで分かって1つだけ守れたモノがあった事に気付いた。




「わたしは弱い。でも、私が戦わないと私よりも弱い人達が戦う事になる……その弱さは強さだったんですね。アリシア」




 この世界に強者などいないのだ。

 本当に強者がいるとすれば、それは自分の弱さを認め、謙り、依り頼む事の出来る人なのだ。

 自分を一番低くして、小さな事から積み上げた者がいずれ、大きな力を持てるのだ。


 地面から小さなレンガを敷き詰める様に建てなければならないのだ。

 小さなレンガを敷き詰めただけ、その家はきっと強い家になるのだ。

 自分の弱さを認められない人間は空の上に家を建てるほどの愚かな事をする。

 だから、簡単に崩れてしまうのだ。




「だから、私はこの弱さを誇りましょう。この弱さでまだ救える者があるなら、わたしは喜んで死地に赴きましょう」




 すると、美香の背後に大きな人影が着地した音が聞こえた。

 後ろを振り返るとそこにはかつての相棒であるネクシル グローリーライフが膝をつき、こちらを見下ろす様に構えていた。




「行きましょう。我が主の元に……」




 美香の言葉に反応する様にバイザーが光、コックピットが開かれ、美香は乗り込む。

 そして、男性型TS”グローリーライフ”が美香の意志を汲み取り、システムを稼働させる。




『座標を確認。アサルト始動。エネルギーチャージ開始』




 美香は”グローリーライフ”を浮上させ、戦闘機形態に変更した。

 ”グローリーライフ”はゆっくりと浮上、黄昏の空に駆け上がる。




「さぁ、これからが本当の始まりです。アリシア。私はあなたと共に使命を果たします。サタンを滅ぼし、この世の”英雄”を狩り尽くし真の安寧を得る為に……弱さと共に戦います!そして、何より、私よりも弱く、私よりも強い者達を守る為!」




 エネルギーが臨界に達した。

 背部のスラスターが唸りを上げ、機体が加速していく。




「さあ、いくわよ!グローリーライフ!」


『承知しました』




 ”グローリーライフ”が主の言葉に頷く。

 ”グローリーライフ”はまるで流星の様に黄昏の空を駆け上がり、雲を斬り裂き消えた。

 そして、この世界から何もかもが無くなった。

 この大地に残るのは最早、虚しい傷跡だけだ。

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