囚われの候補者

 フィオナは正樹を警戒するように尋ねた。

 それもそうだ。

 見ず知らずの男が平然とこの輪に入っていれば聴きたくもなる。

 況して、フィオナも多かれ少なかれ、人間と言う者に警戒心を持っている。

 神の血肉を分けた訳でもない”他人”が無許可でこの輪に入る事を良しとはしないのだ。




「オレは滝川 正樹だ」





 正樹が自己紹介するとリテラとフィオナが何か得心したように頷いた。




「滝川……あ……吉火さんの関係者ですか?」


「甥っ子にあたるな」


「それでその甥っ子は何しにここに居るの?」



 それにアリシアが答えた。



「わたしの監視らしいよ」


「うわ……また、出た監視役……」




 フィオナは驚くように呆れた表情で正樹を見つめる。

 正樹は今の言葉に首を傾げた。




「またって、どう言う事だ?」


「アリシアの事を警戒している軍の上層部がアリシアに監視をつけているのよ。ほら、あそこ」




 リテラは人工島から見える海沿いの観覧車を指差しそこに向かって大きく手を振る。

 直線距離で大体800m。

 監視するには遠いがどうやら、人工島に入りたくないらしい。


 人工島は万高の管轄だ。

 監視として他の者に姿を晒す訳には行かず、海沿いの観覧車から眺めるしかないのだろう。

 監視は驚嘆し「嘘!バレてる!」と監視のスコープから仰け反る。




「今、嘘!バレてる!だって」


「いや……そりゃバレるでしょ。たかだか800mなんだから」


「でも、流石だね。相手の口の動きまで見えるなんて」


「伊達に狙撃兵はしてないから」

 



 彼等は仲睦まじく話しているが約1人置いて行かれている人がいた。





(たかだか800mだと……)






 正樹が知る限り800m先の敵の気配を的確に当てる人間などいない。

 況して、緑色のセミロングの女の子リテラに至っては狙撃レンズを覗かず、相手の口の動きまで見切っている。

 単純に視力が良いとかそんな次元の話ではなく明らかに人間の限界を超えている。

 彼等はそれを恰も当たり前の様に振舞っている。





(こいつら人間なんだよな……)

 





 そんな疑問が浮かぶ。

 あまりに非人間過ぎてとても現実とは思えなかった。

 まるで映画の中のスーパーヒーローのような超人がここに集まっているように思えた。

 どこから見ても普通の女の子にしか見えない彼女達だが、その異常さを目の当たりにした気がする。

 そんな彼女達を改めて注視する。





(本当に人間なんだよね?)





「そうとは限らないぞ」


「!」




 まるで自分の心の声に応えたその声の主に正樹は目を向けた。

 そこには自分と同じ日本人でありアリシアの兄である神代 シンがいた。




「監視するのはお前の勝手だ。オレ達は別に止めるつもりはない。だが、アリシアはオレ達の中で一番冴えている。近くにいるだけでお前の意志に関係なくお前の情報を盗み見る。そのリスクを負うくらいは覚悟した方が良いぞ」




 まるで考えを読まれた様な思わない的確な返答に驚いてしまった。

 だとしたら、かなり親切な男なのはこちらとしても好感は持てるが同時に今の答えに懐疑的でもあった。

 



 本当にそんな事が出来るのか?


 仮に出来たとしても上の連中になんと伝えれば良い?


 相手は超能力兵士です。


 監視すると此方の情報が筒抜けかも知れませんとは言えない。


 正樹の精神が疑われる。

 

 実際、大戦中には強化計画とか言う人体改造して超能力兵士を作ろうとした眉唾物の計画があったらしい。

 尤も、計画は実行されず、机の上の空論で終わってしまった。

 詳細は知らないが超能力が不確かで利便性が乏しく利便性を追求しても試算的に高が知れていると考えられたからだ。


 主に不確かで科学的な立証が出来ていない事から強化計画は狂信者の盲信とも言われる。

 きっとこんな報告をすれば精神イカレタ科学者と同列に扱われるだろう。

 一応、自分の直属の上司おふくろくらいには話した方が良いかも知れない。




「ねーあの話今しても良いの?」




 リテラは正樹を見つめながらアリシアに尋ねた。

 正樹がいる前で報告をしていいのか悩んだからだ。




「別に良いよ。でも、隠語込みでね」


「わかった。じゃあ、わたしから特には無いよ」


「同じく無い」




 フィオナとシンは特に異常はないようだ。

 次はアリシアが報告する。



「わたしは格納庫でに出会った。2年の先輩だよ。パイロット科だから会う機会はある」


「驚いたな。起きていたのか?」


「かなり適正値が高いんだと思う。わたし達が近くに現れた事に触発されて目覚めたんでしょうね」




 次にリテラが報告をする。




「わたしは会ったよ。病棟の近くでの気配があった。多分、候補者だね。だから、気配を探って病室まで近づいた。名前と顔は確認して来た」


「その人の名前は?」


「えーと、間藤 繭香 パイロット科の1年で私達の同期だね。データベースに問い合わせたら1週間前に突然意識を失ってそのまま入学先のこの学校の病室に寝ているみたい」


「ふーん。間藤 繭香か……」


「知ってるの?」


「学校の生徒全員のプロフィールは頭に入ってる。間藤 繭香は間藤 ミダレの従姉妹でわたしのクラスメイトだね。ミダレとは違い実技は最下位、勉強はわたし達よりも出来る方かな。まぁ人間的な解釈ならね」


「なら、会いに行ってみるか?存外、目覚めるかも知れない」


「うん。そうだね。一度会いに行ってみようか!」




 こうして、5人(+1)はその場を立ち上がりその足で病棟のある東区画に向かう事になった。

 その様子を木陰の隅から指向性の集音器で覗く者がいた。




「動いたみたいね。事情は分からないけどあの鈍臭い従姉妹に会いに行くみたいね。丁度良いわ。しかし、鈍臭い者同士は惹かれ会うのかしら。あんな無能、生きている価値もない安い人間なのに」


 


 彼女は知らない誰にも聞かれていないと思っているその言葉は既に聞かれている事を……人とは常日頃の態度が目に見えない形で誰かに災いを齎すのだ。


 人とは本来、口にした事を叶える力が言葉に備わっている。

 "神言術"と言うスキルだ。

スキルとして扱われないほど極小の能力だが、ネクシレイターが使うそれよりも発動率が高く、発した事は小さいながら現実の自称として反映される。

 間藤 ミダレの発した言葉も世界の様々な人間の言葉と干渉し合い、既に彼女の命運を決定していた。

 強いて言うなら因果応報であり、彼女が望んだ結果だ。




 ◇◇◇



 病棟


 病棟の受付の人にクラスメイトのお見舞いと言って入る事が出来た。

 事実確認と来歴記録を残す為に学生証を機械に翳し、病室に向かう。

 その後を付けるように間藤 ミダレも彼等の後を付ける。

 彼等はリテラの案内に従い病室に向かう。




「あの人達、繭香に狙いを定めていたみたいだけど……会話からして繭香がとか言う者らしいけど何の事かしら?」




 ミダレも彼等の会話を全て聞いていたわけではない。

 叔父からはアリシア アイについての情報収集と可能なら家に連れて来るように言われている。

 どうやら、叔父はアリシア アイとミダレの兄を政略結婚させたいらしい。

 その為の相手の情報収集と何が欲しいのかどんな物欲を抱いているのか知ろうとした。

 叔父曰く、人間は物欲には勝てないのでそこに付け込めば、付け入る隙はいくらでもあると言う自論だ。


  だが、一通り調べたが彼女には物欲らしい物欲がない。

  人間なら1日の内に何処かで物欲を覗かせる一面を見せるものだ。

  スマホPCのゲームを日常的にプレイするなら課金アイテムが欲しいとなり、根本的に金が欲しいと言える。


 軍人としてスペックが高いなら発言力が欲しくなり、権力を欲すると言える。

 つまり、人なら何らかの形で欲に帰結する。

 だからこそ、叔父は悩んでいた。


 アリシア アイが日本に来ている事を掴んだ直後、この2日間の間に調べられる事を調べた。

 だが、結論を言えばだ。

 部隊の目的が外部監督型の独立部隊である特性上、発足時から正規軍は自分達が監督対象になる事を懸念して戦力がGG隊に再編成されるのを毛嫌いしている。


 第2次宇宙軍侵攻戦役前では部隊を運用する最低人数しかいなかった。

 とてもでは無いがまともな部隊運用が出来るとは思えなかった。

 だが、彼等は何処から取り出したのか、最新鋭の戦艦を開発し実戦投入しそのままAD2機と複数の連戦を経て勝利を収める。

 一説では宇宙軍の捕虜を自軍に加えたとも言われているがそれほど重要では無い。

 問題はそれまでの金の流れだ。


 一言で言えば金の流れが一切無い。

 アレだけの戦艦にも関わらず、絡んだ金の流れが一切ないのだ。

 そんな事は貨幣市場経済ではあり得ない。

 まるで突然、世界に現れたとしか言いようがない。


 データだけを見れば、彼等はノーコストで数多の脅威を撃破し任務を完遂した事になる。

 コストパフォーマンスが良過ぎる。

 それは軍の上層部やアリシア アイと繋がりも持ちたい者の利点だ。

 これだけ効率良く仕事が出来る人間はそういる者ではなく怪しさこそあるが、それだけの価値があるのだ。

 だが、同時に叔父は悩んだ。


 接点を持とうにも彼女には欲らしい欲がない。

 貨幣市場経済である以上金があれば大抵の事は叶う。

 だが、1つだけ手に入らない者がある。

 金で縛らない人間だ。

 金に一切依存しないのだから、金では買えないのだ。

 その人間にとっては金など何の価値もないと思っているのだろう。

 アリシア アイと言う存在はとても有用で優秀な個体だが、この上なく難敵なのだ。




「そんな面倒なのほっとけば良いのに」と思いながらミダレは叔父に定期報告を入れる。

 物欲が一切見つからない事、繭香のお見舞いに行っている事を伝えるとすぐに返信が来た。

「そのまま時間稼ぎしなさい」と言う指示だった。

 ミダレは叔父の言葉に従いそのまま彼等の後を付ける。

 



 アリシアは一瞬後ろを振り向いた後、そのまま病室に向かう。

 リテラの案内で病室の前までやって来た。

 扉の前で軽くノックしてから「失礼します」と声をかけてから中に入った。

 個室型の病室で窓からは日差しがさしているがカーテンにより遮られ、中は薄暗い。

 部屋には隣接したトイレとベットしか無くそのベットには彼女が寝ていた。

 ベットの上の名札と気配を確認した間違いない間藤 繭香だ。




「ふーん、この人が繭香かー。うん。可愛い!絵本で読んだ白雪姫みたい!」


「こら、病室なんだから騒がない」




 オリジンは素直に「はーい」と答えた。




「さて、どうやって起こすの?」



 フィオナがアリシアに聞く。




「多分、わたしとの接触距離が近いほど目覚め易いと思うから……」




 アリシアはそう言って繭香の側の椅子に座り、彼女の手を握った。

 しかし、何も起きない。




「ん?ダメ……なのか?」




 シンも事の違和感を感じ取る。

 シンの感覚なら今の接触だけで十分に目を覚ますと分かるからだ。




「どうもこの娘。強いトラウマを抱えているみたい。父親に対する恐怖心とかストレスとかで明日が来るのが怖いと思っている。だから、彼女自身が目覚めない事を決めている」


「なら、どうするの?また、後日にする?」




 リテラがアリシアに聴くがアリシアは首を横に振った。




「”過越”は手順はあるけど、早めにやる事に越した事はない。うん、なら!」




 アリシアは何か思いたった様に席を外す前のめりになり、顔と顔を繭香に近づけた。

 そして、寝ている彼女の頭を両手で抑え、固定し接吻を交わした。

 それも思いっきり力強く接吻を交わす。




「………」


「おいおい」




 男性陣であるシンと正樹は絶句、様子を伺うのに対して女性陣は顔が真っ赤になり顔に手を当てる。




「アンタ、それは!ちょっと、はぁうぁぁ」


「アリシア、そんなのダメだよ……そんなに激しく!」


「わー本当に絵本で見た王子様と白雪姫みたいだ!」




 ただ1人この状況に心弾ませ楽しんでいる弟は置いておくとしてだ。




 アリシアは御構い無しにグイグイと攻める。

 一切息すぎ無しで一気にグイグイと攻める。

 何度も……何度も……何度も……深く……深く……深く……彼女の心の中に入っていく。

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