証する女
綾が言うならそうかも知れない。
確かにアリシア自身、自分の剣を腕は上がったとは思う。
ただ、それがどの程度なのかは分からない。
体力などは人間を逸したモノだと自負しているが、剣の腕に関しては比較対象がいな過ぎてよく分からない。
アステリスとの勝負も技量は混ざってはいたが、どちらかと言うと”力”の勝負と言う側面が強い喧嘩だった。
アリシアはただ、愚直にひたすらに迫り来る敵を効率よく滑らかに鋭く斬る事だけに情熱を注いだ。
地獄には銀河級ヘルビーストくらいしかまともに知性を持っている敵はいなかった為、剣での技や駆け引きなどの要素を加えた時、今の自分が一体どのくらい強いのか正直、分からない。
パワー押しすれば勝てるだろうが、刀は別にパワーを必要としない。
案外、その辺の達人にすら足元にも及ばないくらいのレベルかも知れないと思っている。
ただ、綾がそう評価するなら少なくとも弱くはない程度には思う事にした。
慢心はしないが自信なさ過ぎたら勝てる戦いも勝てないからだ。
「あなたはかなり謙虚なのでしょうが少々、謙虚過ぎますね。あなたに勝てる人間なんてそう多くはないでしょうに……」
「そんな風に考えた事はありませんよ。誰かがわたしに一矢報いようと放った弾丸がわたしの命を掠め取る事もあり得ます。例え、その人物が頭脳面や体力、パイロットとしての能力が劣っていようと自らを犠牲してまで為す覚悟があるならわたしの命を刈り取る事も十分可能です」
これは事実だ。
アリシアにとって世界の平和を守ると言う大義などは無意味に等しい。
何せ、この世界は牢獄、凶悪犯罪者が覆い尽くす世界で平和など訪れるはずがないのだ。
ただ、その志までは否定するつもりはない。
どんな理由でアレ、自分を犠牲にして誰かを守ろうとする志は美しく、尊く、愛を感じる。
ロアも初めはそう言う志があったのだと思うが、彼の場合、貪欲と夢想が多すぎ「主張」ばかりで「証」は何もなく相手の悪い所だけを責める。
正義とされる人間は相手の悪いところを指摘した上でどうすれば、それが解決できるか明示する事が出来る。
良い政治家と言うのもそう言う類だ。
ただ、ロアは一方的に人の事を悪いと言うばかりで解決案を明示はしない。
それでは自分の貪欲を語っているだけに過ぎない。
加えて、物事を証もせずに夢物語だけを語り人を惑わす。
彼の悪いところはその2点だ。
彼がボランティアなどをして自らの行いが正しいと常日頃から証していたなら、彼の話は聴くに値するモノとなっていただろう。
ただ、そうしなかったロアではアリシアの命を奪うのはまず、不可能だ。
純粋に世界を守ろうと己を殺してただただ、一介の兵士として役目に準ずる兵士がいてその兵士がアリシアに敵対したならアリシアが一番警戒すべきはその兵士だ。
寧ろ、そんな兵士がいるなら例え、才能が無かったとしてもアリシアが是非、スカウトしたいくらいの人材なのだ。
「中々、殊勝な心掛けね。息子と相性が良いかも」
「息子?」
「部屋の前に立っている滝川 正樹はわたしの息子よ」
アリシアは少し驚いたように眉を動かしたが、同時に納得が行く気がした。
確かに正樹の顔は吉火と似ている。
特に目が……吉火の縁者とは思ったが甥っ子ならそれも頷けると納得してしまった。
「あの……息子さんも一緒にご飯食べた方が?」
アリシアは彼の事を気遣い誘いをかける。
「あぁ、良いのよ。あの子はもう食べて来てるから。それに誘ったのだけど、仕事からは離れないと聴かなくて……変に真面目なのは兄さん似なのよね」
「あのもしかして、正義の味方に憧れている所とかありません?」
「あーあるある!妙に正義の味方臭するところありますね。2人とも昔からそう言うアニメ好きだったな。兄さんも正樹も俺は人類の明日の為に貢献するんだ!とも言ってましたね」
2人は話していく内に最初にあった警戒心と慎重さが薄れ、友達同士の気軽な会話のように心を弾ませながら会話をし始めた。
「あぁ、やっぱりそうなんですね……」
「もしかして、今もそうなの?」
「最近まではその傾向はありました。でも、治しましたよ」
その言葉が綾の中で引っかかり、口をポカーンと開けて少し凍りついた。
「治したのですか?あの正義漢を?」
「昔はどうか知りませんけど、自分の行いを悔いてそう言う考えを捨てましたね」
「……そう。あの兄さんが……人は変わるのね。一生そこだけは変わらないと思ったんだけど、もしかして、あなたのおかげですか?」
「わたしは背中を押しただけです。正義の味方の現実を直視してその上で踏み出したのは彼です」
綾には分かっていた。
吉火は悪い人間ではないのだが、正義の味方に対する妄執とも言える考えは簡単に治るものではない。
綾が指摘しても治らず、吉火の考えを異常と看破しても治らず、過剰な正義感が時として争いを生んでも受け入れなかった吉火がそう簡単に正義を捨てるとは思えない。
捨てたとすれば、やはりアリシアに影響されたところが大きいだろう。
本人は謙虚に背中を押しただけと言うが、それで良ければ自分は何度も押した。
それでも吉火という男の持つ正義の前ではその思いすら無下にしたくらいだ。
あの吉火が根底とも言える”正義”を短い付き合いの少女の存在だけで変われるとは思えなかった。
「兄さんに何かしたの?」
「ふぇ?」
アリシアは唐突な発言に口をポカーンと開ける。
まるで「何か悪い事でもしたのか?」と訊かれた様な言い方に思えたからだ。
綾はアリシアがそのように受け取ったと機敏に感じですぐに補足を入れる。
「ごめんなさい。悪い意味で言ったわけじゃないの。ただ、兄さんが心変わりしたのがちょっと信じられなくて……」
「そう言う事ですか。なら買い被りですよ。吉火さんは人のふり見て我がふり直しただけです。わたしがした事を言えば彼の抱えていた正義と対峙して間違っていると証しただけです」
アリシアはロアの名前を伏せて今までの事を語った。
吉火はかつて自分の生き写しと言えるロアと対峙した。
アリシアも彼と対峙し語り合った。
だが、ロアは正義に固執しアリシアの意見を拒んだ。
吉火はかつての自分と重ねその醜悪さに気づいたのだと説明した。
「そう。成る程、証した、か……」
なんで自分の言い分が兄に届かなかったか分かった気がした。
綾は自論を展開するばかりで自分の「主張」ばかりを思いとして伝えただけでそれを納得して貰う為の証明はしなかったのだ。
証しない言い分はただの戯言でそんなものは誰も聴きはしない。
当たり前の事だ。
アリシア アイはこの歳で既に証する事を体得し実践している。
知識で終わらせず、生きた知識として行っているのだ。
綾は途端に彼女を見る目が変わる。
しっかり者の女の子と思ったが、心はかなり大人として自立しており通りに歩いている社会人よりも大人かもしれない。
証する事は手間がかかるが、その手間を惜しまない誠実さもあり、少なくとも彼女に言われるまで綾は証する事も意味も知らずその手間を今も惜しんでいる。
聴けば聴くほど彼女は不思議でならない。
一体何が彼女と言う人間を築き上げたのか?興味が尽きない。
単純に物理的な強さだけではない。
心の強さもしっかり伴っている。
まるでしっかりした石の土台を見ている様だった。
彼女の力には安定感がある。
心の伴わない力は暴力と変わらない。
かつての吉火の様な正義の味方感が典型でもある。
だが、彼女には暴力はない。
自分が正しいなら正しいと納得させる証を見せる。
短絡的に自分を正義の味方にせず自分を無にしてから正しさを築くタイプだ。
そんな風に思えた。
「そう言えば、お話逸れましたけどわたしの今後の立ち位置についてですよね?(100皿完食)」
「えぇ、そう言う話ね」
うっかり忘れていたがそもそも、その話でアリシアを呼び出した事に今更思い出してしまった事を綾は恥じた。
場の雰囲気もあり、会話開始当初よりも話易くなったアリシアはそれに必要な説明を加えて端的に答えた。
「結論を言えば、わたしはGG隊の指揮に忙しいですしその事に専念しますので命罪財団の事にはそこまで関わっていられません。必要があれば関わりますが、今はその必然性を感じません」
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