悪魔と英雄の理1

 全員の儀式が終わったその直後から次のレクチャーを開始した。




「みんなが浸礼を終えた事だし授業再開だね。一応、浸礼を受けた本質的に色んな事が分かるようになるからさっきよりも分かりやすくなっている筈だよ」




 アリシアは新たなスライドを出した。

 そこには英雄ヒーローと言う主題が書かれていた。




「サタンに関してはさっき説明した通り。人の人理、道徳、価値観を操って自分の餌となる感情を搾取する存在でその力を蓄えて世界を滅ぼそうとしている。正直、これ以上の事が無いからこの説明はこれで終わり。何かあれば後でお気軽にわたしや天使に聞いてね。でも、次の主題は深いからしっかり付いてきてね」




 隊員達は「はい!」と力強く答えた。

 彼らにとってアリシアは友達感覚では無く列記とした上官に成っていた。

 彼らなりに身を引き締め力強く答えたが、アリシアはそれに違和感を覚える。




「えーと、無駄に堅苦しく無くて良いよ。ちゃんと規律と秩序さえ守ればフランクで良いか。これは命令じゃ無いよ。お願いかな。わたしがそう言ったから今まで通りで良いよ」




 すると、ウィーダルが尋ねた。




「なら、今まで通りに話させて貰って宜しいかな?上官殿?」


「うん。許可します」


「分かった。皆もそれで良いな?」




 ウィーダルの呼び掛けに一同は首を縦に降る。




「なら、始めようか。合間、合間に質問する時間は設けるからじゃんじゃん聴いてね」




 アリシアはスライドを動かし新たなスライドを出した。

 そこには英雄についての特徴と特性が書かれていた。




「英雄とはさっき説明した通り、サタンが用意した自分の権威を代行する存在だよ。サタンの加護を得た使徒とも言えるね。英雄には幾つか特徴があるの。まず、社会的に地位が保証されている事。軍のエースパイロットとか会社の社長、基地の司令官、副司令官みたいな他者から評価された人間が多いよ。GG隊の人間は逆。社会的に迫害を受けたり虐げられたり裏切られたりされる。何故か分かる人いる?」




 すると、ウィーダルが手を挙げた。




「サタンの価値観を踏まえるなら我々の様な存在はいずれサタンにとっての脅威となる。だから、社会的に抹殺し自らが築いた体制に影響を及ぼさない位置に置きたいのではないかな?」


「うん。正解。加えてGG隊側の人間の言葉に英雄側は耳を貸さない。無意識的に下らない考えと決めつけて話を理解しようとしないの」




 そこでウィーダルはある事に思い当たる。




「もしや、我々が何度も地球側に停戦協定を申し込んでも拒まれたのは……」


「うん。宇宙の民は迫害されているから、聴く気がそもそも無いんだよ。神と言うのは貪欲な金持ちや権力者よりは貧しい人や社会的な弱者なんかを選ぶ傾向が強いからそう言う意味では宇宙の民の方がわたしの教徒にはなり易いと言えるね」




「なるほど、たしかにそうかもしれない」とウィーダルは思った。

 社会的な上位者になると常に上の事ばかりを見て、権欲に囚われ、下の人間の気持ちなど考えはしない。

 ウィーダルの昔の上官など「下から見上げている人は全てが見えるわけではないから愚痴や文句が出る」とかほざいていたが「それはアンタがしっかり下を見てない管理不行な怠慢の言い訳だろうが!」と言って喧嘩になった事がある。

 ちなみにその直後の作戦でその男は流れ弾に当たって死んだ。

 少なくとも、権力者と非権力者では決して相いれず、神と言うのは非権力者の味方であると言うのはよく分かった。




「正しい者同士は互いに認め合う。けど、どちらかが間違っていれば決して相容れない。そのように世界は成り立っている」


「サタンとはそれ程に強大なのか……」


「でも、誤解しないで。確かにサタンも悪いけど全てサタンの責任でも無い」


「ん?何故だ?今までの話だとそう聴こえるが?」


「仮に全ての人の意志がサタンの支柱にあるなら、あなた達はわたしの話を信じないでしょう?サタンが全てを支配しているなら、迫害されても人間がわたしの元に集まる事はない。人がサタンの支配から逃れたいと思わなければわたしの元に来る事もないんです」




 つまり、人間が意識にしろ、無意識にしろ迫害、疑い、誹り、差別、不平、不満、争いに属する事を容認すればサタン側に立ち、容認しなければGG側に立てる様に成っていると言う事になる。

 全ては人の意志がどのようにあるかで所属が決まる。

 それが因果に介入し神を引き寄せる。

 そして、ウィーダルは自分が自然とその理を理解している事に驚いていた。






(なるほど、浸礼を受けたら確かに記憶にない知識で容易に理解出来ているな。いや、ある意味、恐ろしい……良い意味でな)






 まるで岩のように硬く閉じた目が開かれ、全てを見渡すかの如く理を理解できた。

 だが、恐らく人には理解されないだろうと言う事も理解した。

 目が閉じている人間に目が開いた者の景色が見えるはずもなく理解もされず、聞き入れられない。

 悪魔と神が対立して当然とも言えるだろう。

 悪魔に属した者が神が見ている視点の理を理解できるはずがない……いや、”理解しようとしない”と言うのが妥当かも知れないとウィーダルは思った。





「英雄とは人から賞賛を受け人理を守る。サタンの理を守る事に尽力する為に存在する偶像です。英雄となる者は心の在り方がサタンの計画に利用し易い者を選別され、その人間に因子を与える事で英雄は完成する」


「その因子とは具体的になんだ?」


「運が良いとか。自分に都合の良い事象や物事を起こしやすい原因と結果ですね。所謂、主人公補正です」


「えぇ?!リアル主人公補正ですか!」




 思わぬアニメ用語が出てきた事で隊員の1人が思わず声を漏らす。




「うん。リアル補正だよ。危機的状況でも生き残ったり、奇跡を起こしたり、戦艦の直撃を半壊程度に済ませたり思い描いた計画を叶えたりとか、とにかく英雄の都合通りになる力だよ」


「えぇ?!そんなのチートじゃないですか!てっ事は殺したい敵もその因子とやらで好き放題に殺せる訳ですよね!」


「うん。本人の実力もあるだろうけど、他者と大きく差別化しているのはその因子の所為だね。特にサタンの渡す因子は強力だから人力ではどうにもならないかも」


「あ、でも大丈夫だよ。あなた達は過越の食事を済ませた事で英雄でも簡単には殺せない因子スキルを手に入れた。それどころか、あなた達が英雄を殺せる可能性も1人1人が持っている。だから、みんなが主人公だよ」




 その言葉に皆が安堵する。

 今の話を聴くと因子の無いモブキャラはゴミ同然に英雄に殺されると言っているのと同じだからだ。

 自分達の命を地球側から安く見られていた彼等にとっては承服しかねる事実だった。

 だが、自分達は見えない力によりその災害から逃れた事は彼らにとっては最大の安堵と言えた。

 理不尽な力で屈するのだけは彼らの民族性として嫌悪すべき事なので猶更だ。




「また、英雄には2種類存在します。1つはグロータイプ(育成型)。このタイプは人間としての精神活動で生まれる因子により英雄化した人ですね。地球で代表的なのがレベット アシリータと言う平和指導者です」




 辺りが騒めき出す。

 レベット アシリータと言えば宇宙側でも有名な平和指導者だったからだ。

 テロリスト再雇用システムを使って社会復帰と安定した生活を保障する事で平和を作ろうとした指導者。


 だが、争いと無縁にありそうな彼女をアリシアは今、英雄と語った。

 今までの話をまとめると英雄とは正義の名を語る偽善者、悪人の類の集団と彼等は理解していた。

 その考えとレベット アシリータの存在は乖離している様に思えたのだ。

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