付かぬ間の休息
「なるほど、やはりオーディンを打倒したのですね」
「やはりとは、どういう事ですか?」
「中佐は知らないのですか?あのオーディンは人間を抹殺するためにある呪いをかけたのです。」
「呪いですか……」
オーディンに呪いと言うスキルは無かったので恐らく、ルーンに関連した術だと考えられた。
「奴を迎撃に向かった旅団の兵士達や町の人間に奴はある呪いをかけたようです。そんな非科学的なモノを信じる事は出来ませんでしたが、奴はハームレムを中心部の地面にある刻印をなぞりその中にいた人間達は奴の言葉で次々と死んで行きました」
どうやら、広範囲にルーンを刻印して殺したようだ。
確かにそれなら旅団でも相手にならないなのも頷ける。
「それでも半数ばかり生き残った兵士を持って奴に攻撃しましたが奴らには全く歯が立ちませんでした」
それはそうだ。
オーディンの鎧の性能を考えるとAPの火力で破る事は出来ない。
自分は何故か破れたが……加えて、ブリュンヒルデの鎧にも”下位攻撃無効”のスキルがあった。
どんな効果か正確には知らないが、もしかするとステータス平均E以下の敵の攻撃を全部無効にするスキルなら兵士の基本ステータスがマリナやカリスト並みとかなら弾かれるかも知れない。
「そして、奴は宣言した。自分が死ぬまでこの刻印はより強くなり世界に広がり30分で世界を滅ぼすだろうと、現にその言葉通り何度も部隊を派遣し迎撃しましたが、その呪いで半数以上が死に残り半数も悶えながら使いモノにならなくなり、兵士も含め市民の多くがあの場で死にました」
アリシアは合点がいった。
つまり、今は刻印が消えたと言う事だ。
アリシアはオーディンを倒した事でハームレム近郊で誰も死ななくなり刻印も消えたから刻印消滅=アリシアが倒したと思っていると言う事だろう。
ただ、呪いが消えたと言うのは少し御幣だった。
アストの話を思い出すと”ルーン魔術”を”権威強奪”で奪っても術は消えない。
ただし、”神力吸収”で術の威力は減ったのでそれを纏めるとエネルギーの供給が止まっただけで術式そのものは残っている。
再起動すると不味いがオーディン以外の誰かが起動させる事は今はないはずだ。
エクストラ スキル ”全知全能の知神の加護”を取得したお陰なのか、ルーンに関する知識もそれなりにある。
あとで現地に行って術式を破壊した方が良いかも知れない。
現状の事は少し悶えたりはしなかった。
そこは一体、どんな差があるんだろう。
自分のステータスはあの時点で一般兵士よりも高かめなので、その差なのかもしれない。
しかし、今回の戦いは振り返ると危なかった。
アリシアはその呪いの事は知らなかったがもし、あそこで怖がって戦うのをやめていたらと考えるとゾッとする。
あそこでやめていたらアリシアだけでなくアリシアの守りたい人達も死んでいたのだ。
そう考えると辛かったがやって良かったと心に充足感が生まれている。
本当にその事に感謝したいほどだ。
「中佐がオーディンを倒した事で多くの人間が救われました。中佐は間違いなく英雄ですよ」
「英雄ですか。なんかあまり実感ないな」
「いえいえ、そんな事はありません。現に既に中佐の話題はネットで持ち切りです」
「ふぇ?ネット?」
そう言ってカリストは自前のタブレットを差し出し某有名どころの動画サイトにアップされた動画を見せた。
そこにはオーディンに斬りかかるネクシルの姿とオーディンとアリシアの会話が録音されていた。
その後、アリシアが姿を消して10分後に突如、交戦していた街の中央部が白い光に包まれた。
駆け付けた動画投稿者が動画に収めたのはコックピットが半壊し跪くネクシルとその前に倒れていたアリシアだった。
動画投稿者の男性はアリシアを見て「なんて美しんだ」などと言っていた。
自分が言うのもなんだが顔立ち普通だと思うのだが、男性はそうは思わなかったらしく、アリシアの事を「女神だ、戦乙女だ」などともてはやしていた。
その後、すぐに軍の関係者が辺りに規制線を貼り、その背後でシンのネクシル テリスがネクシル アストを抱えて戦域を撤退したのが見えた。
動画の音声を聴いた限りアリシアの部隊関係者を名乗り、機体回収の任務と偽り持って行ってくれたようだ。
流石、シンだ。
ネクシルの秘密を保持する上で機体を見せるわけにはいかないから、これで誰にも秘密が渡っていない事が分かった。
アリシアは動画サイトのコメント欄を見てみたが、ネットの反応はアリシアの想像と大きく違って、アリシアを称賛する声が書かれていた。
こんな娘があの化け物、倒したのかよ!
めっちゃ美少女!
強くて可愛いとか反則wwww
体めっちゃゴツい、だがそれが良い!
勝てる気がしねwwwwwwww!
リアル天才美少女軍人や!
ぜひ、俺の妹にしたい!
はぁ!ふざけるな!俺の妹にする!意義は認めん。
非常に尊い。
ダイレクトスーツが凄く似合う(特に体のラインが良い)
一言で感想を纏めるならおだて過ぎだ。
自分はそこまで美少女ではないし強くもなければ、天才でもない。
体つきは……ゴツいと言えばその通りなので否定できない。
他にも色々、言いたいが面倒なので割愛する。
なんで自分が中佐になれたのか分かった気がする。
恐らく、世論に当てられたのだろう。
客観的に見れば、旅団規模の兵士を送っても勝てない相手を1人で止めた兵士をぞんざいに扱ったら、軍が批判されると言ったところだろう。
ただ、コメントには旅団の兵士無能、使えないと書き込みもあったがそれは大きな間違いだ。
彼らも職務として仲間や隣人を守ろうと必死だったはずだ。
兵役に何か変な憧れを持つ者もいるだろうが物見遊山気分で出来る事ではない。
誰もが死神の鎌を持って狩り殺す戦場に送られるのだ。
お遊び気分でアニメの正義の味方面するとかヒーローを気取る場ではないのだ。
皆、必死に戦っているのだ。
そんなアニメやゲームの駒と同じように使える使えないと駒扱いされるのは正直、あまり良い気はしない。
今回の戦いはアリシアも頑張ったがアリシアが来るまで時間稼ぎした兵士達も凄かったのだ。
アリシアは偶々、目立つ場所に置かれただけだ。
アリシアが特別必要とされた英雄なのではない。
誰もが必要だったのだ。
その犠牲がなければ誰かが死んでいた。
だから、少なくともアリシアは旅団の兵士無能とは書いてほしくない。
彼らはアリシアにとって彼らこそ英雄の名に相応しい者なのだから。
「時に中佐。あなたの自機の戦闘記録はお持ちですか?」
「いえ、持ってません」
「そうですか。総司令から戦闘記録の提出が命じられています。なるべく、速く用意して頂けませんか?」
それは確かにその通りだ。
あんな異形の化け物が現れたのだ。
寧ろ、戦闘記録の提出を要求しない方が可笑しい。
ただ、そのまま伝えて良いモノなのか?
誤報を伝えるのはよくない。
それは確かなのだが……だからと言ってそのまま真実を伝えて良いのか分からない。
もし、そのまま戦闘記録を見せた場合、アリシアがスキルを使っていた事がバレる。
加えて、スキルを応用した兵器、仮に”神造兵器”と呼称するならその存在が露見する。
それが露見した場合、恐らくアリシアを使ったスキルの実験や研究、兵器開発などを行うかもしれない。
そうなれば、国力が強化されオーディンの様な存在が再び現れても人間の力で対処できるかもしれない。
ただ、ここでよく考えて欲しい。
人間がそのまま素直に神器を外敵に向けてくれるのかという問題だ。
想像して欲しい。
仮に人間がグングニルの技術解析に成功し復元してそれにソルを搭載したとしたらどうなるか想像できるか?
そんなモノが開発されれば迎撃不能の核弾頭が完成したも同然だ。
アリシアが防いだグングニルと違うのだ。
軌道を変えても爆発に巻き込まれたらアリシアでもただでは済まない。
アリシアはスキルで防げるかもしれないが他の人間にはそうもいかない。
つまり、アリシアが戦闘記録を差し出す事が人類破滅のトリガーになる可能性が極めて高い。
ん?もしかして、人間はそこまで愚かではないからちゃんと秩序を守って正しく使ってくれる?
残念だけど、アリシアはアストほどではありませんが人間の事をそこまで信じていない。
今のような事を言った人に問いたい、アリシアがルシファー事変前にAT内で訓練した時にうつ状態の時にやっていたとあるカードゲームがあった。
何でもそのカードゲームは300年続いており過去にマキュ〇エクゾやナイチン〇プチューンなどと言う凶悪コンボがあったようで凶悪コンボ製作は300年経っても続いているようです。
さて、ここで問題。
そんな凶悪ワンターンキルがしたい人間達にグングニルと言うパワーカードを渡してワンターンキルのコンボを作成しない保証ができるでしょうか?加えて、それは実際の
答えは簡単だ。
そんな人間がいればそもそも、凶悪コンボは生まれない。
カードゲームと言う日常行為ですら欲望のままに凶悪コンボを使っている人間が凶悪コンボを使わない訳がない。
要は今の人間にスキルや神造兵器を下手に教えると危険と言う事だ。
宇宙からの外敵に備える前にその力で破滅するのは目に見えている。
破滅しないまでも無駄な血を流すだろう。
せめて、凶悪コンボを使用しないだけの欲望を抑える自制心がないとダメだ。
だが、そんな人間がたくさんいるなら、そもそもWW4なんて起きていない。この時代の戦争も今よりも少ないはずです。
幸い、取り急ぎと言う訳ではない。
普通なら捏造は容易ではないが、アストにかかれば捏造は可能なはずなので後でシナリオを考えておかないとならない。
「いつまでに用意すればいいですか?」
「できれば明日には用意して欲しいです。本来なら中佐の体調を加味したのですが、何分敵が敵ですので総司令も早急に情報が欲しいと言っています」
「分かりました。なんとかしましょう」
「それと中佐には2日後にジュネーブの式典に参加して貰います」
「……なんで?」
「中佐の勲功に見合う勲章を授与するとの事です。その為にブルーミストルテイン勲章と言うモノを作るそうです」
「ミストルテインですか。オーディンの息子を殺した剣。それによりラグナロクが起きオーディンは死んだ。その神話にちなんでいる訳ですね。という事はわたしは神殺しの剣と言うわけですね」
言い得て妙だが悪くない。
世界のあんな偽神共が蔓延っているならアリシアは何度でも神を殺さねばならないだろうから妥当な名前だ。
これで戦乙女勲章を作りますとか言われた方が厄介だった。
なんせ、アリシアがそれを名乗る訳にはいかないからだ。
戦乙女の名に相応しい者は他にいるのだから当然だ。
あと、仕事の忙しさで貰うのをすっかり忘れていたヒヒイロ勲章も同時に授与されると聴いた。
正直、出るのが面倒くさいがここまでおぜん立てされて出ませんとか言ったら後々、アリシア アイは非常識な人間だと思われるのもよくはない。
自分の名誉とかではなくこの業界では信用が生命線なところがあるので、あまりに非常識な人間と思われるのは芳しくない。
そうなると式典用の礼服を買わないといけない。
2日後って言うと服を用意する暇があるのかな?と一応、礼服の事を尋ねるとアリシアが万が一式典で倒れられると困るのでジュネーブ本部で手配すると言う事になった。
それまでは「アリシア中佐は検査と静養して下さい」と言われた。
(まぁ、せっかくだから、そうさせて貰おうかな。偶には落ち着いてゆっくりしたい時がわたしにもある。そうだな。何か本でも読みたいな。式典までの間、色々手配してくれると中々の好待遇だ。2か月近く前のわたしには想像もできなかった生活だ。さて、何を読もうかな。どうせなら、北欧神話に関連した本が良いかな。今回、何かと感慨深いモノが感じさせる内容だだし)
それに今後、偽神が現れないとも限らない。
北欧神話だけでも結構な数の神がいる。
今回の件で情報の重要性が改めて分かった。
フェンリル絡みの煽りもアリシアが子供の時に北欧神話読んでなかったら思いつかなかった。
煽ったお陰でオーディンは身動きが取れなくなるような術を使ってくれたのかもしれない。
それにオーディンは誰かと戦争しているとも言っていた。
それがオーディンと同等の存在ならゼウスやウラヌスとかが居ても決して可笑しくはない。
実際、オーディンの話ではウラヌスは実在するようななのでギリシャ神話の神が実在する可能性は十分にある。
ただ、どんな強敵だとしてもわたしは必ず倒す。
アリシアはマリナに頼んで古のエッダを手配して貰った。
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