4-3

 土曜日。

 岡山駅前の洒落たイタリアンレストランにて。


 予約の団体客で賑わう店内。白いテーブルクロスの上には、本格的な窯焼ピッツァや生パスタ、色とりどりカクテルグラスなどが並んである。

 左横の席の華音に、小声で話し掛ける。


「ていうか、かのんちゃん。あたし同窓会なんてはじめてで……」


 人生初の同窓会の出席に、望美は気後れしていた。

 これまで何度か、通知は郵送で届いていたのだが。中学時代に父を亡くして以来、家庭の後ろ暗い事情があったので、これまで不参加で通していたのだ。


「みんなとの交流を再開する、良いきっかけやない?」

「そうだけど。店の方も心配で……」


 昼のまほろば堂は観光客相手なので、土日祝が最も忙しいのだ。


「店長さんも『ぜひ楽しんで』って、週末なのに特別に休暇にしてくれたんやろ?」


 密かに今回、真幌に背中を押され参加を決意した望美だった。


「それに、こんな恰好も慣れないし……」


 自分の姿をちらと見る。

 上品な白いノースリーブと淡いピンクのロングスカート。スカーフを襟元にオンして、おしゃれ度をアップ。小ぶりなバッグで女性らしさを演出している。

 髪もメイクも完璧にセット。鏡を見て「これ、誰?」と自分でびっくりしたぐらい。


 すべては中邑なかむらしのぶのコーデだ。

 真幌の義理の姉である忍は、東京帰りの元芸能人。ファッションモデルの仕事もこなしていた彼女は「そういうことなら、おねえさまにすべて任せなさい!」と、普段は地味な望美の改造計画コーディネートを、自ら買って出たのだ。


「めっちゃ素敵よ。ほんまに、びっくりしたわ。まるで女優さんみたい」

「相変わらず大下座なんだから……」


「ううん。のぞみちゃんって、子供の頃から綺麗な顔立ちしてはるなとは思ってたけど。まさか、ここまで美人さんやったとはね」


 そう言う華音はシックなトップスに、ベーシックなパンツを合わせている。華奢なアクセサリーをつけて、大人っぽさをプラス。新妻らしい控えめな綺麗コーデだ。


「ちいす。かのん、新婚生活はどや?」

「かのんちゃん、旦那さんめちゃ男前なんじゃて?」

「ねえねえ、イケメンの旦那さんの写真見せてよ」


 代わる代わるに次から次へと、華音は旧友達に話し掛けられる。

 今日の同窓会の幹事は華音だ。彼女の社交性を目の当たりにして、改めて感心する望美だった。


「これうちの旦那。イケメンやろ?」


 スマホ片手にまんべんなく愛想を振りまきながらも、華音は望美の傍を離れない。


「ねっ、そやろ。のぞみちゃん?」

「うん、カッコいいよね。それに、とっても優しそう」


 きっとシャイな自分に気を使ってくれているのだ。そういうさりげない優しさが、今も昔もありがたい望美だった。

 華音が、ひそひそ声で耳打ちを続ける。


「ねえ。さっきから随分、男子らの間で話題になっとるよ。めっちゃ可愛くなったって」


「誰、どの子が?」と望美は辺りを見渡す。

「そんなん、決まってるやん」


 華音が、つんつんと望美を指差す。


「あたし?」


 言われてみれば、さっきから男性陣からの目線がやたらと痛い。

 華音が言うには、どうやら前回までは自分がちやほやされていたのだが。人妻になった途端に、出会い目当ての連中からは誰からも相手にされなくなくなったのだとか。


「あーあ、男の子なんてそんなものよね。とにかく今回の人気ナンバーワンは、文句なしに独身でフリーの、のぞみちゃんやねんよ。そやから自信持って」

「はあ……」


 そう言いながらも華音は「それにしても遅いなあ」と、さっきから腕時計ばかりをちらちらと見ている。誰かが来るのを待っている様子だ。


 しばらくして、店の出入り口の鐘がカランと鳴った。


「あ、やっと来た」


 華音が席を立った。遅れて参加した青年を、間髪入れずに呼び寄せる。


「遅ーい、こっちこっち!」

「ごめんごめん、取引先との商談が長引いて」


 短い髪が清潔に整えられた、背が高くて男前の青年だ。

 洒落た紺色のスーツ姿。どうやら高級ブランドのようである。

 傍に来た青年が、望美に声を掛ける。


「久しぶり。のぞみちゃん、俺のこと覚えてる?」

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