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【解決編】


 ◇


【岡山県北部の山荘で、二十代女性の変死体発見】


『昨日未明。岡山県北部の管理釣り場「トラウトアイランド新見」近くのコテージにて、二十代女性の遺体が発見された。死亡したのは数日前から同施設を宿泊をしていた、倉敷市役所職員の楠木薫さん(享年二十七歳)。発見者は管理人。遺体は目に見えての外傷性はないものの、死因は現在不明。自殺および他殺の可能性も疑われるとのことで、変死体として司法解剖に――。 山洋新聞ニュース県内欄』


 平日の昼下がり。


「いらっしゃいま」


 まほろば堂の店頭にて、和装メイドの望美の声が止まる。


「桃香ちゃん……学校はどうしたの?」


 久々に店に桃香が現れた。

 泣きはらした目をしてる。せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「望美さん、あのね……」


 どうやら昨日から休んでいるとの事らしい。例のニュースがよほどショックだったみたいだ。


「望美さんも知ってるよね、かおるさんのニュース」

「ええ……新聞で読んだわ……」


 桃香の瞳にじわりと涙が浮かぶ。


「望美さん……うち……うち……どうしたらええんじゃろお……」


 今日は平日なので他に客は居ない。望美は奥のテーブル席へと招き入れた。


「これでも飲んで落ち着いて。今日はお題はサービスよ」


 備中和紙のテーブルクロスの上に桃香の好物のピーチジュースを乗せ、望美は奥側の対面席に座った。何時もは真幌の定位置だ。


「ありがとう望美さん」


 桃香がジュースを、ずずずっとストローで飲み干す。

 ひと息付いた桃香は、ようやく重い口を開いた。


「こんな事、望美さん以外には相談できんし……」


 桃香は「誰にも絶対に言わないで欲しい」という兄の桃矢から言い付けを破り、ここ数日間の本人から聞いた桃矢の行動を望美に報告した。

 聞き終えた望美の表情は、対面の桃香に負けじと重くなった。


「ねえ望美さん。やっぱり犯人はおにいちゃんなんじゃろおか?」

「…………」


「記憶が消えたというのは嘘で、実はかおるさんはおにいちゃんが殺したんじゃろうか?」


 言葉が出ない。望美は息を飲んだ。


「たとえそうじゃったとしても、悪いのはおにいちゃんだけじゃない。かおるさんが酷い人だったから……」


 桃香が必死に兄の弁護をはじめる。


「うちは何があっても、おにいちゃんの味方じゃし。だって他人のかおるさんと違って、本当の血の繋がった家族じゃもん。かおるさん、おにいちゃんが家を継げない体だって知ってから、きっと変わったんじゃと思うんよ。心に鬼が取り憑いちゃったんよ」


 興奮して上ずる桃香の声。むしろ桃香の方が悪い何かに取り憑かれているようだ。


「うちの家庭が裕福じゃからって、玉の輿目当てでおにいちゃんに近づいて。おにいちゃんがあんな風になっちゃった途端に、掌返しで離れて行って。そうやって病気で困ってる人を裏切り見捨てるような、汚い真似をするような人だから。薄情で心の冷たい人間じゃったから。だから殺されちゃっても自業自得――」


「やめてっ!」


 突然大声で叫ぶと、望美は顔を両手で覆った。


「望美、さん?」


 桃香は驚きながらも望美の様子を覗き込んだ。

 望美の指の隙間から、涙の雫がテーブルの上にぽたりと零れ落ちる。


「どうして……望美さんが泣くの?」


「お願い、止めて。彼女の事をそんな風に言わないで。悪く言わないで」

「だから、どうして望美さんが泣くの? かおるさんのこと、なんにも知らない望美さんが」


「お願いだから……桃香ちゃん……お願いだから……」

「かおるさんって人が、どんなに薄情な人間か。どんなに酷い悪女じゃったか。実際会ったこともない望美さんに、一体何が分かるっていうの?」

「それは…………」


 言えない。ことの成り行きは先日、真幌に見せてもらった雪洞の業務録画映像の過去ログで確認した。だから望美は事件の真相のすべてを知っている。

 だけどそれを、目の前の桃香に伝えるわけにはいかない。


 だって彼女は普通の女の子。

 そんな子に、この店の夜の実体を教えるわけにはいかない。


 仮に、あの世や霊の存在をこの子が理解したとしても。

 あんな重い真相を、いたいけな少女に教えるわけにはいかない。


 こんな重荷を、この子に背負わせてはいけない。

 だから、自分は何も言えない。言っちゃいけない。だから――。


「ねえ、望美さんってば!」

「いらっしゃいませ」


 桃香の高揚する声を遮るように、背後から男性の声がした。

 落ち着いた低いトーンのイケボ。桃香は振り返る。

 店主の真幌だ。


「店長さん……」

「お久しぶりです、桃香さん。大変申し訳ございませんが、これ以上うちのメイドを苦しめないであげて頂けませんでしょうか」


「店長……」と望美が伏せていた掌から顔を上げる。涙で顔がぐちゃぐちゃだ。


「ごめんなさい、望美さんに店長さん。うち、そんな責めるつもりじゃ。でも……」


 桃香は素直に謝りながらも、まだまだ言い足りない様子だ。

 真幌が言葉を続ける。


「自分からもお願いします。故人を悪く言うのは、もう止めて頂けませんでしょうか。亡くなったかおるさんの為にも、お兄さんの為にも。うちのメイドの為にも。そして桃香さん自身の為にも」


「うちの……?」

「その理由を、これからお見せ致します」


 雪洞のペンダントライトに、真幌が白い手をかざす。


「本来ならばお客様のプライバシーに拘わることなので。お身内の方といえど、お見せすることははばかられますが。百聞は一見にしかずという言葉もありますし」


 桃香の頭上に「?」と疑問符が浮かぶ。


「ちょ、ちょっと待って。店長、一体何を見せるおつもりですか?」と望美が慌てて口をはさむ。


「桃香さんは、今回の夜のお客様の大切な妹君いもうとぎみでありますので」

「ま、まさか。だめっ、止めてください店長。そんなもの桃香ちゃんに見せたら、彼女には重すぎます。だから」


 備中和紙に包まれた雪洞の表面がすっと透明になる。巨大な水晶玉のようだ。

 同時に雪洞の中に映像が浮かび上がる。

 まるで球体のスクリーン、いや三次元立体映像ホログラムだ。


「店長、だめーっ!」


 望美が必死に叫んで制止するのを受け流し、真幌は以前望美に見せた業務録画を、そのまま桃香にも鑑賞させた。

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