第48話  繋がり(★)

 リットの話を聞いたギルバートは、一つの疑問を口にした。


「さっき、魔力のある者と言ったか?」


 フィンの力に気が付くのは、魔力のある者だとリットは言った。ならばリットも魔法が使えるのかと訊けば、彼はにやりと口角を上げた。


「まあな。これでも一応貴族の血が流れているもんでね」


 見ろとばかりに腕を持ち上げ指先を軽く振ると、納屋の棚に積もっていた埃がぶわっと舞い上がり、ぐるぐると渦を巻いて部屋を出て行った。


「ちょっと埃っぽかったから」


 ギルバートやニックの視線を受けたリットが肩を竦めてそう言うと、目を丸くして驚いていたナタリアが、なぜか急に泣き出した。


「ああ! ああ! やはりあなたはリチャード坊ちゃまなのですね!」


 ぼろぼろと嬉し涙を流すナタリアに、近くにあった手巾を渡しながらリットは文句を言った。


「だ~か~ら、オレはリチャードじゃないって!」

「ええ、ええ、わかっておりますとも! ですが坊ちゃまがちゃんとカーベリーの血を受け継いでいるのだと知り、私はもう、嬉しくて…嬉しくて…っ」


 ナタリアのセリフに驚いたのは、リットだけではなかった。


「ナタリア! 今、カーベリーと言わなかったか⁈」

「は、はい。坊ちゃまはカーベリー家の生まれでして、幼い頃に奥様と一緒に邸を追い出されてしまいましたけれど、本当は唯一の正当な後継者でいらっしゃいます」


 ギルバートの問いにナタリアは答えたが、それを否定する者がいた。


「嘘だ!オレにはチチオヤの血は流れていないと聞かされた! ハハオヤも、お前のような出来損ないなど生みたくなかったと言って、いつもオレを殴って…」

「ええ…確かに当時のカーベリー侯爵でいらした旦那様のお子ではございません。旦那様の腹違いの弟である、エドワード様のお子なのです」

「は⁈」


 話によると、カーベリー侯爵は結婚前から愛人を囲っていたが、身分の低い愛人の子供は正当な跡継ぎになれないため、名のある家から正妻を貰い、その正妻との間にできた子供として出生書を書き換えたのだという。

 そのため、妻との間に血を分けた子供を作りたくない侯爵は、初夜に邸で働く下男に妻を抱くよう命じたが、妾腹の生まれのせいで使用人として邸で働かされていたエドワードがそれを知り、秘密裏に金を握らせてその役を買った。


「いや、唯一の正統な後継者と言ったが、戸籍を改ざんしてでも後継者にしたかった愛人との間の子供たちは…」

「ダイアン様との間に生まれたお子様方は、旦那様のお子ではありません。ダイアン様には外に恋人がおりましたから。旦那様は恋人の存在もお子様方が自分の血を引いていないことを知らなかったようでした……。ですから正式な後継者は、今でも坊ちゃまただ一人なのです。…エドワード様のなさったことは酷いとお思いになられるでしょうが、奥様を守る手立てはそれ以外にございませんでした。薬を盛っておきながら理不尽にも夫ではない男と契りを交わしたと侯爵に非難されても、奥様は気丈にも耐えておられましたが、やがてリチャード様がお生まれになると、なぜか奥様の矛先が坊ちゃまに向かわれたのです」


———『なぜわたくしがこのような汚らわしい子供を育てねばならないのかしら?』


 ぽつりと呟き、赤子の細い首に手を掛けた光景を、ナタリアは未だ忘れることができないという。


「毎日のように折檻され、生傷の絶えない坊ちゃまの手当てをこっそり隠れてしておりましたが、ある日奥様に見つかってしまい、私は解雇されてしまったのです」


 その後、リチャードが五つになる年にカーベリー侯爵の訃報を風の噂に聞き、再会するまでの間、心の片隅でずっと気に掛けていたらしい。


「ですから倒れているのを発見した時は、驚きと同時に信じられない気持ちでした。そしてあんなにも小さくか弱かった坊ちゃまが、こんなにも立派な青年に成長していたことに感動もしました。そして今、エドワード様と同じ風魔法が使えることがわかり、私は感激で胸がいっぱいなのです」

「…本当のチチオヤも風魔法が使えたのか」

「ええ、使えましたとも! と言っても私が見たのは、洗濯物が早く乾くように、つむじ風でシーツをはためかせているところぐらいですけれど」


 他人のことは言えないけれど、魔法の使い方がショボいなと、ギルバートたちは思った。けれど真相を知らされたリットは感慨深いようで、広げた手のひらを見つめている。

 

「そうか、リットはアマンダの息子だったのか…」

「アマンダ?」


 ギルバートが目を通した調査書を思い出しながらそう呟くと、つい先ほどまで感慨に耽っていたはずのリットが、眉間にシワを寄せてこちらを向いていた。


「アマンダって言ったか?」

「? ああ。カーベリー侯爵の…お前の母親の名前は”アマンダ”だ。アマンダ・カーベリー。先日まで修道女シスターとしてフィンのいた孤児院にいたが、フィンがジョルジュ・ケーマスに養子として引き取られた直後、彼女も還俗して孤児院を去った」


 だから現在は旧姓のウィンチェスターを名乗っていると教えると、リットは顎に拳を当てて考え出した。


「ソイツ、多分フィンの教育をしていた家庭教師だ。そうか、なあ、アンタならわかるだろ?」


 リットに振られたナタリアは神妙な面持ちで頷くと、アマンダがフィンを追ってわざわざ家庭教師になったと告げた。


「元々知り合いでいらしたケーマス子爵様にお願いしたそうです。しかも…」

「しかも?」


 言い澱んだナタリアに続きを促すと、彼女は迷った挙句、やっと話し出した。


「しかも、アマンダ様はお嬢様の肩の傷痕をケーマス様に教えてしまい、更にはその傷痕を消す方法があると…」

「傷痕を消す方法? 本来なら治癒して年月が経った痕は、魔法でもポーションでも治せないはずだが」


 後ろを振り返りグイードやダヴィデに確認するが、彼らもそんな方法などありえないと首を振る。

 だがナタリアは、アマンダとジョルジュがその方法を実際におこなってしまったと苦し気に告げた。

 

「私はその場にいませんでしたが、お嬢様が連れ込まれた地下室の近くで作業していた同僚は、喉が裂けるのではと思うほどの叫び声が続いていたと言っていました。そして暫くすると、執事のトーマス様が上着に包んだお嬢様を抱いて戻ってきたと」


 少女の顔は青白く、酷く憔悴しているように見えたらしい。

 地下室で何があったのかはわからない。しかし一緒に地下へ降りていた者の中で上機嫌なのはアマンダだけで、ジョルジュもトーマスも思い詰めた表情をしていたそうだ。


「ですので、アマンダ様がおしゃった方法が成功していれば、お嬢様の体に残る傷痕は、特に左肩にあった火傷の痕は、今は無くなっているかもしれません」

「なんてことだ…」


 ヴァラの刻印が蘇っているならば、それは確かに喜ばしい。けれどそれがフィンに与えられた苦痛の代償というのなら、決して許容できるものではない。

 ギルバートはギリリと拳を握る。アマンダは一体何の目的があってフィンに辛く当たるのか。どれだけフィンを苦しめれば気が済むのか。

 彼はこれほどの怒りを覚えたことはなく、アマンダと顔を合わせた時、殺さずにいる自信がなかった。





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