22_少年は出会ったときから病人だった
ボランティア経験があると
大学二年の冬にそんな噂を小耳に挟んだ。広前ゼミへ所属したいと考えていた俺にとって聞き捨てならない噂だった。
文学部の講義で面白いといえるものは少なく、俺に理解できる講義はもっと少ない。そんな中、期末試験で唯一S評価をくれたのが広前教授だ。テストは全二十問のマークシート方式。選択肢は四つだった。教科書の持ち込みも可だった。俺も
だから俺は論文よりもフィールドワークを重視する広前のゼミに
「広前ゼミと他のゼミで貰える単位が同じってのは不公平だよな。広前ゼミだけやってること中学生だもんな」
と俺を安心させる口コミが絶えない広前ゼミに入らなければならなかった。
もし広前ゼミに嫌われ他の教授のゼミ、中でも例年ゼミ生の染め髪率が高くどの集合写真の男女も笑顔で変なポーズをとっている週に一回はゼミ飲みがある
やりたいことよりも出来ることを優先するのは情けないが、背に腹は代えられぬ。命を、未来に繋ぐためにも。
そこで俺は三号館一階廊下の壁兼掲示板に貼られているボランティア募集の貼り紙に目を通した。
より楽で、より短期間のヤツは無いか。
やれ商店街の清掃活動だ、やれ地域イベントの運営補助だ等色々なボランティアが募集されていたが、大半はもう締め切りを過ぎている。残り物の中で日数、拘束時間共に短かったのが
五日間、午後一時から午後五時まで。室内での補助作業。大学から徒歩十分。
悪くない。
都会の
それに俺は病人が嫌いじゃない。
軽蔑されるべき自己肯定だ。
その日の内に学事課窓口で申し込みを済ませ、帰りに家系ラーメンを食べた。
□
学生ボランティアの人数は俺を含めて七人。全員同じ大学の生徒だったが知ってる顔は皆無。
レクリエーションはこの学生七人と可那病院の看護婦六人でやりくりする。
フリースペースとなっている病室を二つ使い、入院してるお年寄りや子供が楽しめるビンゴやボードゲーム、オセロや読みきかせなど穏便な遊びを提供するのが主な任務だ。俺の担当はジェンガに決まった。
初めての客人は子供だった。ぱっと見女の子っぽいが、よく見ると男の子だと分かる不思議な顔立ちをしていた。多分小学校中、高学年あたり。水色のパジャマを着ている。
ジェンガをやるのは初めてだったらしく、始めこそ三巡目あたりでタワーをバンバン倒していたが、慣れてくると終盤の不安定なスリルも楽しめるようになり、俺を負かすこともあった。
お兄ちゃん、このゲーム面白いね!
と純粋な笑顔で喜んだ。
それが俺の初めて見た晴人の笑顔だった。
「あんなに嬉しそうな
初日終了後、看護婦さんにそう誉められた。晴人が何の病気なのかいつから入院しているのか等は聞かなかった。
あと数日だけの付き合いに詮索はいらない。
晴人は最終日まで遊びに来た。
ジェンガコーナーに居座り、俺の代わりに客人とジェンガ対決をしたりもした。五日あれば初対面のお兄さんも友達にまで昇格するらしく、すっかり懐かれた。
「お兄ちゃん、明日からは来れないの?」
ボランティア最終日、眉を八の字にした晴人に聞かれた。
今日でさよなら、ボランティア。ようこそ広前ゼミ。
の予定だったから返事に
その場しのぎで綺麗な嘘をつくか、痛みのある真実を吐くか。どっちも名案には程遠い。俺が苦しんでいると晴人の視線が俺の顔から外れた。
次の瞬間、晴人が抱き着いてきた。
俺の尻に手を回し、腹に顔を押し付けている。その小さく温かい感触に俺の心は決まった。
「また来るから安心しろ」
俺は晴人の頭に右手を置いた。俺を求めてきた晴人を引っぺがせる程、俺は世渡り上手じゃない。
数日後、看護婦さんから「晴人の両親の許可が下りた」と連絡を貰った。晴人と俺が会うことを晴人の両親は喜んで快諾した、とも教えてもらった。
それ以降、俺は月に七回程度、晴人のもとへ遊びに来ている。
初めて晴人の部屋を訪ねた際、晴人は
「お兄ちゃんだ! やった!」
とベッドから降り、一直線に駆けてきた。サンタクロースにでもなった気分だった。その日の終わり、看護婦さんに晴人について幾つか質問をし、回答を貰った。
晴人は去年から入院している。
十一歳で性別は男。
主に薬物での治療中。
母親が毎日夕方から夜に見舞いに来ている。
今年から院内学校に通っている。
病名も言われたが、病状の見当もつかない名称だった。
そして晴人と過ごす上で次のことを必ず守るように言われた。
激しい運動をさせない
女の子みたいとか言わない
守れない約束はしない
絶対に水以外の飲食をさせない
この約束を守りながら、現在まで晴人と楽しい時間を過ごしている。
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