26_秋葉原にて@7

 白穴しろあなを抜けると俺達は火の玉に焼かれながら大通から脇道に入り、裏通りにあるケバブ屋「ソーデスケバブ」へ直行した。

 ソーデスケバブの周辺にはケバブを頬張る一群がたむろしていたが、注文の列はなかった。腹を減らせる匂いが鼻腔びこうを刺激する。



「アニキ、ケバブドウ? イマナラサービススルヨ!」


 今日も陽気なカタコトが響いている。

 ケバブの本場トルコ出身っぽい彫の深い兄ちゃんにケバブサンドを頼み、五百円玉を渡す。


「マイドアリ!」


 兄ちゃんはレジへ五百円玉を仕舞う。そして海賊が使う様なデカい剣を取り出しカウンターの少し奥に置かれた巨大な回転する肉棍棒にくこんぼうから肉を削ぎ落とす。


 その肉をキャベツ、トマトと一緒にポケット状の小麦生地へ収める。仕上げに魔法のドレッシングをかければ、この世で一番うまいケバブの完成。



「ドモアリガトー!」



 幸せを受け取り、芳川よしかわ達の居るソーデスケバブはす向かいのビル影に向かう。ここで立ってケバブを食すのが定番だ。

 全員、一個五百円ぽっきりのケバブサンドを頬張っている。




 いただきます。




 口を思いっきり開き、かぶりつく。

 キャベツのシャキシャキとした食感と濃い肉の味に頬が緩くなる。


「ここのケバブはいつ食ってもうっめーよな」


 西汽にしきの称賛を聞きながら二口目に挑む。


「秋葉原一の味ですな」


「秋葉に来たって感じがするね」


 芳川、陸溝も西汽に賛同する。



 ソーデスケバブはなんか知らんがケバブ激戦区になっている秋葉原でも、頭百個抜けている最高のケバブ屋だ。ボリューム、味ともに値段以上であり満足度が高い。

 俺はケバブサンド一つで身も心満たされるのだが、陸溝は二つじゃないと物足りないらしく今日も両手にケバブを装備している。




「旨いけど、暑いな」


「だな」


 俺の言葉に西汽が青空を見上げた。


 □



「ごちそうさまでした」


 芳川が最後にケバブを平らげ、お昼は無事終了した。



「よっし、次はどうする?」


 うーん、そうだなー、と芳川の問いかけに三人揃って生返事。

 この行動は食ったばっかりで動きたくないのと、まだ日向に行きたくない気持ちに由来している。 

 洗い物を先延ばしにする主婦の心理だ。



「あ、やべー」


 突如西汽が苦い顔をする。


「就活講座の締切ってもう過ぎたっけ?」


「確か締め切りは来週の火曜日だったよ」


「まじかー助かった。お前らは申し込んだのか?」


「俺は一昨日芳川と一緒に申し込んだ」


 その日は芳川と同じ講義があり、帰り際に二人でキャリアセンターに寄り手続きをした。


「就活かー。もうそんな時期なんだな」


 芳川がしみじみこぼす。


「早いよな。体感的には入学してまだ三日目だ」


 大学に入学したての頃を思い出す。入学してすぐに作詞に曲をつけるべく各音楽サークルへ自分を売り込んだ。連戦連敗でキツイことも言われたっけなぁ。


 あいつと初めて会ったのもあの頃だったな。



「けどよ、入学時と今とで何か成長したかって言うと、何も思い付かねーよな」


むしろ退化してるまであるね」


 西汽の意見に陸溝が乗っかる。


「俺は公務員講座受講中だぞ」


「俺も学芸員の資格講義を受けてる」


 こう見えて芳川と俺は怠惰たいだの時間を犠牲にし、未来への投資をしている。芳川は安定した職に就きたい、なる立派な志があるが、俺は何か資格とりなさいと、親にせっつかれ何でもいいなら楽なやつを、と学芸員を選択した。


 初回の講義で講師に

「この資格で食っていくのは難しいけど、持っていて損はない」

 と矛盾めいたことを言われたのには驚いた。




「二人とも偉いよね。芳川君は公務員が第一志望?」


「うむ。けど、狭き門らしいので落ちた場合も考え、民間企業向けの就活講座もとるのだ」


「ここだけ聞くと優等生だよな」


 西汽が感心にもとげにもなる一言を述べる。人間は多面的に評価しなければならない。



「西汽君はどうするの?」


「俺は大企業に入るぞ。入って高給稼ぎまくって初任給で『寓話ぐうわ戦隊オズレンジャー』の限定合金版ドロシーロボをゲットしてやる!」


「そこは親に何か贈ってやれよ」


「俺の幸せは親の幸せだ」


 俺の常識的な発言はジャイアニズムに両断された。



「陸っちは今後決めてるのか?」


 芳川がリュックからペットボトルを取り出し、ふたを開ける。


「僕は出版関係かな。本好きだし。できれば漫画の編集者が理想だね」


「陸溝のイメージにぴったりだ。んで目星はもうつけてるのか?」


 俺は陸溝に訊く。


「うんとねあかね旧社きゅうしゃかくマガジン社それからカバマガジン社かな」


「ますます陸溝にぴったりだよ」


 陸溝が述べた出版社はいずれも有名なエロ漫画雑誌を発行している。




 そうか。当たり前だがみんなそれぞれ自分の将来を考えてるんだな。



「高っちはどうだ? 何か決めてるのか?」


 げ、やっぱりそうくるか。公務員志望者の問いかけに言葉にきゅうする。



 俺も今後の進路を考えないわけではない。けれど、俺には小説を出版する、歌詞を世に出すという夢はあれど将来の目標はない。というか興味がない。仕事とか義務とか本当に心底どうでもいい。自分が社会的生物であることを疑うほどに他人事だ。


 どうせこだわりがないのだから、ここは会社員かなぁと無難な回答をするのが得策。だが一握いちあくのある思いが悩ませる。



 夢があることを誰かに知ってほしい。



 鉄定てっていのおやっさん以外にも理解者が欲しい。


 気心の知れたこいつらなら信頼してもいいのではないか?


 ゲロっても受け入れてくれるのではないか?



「俺は」




 俺は



「俺はブラックじゃないならどこでもいいわ」


「それは真理だね」


「俺もブラックは嫌だなー」


「右に同じ」


「やっぱ定時帰りの土日休みがいいよな」


「そうだな」



 俺には勇気が足りなかった。



 □



「もう行こうぜー。店の前にあんまり居るのもあれだろー」


 芳川が一人日向に飛び出す。


「だね、次はどこ行こうか?」


「足が疲れたから座りてーや。秋葉原はベンチとゴミ箱が少な過ぎるんだよ。どっかでデザートでも食って休もうぜ」


 愚痴も意見も西汽に大賛成。この街では歩行がメインの移動手段なんだからもっと足をいたわる配慮があってもいい。


「なら、中田ラーメンとかどう? 最近冷やし担々麺始めたんだって」


「麺類をデザート扱いするのは世間にも体にも迷惑をかけるからやめろ」


 俺は陸溝の体を思いやる。若いからといってその食生活は攻めすぎている。


「わかった。ラーメンはまた今度ね」


 それはお昼御飯として言ってるんだよな? デザート扱いじゃないよな?


「デザートならオレは三三三みみみアイスに一票だな。あそこなら座れるし、ソルトグレープあるし」


 西汽の言う三三三アイスクリームは全国チェーンのアイスクリーム屋だ。そのはずなのに俺の地元には一店舗もなく、こっちに出てきてやっと食べられた。旨かった。


 これを下校途中に食べられたヤツの幸福度に俺はもう追い付けない。一番好きなのは完全無欠のホピングシュワーだ。



「俺も三三三アイスに一票。今日は何食うかなー」


「なら僕はチョコミントと大納言あずきのレギュラーダブルで!」


「止めはしないが視界の外で食べてくれ」


 この食いしん坊、さっきから死球ばかり投げてきやがる。


「じゃあ行くか。お前ら早よ日陰から出てこい」


 引率の先生に言われるがまま出来の悪い生徒どもは日向へ歩く。アイスを食ったあとはエロゲーを見て、夜になったら

「どっかで酒を飲もう」という話になるだろう。




 遊び倒す休日。いいじゃないか。





 時間はたっぷりある。しかし、あっという間だ。





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