化け物たちのひと夏【4月17日をテーマにショートショート】


「じゃあ、これとりあえず着てみて。」

そう言って渡されたのは、恐竜の着ぐるみだった。


・・・


ちょうど一か月前、派遣で勤めていた会社をクビになった俺は、

ハローワークに駆け込んだ。


何度か面談を受け、自分の個性や特技を一生懸命アピールした。

…アピールした。結果がこれだ。


埼玉の郊外にあるよく分からない中途半端な規模のテーマパーク。

の従業員ではなく、その中のお化け屋敷のスタッフだ。

繁忙期である夏は人員が足りないらしく、募集があったようだ。


・・・


「おーぴったりじゃん!じゃあ君、恐竜ね!」

と、モアイ像の着ぐるみを着ているチーフに言われた。

そして、何の反論の余地もなく俺は恐竜になった。


そもそも、お化け屋敷に恐竜やモアイ像がいること自体が甚だ疑問だが、

枠にとらわれないのが埼玉であり、このような中規模テーマパークの最大の魅力なのだろう。


出勤初日で何もわからない俺は、とりあえずチーフに言われた位置に隠れ、

お客さんが来るのを待つ。


幸い、お化け屋敷の中はクーラーが効いているので、

分厚い着ぐるみでもギリギリ耐えられる温度だ。


すると、遠くの方からお客さん達らしき悲鳴が聞こえた。

確かあの場所はチーフが担当している場所だ。

どうやら、あのモアイ像はなかなかやるらしい。


そして、そのお客さんが次はそのままこちらに近づいてきた。

俺は極限まで息を潜め、お客さんが目の前に着た瞬間飛び出した。


「ガオォーーー!」

「ひゃん!」


お客さんは何とも言えない悲鳴だけを残して去っていった。

俺の恐竜デビューは儚くも失敗に終わった。


「ねぇ。ねぇ!ねぇってば!」

落ち込んでいたところ、誰かが急に尻尾を引っ張ってきた。

ふと振り返ると、薄い暗闇に立っていたのは小柄ななすびの化け物だった。


「ひゃん!」

驚きで思わず声を漏らす。

「あのさー。あんなんで驚くと思ってんの?キミ、新人?」

小柄ななすびの中身は女性だった。


「そうなんです。さっきが初めてだったんですけど、うまくいかなくて。」

「そりゃそうでしょー。恐竜がガオォって、普通過ぎるもん。」

小馬鹿にしたような言い方に少しムッとしたが、聞いてみる。


「じゃあどうすればいいんですか?」

「簡単じゃん。恐竜が言いそうにないことを言えばいいんだよ。」

「え、芸術は爆発だ~~!とかですか?」

「ん~。ワードのセンスはないけど、そういうこと。」


ナス子のアドバイスは的確だったようで、

その後は、お客さんをどんどん怖がらせられるようになって、初日の勤務を終えられた。


勤務後、達成感に浸りながら着替えていると、

チーフとナス子が入ってきた。

「恐竜くん、飲みに行きますかっ!」


俺たちはテーマパークの近くのチェーン居酒屋に向かった。



歓迎会と称された3人だけの宴で俺は、かなり酒を飲まされた。


ほとんど記憶がない中で覚えているのは、

モアイチーフが熱狂的なクイーンのファンだということと、

私服のナス子が意外とかわいかったということだ。


俺らはそれから、3人で毎日のように飲みに行くようになった。


・・・


夏の終わり、いよいよお化け屋敷は営業最終日を迎えた。

恐竜での驚かし方が板についてきた俺は、最後の勤務を難なくこなし、

モアイとナス子と名残惜しく雑談をしていた。


すると、テーマパークのスタッフが慌てて事務所に入ってきた。


「助けてください!サーカス団が来ないんです!」


どうやら、野外ステージでショーをする予定だったサーカス団が渋滞にはまり、

開園時間に間に合わないということだった。


その事情を聞き、顔を見合わせる3人。

仕方がないがやるしかない。


急遽、まだ残っていたお化け屋敷のスタッフ全員を呼び出した。


しかし、ショーといっても、我々にはできることは限られている。

サーカス団が使っている道具や音源も、もちろんない。


全員で話し合った結果、着ぐるみを着てダンスをすることになった。

というわけで、ここに頓珍漢な化け物ダンスグループが誕生した。


お客さんが集まり始め、客席が賑やかになってきた。


お化け屋敷と異なり野外ステージの裏はかなり暑く、

着ぐるみの中からも汗が噴き出してくる。




「ズンズンチャ・ズンズンチャ」


クイーンの曲が鳴り始め、モアイ、恐竜、なすびを先頭にした

化け物集団は、汗を振り払うように最後のステージに飛び出した。



ーーーーーーーー

4月17日は、

ハローワークの日

恐竜の日

なすび記念日

クイーンの日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました!


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