ある夏の日。【4月4日をテーマにショートショート】


「あなた、今、幸せですか?」


ドアフォンのモニターに映った宗教勧誘のおばさんが

そう問いかけてきた。


「いや今、朝の9時やで。しかも土曜やし。おばさんのせいでちょっと不幸せになったわ。」


寝起きの目を擦りながら、僕はそう答えたかったが、

「なんとも言えませんね。」

そう言ってドアフォンのスイッチをオフにした。


変なタイミングで起こされてちょっと不機嫌な僕は、

そのままインスタントコーヒーを淹れ、

百均で買ったよくわからないいろんな国の言葉がびっしり

書いてあるマグカップを布団のない小さなこたつ机に置いた。


座りながらリモコンでテレビをつける。


さっきのおばさんの質問が頭をよぎる。

テレビのニュースでは、アフガニスタンに残されたたくさんの地雷で命を落としたり、大きな怪我で苦しんでいる子供たちの特集がされている。


彼らの状況に比べたら今の僕は幸せかもしれないが、

人と比べる幸せは相手に失礼だし、本当の幸せではないと思っている。


なんとなくマグカップにアフガニスタンの言葉が書いてないか探してみたが、分かるわけもなかった。

そもそもアフガニスタンが何語なのかもわからない。


真夏の朝からこたつ机で自分の幸せについて考えるなんて

なんてカオスな状況だと思いつつ、いい機会だから考えてみる。


僕にもコンプレックスはある。丸顔なところだ。


両手で頬を触ってみるが、やはり丸い。

小学生の頃は、同級生にあんぱんと言われてよくからかわれた。


大阪生まれの僕は、

「例えるならたこ焼きやろ!」

「あんぱんはカロリー高そうやから、やめてや!」

などと強がっていたが、幼心への傷は大きかった。


でも、自慢できるところももちろんある。


絶対音感があるところだ。

今、ピアノの調律師という少し珍しい職業につけているのも

この能力のおかげである。


そういえば、朝のおばさんにイラっとしたのは

彼女の声と後ろから漏れてくるセミの鳴き声がとてつもない不協和音を奏でていたからかもしれない。


お昼をすませ、ぼーっとテレビを見ていた僕は、

慣れないことを考えて疲れたせいか、眠ってしまっていた。


時計を見ると時刻は、夕方の5時前。

今日は彼女と近所の夏祭りに行く予定なのだ。

部屋着を脱ぎ、急いでブラジャーをつけ、着替えの準備をする。


伝えるのが遅くなったが、僕はトランスジェンダーだ。


見た目は女性だが、心は完全に男性だ。


でもそれは、長所でも短所でもないと思っている。

いたって当たり前のことだ。


現に、親にも普通に受け入れられているし、

愛するパートナーだっている。

ちなみに彼女はピアニストだ。僕の一目惚れだった。


ただ、他のLGBTの人には、僕と異なる環境の人もいると思う。

だからといって、自分が恵まれているとは思わない。

やはり、人と比べるのには違和感がある。


紺色の浴衣にグレーの帯をぎこちなく巻く。

胸のあたりが少しきつい。


子どものころは、浴衣には女の子のイメージがあったので

絶対に着たくなかったが、今になって母親に着方を教えて

もらえばよかったと後悔した。



急いで待ち合わせの神社に向かう。

人は、ぽつぽつと増え始めているようだった。


赤い鳥居の下に彼女を見つけ、声をかける。やはりきれいだ。

夏祭りの賑わいは、様々な音階が混ざり合って聞こえるが、

不思議と嫌な気持ちはしない。


彼女と手をつなぎ、境内に向かって出店のある通りを進む。

傍から見ると、女友達同士にでも見えているのだろうか。


足を進めながら2人で他愛もない話をしていたが、

彼女が突然、出店のヨーヨー風船と僕の顔を交互に見て、

「あれ?ちょっと似てない?」といたずらに言った。


「やかましいわ。」


と、僕は笑いながら彼女を小突き、また手をつないだ。



たぶん、今の僕は幸せに違いない。



ーーーーーーーーーーーーーーーー

4月4日は、

幸せの日

地雷国際デー

あんぱんの日

ピアノ調律の日

トランスジェンダーの日

ヨーヨーの日


これらのキーワードをつなぎ合わせてショートショートを書いてみました。


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