ホラー映画の幼女が魔王の元に召喚されました。

エノコモモ

ホラー映画の幼女が魔王の元に召喚されました。


「あら?」


まるで人形のように大きな瞳。豊かな金髪は柔らかな曲線を描きながら胸の辺りまで落ちる。空色のワンピースの裾を押し上げるのはたっぷりのレース。同じく鮮やかな青の瞳で、少女は困惑を表すようにぱちぱちと瞬きをする。その目がふと、こちらを捉えた。


「まあ。初めまして」


小さな口から飛び出したのは、鈴を転がすような可愛らしい声。深々と頭を下げる。頭の横のふたつのリボンが、さらりと音を立てて垂れ下がった。






第1級レジェンドアイテム<召喚の杖Ver.4.0>。

その名の通り、特定の人物1人を場に召喚するアイテムである。これまで何がレジェンドだ腰の曲がったジジイしか来ねえと非難轟々の一品だったが、直近の大幅アップデートにより改変された。


その甲斐あって、古今東西、次元さえ問わず、場に応じた人物が召喚されるようになったのだ。そして、その際の人選はランダムだと聞いてはいた。聞いてはいたが。


(さすがにこれは、酷いだろう…)


クソアプデだったかと今にも舌打ちが出そうだ。現在、件の杖によりこの世界に召喚された少女は、のんびりと紅茶に口を付けている。一口飲んだ後、微笑んで顔を上げた。


「私はアイリス。主にホラー映画の少女役を務めているわ」

「…魔王のロードリックだ」


名乗りながら、差し出された手を握る。彼の大きな手のひらにおさまった、その小ささにロードリックの憂慮はますます深くなるばかりである。


「アイリス。早速だが、こちらの手違いで召喚してしまったようだ。お帰り願いたいのだが…」

「あら。何か役目があって呼んだんじゃないの?」

「……」


目的はあった。わざわざ魔力を大量消費する使いきりの貴重なアイテムまで使い、担って欲しい役目が。けれど実際に召喚された少女を上から下まで見て、ロードリックは口を開く。


「だが相談するにはまだ小さいし…」

「失礼ね!こっちの業界は第二次世界大戦よりも前からあるんだから!私、あなたよりも年上よ!」


憤慨した彼女はロードリックの肩をぽかぽかと叩く。その力の弱さにますます脱力感に襲われる。


(こっちは藁にもすがる思いで呼んだのだが…)


ため息を吐く。けれど頬を膨らませる彼女は簡単には納得しそうにない。仕方なく、事の顛末を口にする。


「実は、我が魔族軍は危機的状況でな…」


彼の名はロードリック。アイリスがホラー映画の少女であるのと同じように、RPG界の魔王である。


「昔は大陸のあちこちに拠点があったのだが、人間どもが侵攻し、次々に攻略された。ここが最後の砦だ」

「まあ。背水の陣と言ったところね」

「ああ。この地には多くの魔族がいる。何としてもこの砦だけは守らねばならない」


人間の襲撃が止む様子はない。そんな中攻略対策の要として、召喚の杖を使用することになった。


(しかし…)


人選が杖に委ねられる以上、覚悟はしていた。人間を一掃できるようなドラゴンでも、軍勢を率いる将軍でも良かった。たとえどのような怪物が来ようとも、受け入れる準備も進めてきた。唯一の誤算は、実際には屈強な兵士とはまるで正反対の幼女が来てしまったことだ。


「理解したわ。要は人間に対抗すれば良いのね!」


そんな少女は意気揚々と拳を握る。


「いや、君には帰ってもらって…」

「私に任せてちょうだい!さあ!まずはこの場所を案内して!」

「……」


話を聞くのもそこそこに、アイリスは椅子から飛び降りる。ちょこちょこ歩く狭い歩幅と小さな背中を見ながら、ロードリックは思った。


(適当なところで帰ってもらおう…)






「我が城だ」


そう言って、ロードリックが手を広げる。目の前には巨大な王城。石造りの城壁が聳え立つ。敷地は広大で、いちばん高い塔から見下ろしても全貌の把握は難しい。ロードリック自身も建築に携わった、自慢の景色である。


「……」

「フッ。あまりの美しさに声も出んか?」


彼の胸の位置で抱え上げたアイリスからは、反応がない。この絶景を前にしては仕方がないと、ロードリックは鼻で笑ってそう話しかける。


「……」


すると突然、アイリスがこちらを振り向いた。がくんと首が動き、一瞬びくっとする。


「まずお城の必要ある?」

「えっ」


予想外の一言だった。彼女はそのまま、魔王のアイデンティティを潰しに掛かる。


「人間って比較的身近な場所での異常に恐怖を覚えるものよ。こんなお城じゃいかにも非日常で、恐怖におののくどころかわくわくしちゃうわ」

「で、でも魔王城だし…」

「個人的には古い洋館とか民家がいいと思うの。近所に何もない山荘なんかも雰囲気があって素敵よね」

「我、王なのに民家に住まなきゃいけないの?」


魔王城は彼の住居兼仕事場である。アイリスは腕を組みながら息を吐いた。


「まあ、かなりいまいちだけど仕方がない。舞台が変えられないならここでやるしかないわ」

「……」


ちょっと切ない気持ちになる彼を置いて、アイリスは城の前方を指さした。


「まず意味ないから門は開けときましょうか」


城の出入口に存在する跳ね橋は上げられ、その先の門扉はぴたりと閉じている。ここは砦。侵入を防ぐことを目的にしている訳で、当然のことだ。ロードリックは慌てて彼女の提案を止める。


「いや、危ないだろ。奴らは人の家に勝手に入って引き出し開けたり壷を割ったりするような連中だぞ」

「まあ!それはとっても都合が良い!」


彼の腕の中で、アイリスは嬉しそうに両手を合わせた。ぱちんと小さな音が鳴る。


「ホラー映画の基本は脱出。ゾンビが跋扈した街から、魔女の住む森から、時には人喰いザメの泳ぐ海底からね!けれど悪役側としては、そもそも招き入れるまでが大変なのよ。それなのにあっちから入って来てくれるなんて、ありがたいことだわ!」


キャッキャとはしゃぎながら、無邪気に両手を挙げる。それはもう生き生きとした表情で、ロードリックを振り返った。


「踏み入れたら最後、もう二度と出さない方針でいきましょう!」


きらきらと輝く笑顔。どう考えても年相応の可愛らしい表情だ。けれどその満面の笑顔を前に、彼の胸には何故か一抹の恐怖が過った。




「外観はパッとしないけど、壁も扉も頑丈でいい建物ね」

「……」


容赦ない発言に、ロードリックは複雑な表情をしながら彼女の手を引く。現在ふたりが歩いているのは、魔王城の中、侵入した人間たちが必ず通る廊下である。


「ふん。我らも悪魔のはしくれだと言うことを証明してやろう」


開けた場所まで来て、ロードリックは足を止める。彼女と繋いでいない方の手を上げ、窓のない広場を示した。


「ここですべての扉を閉め、人間どもを閉じ込めた上で我の部下達で一斉に襲いかかるのだ。どうだ?恐ろしいだろう」


魔王城の中でも特に残虐性と確実性を備えた罠である。ちょっと怖いので、ロードリックはあまりここに近づかないように意識しているのは秘密だ。


(これならばアイリスも少しは驚くに…)


「うーん。悪くないけど…」


しかしホラー映画出身のアイリスの表情は芳しくない。今一つといった様子で首を傾げている。大きな瞳でロードリックを見上げた。


「人間たちって何人ぐらいで来るものなの?」

「え?え、ええと…基本は3人~5人ほどのパーティ編成だな」


唐突な質問に戸惑いながらも答える。この城を攻略しようとする彼らの動機は様々だ。誰かの命令であったり、宝箱やモンスターからの剥ぎ取りが目的だったり、単なる腕試しの場合もある。


(そんな理由で我々の生活を脅かすとは、非情な奴らめ…)


思い出すだけで、ロードリックの顔には苦悶が浮かぶ。


「勇者に魔法使い、聖職者…職業の違う奴等で徒党を組むからいやに厄介で…」

「まあ素敵!」


曇る彼の表情とは裏腹に、アイリスの顔は喜びで輝いた。今の何が良かったのかと戸惑うロードリックを前に、嬉しそうに先を続ける。


「ちょうど良い人数だし、それぞれ個性もありそう。是非デスゲームをしましょう!」

「えっ。デス…?なんて…?」


デスゲーム。主に参加者の生死、もしくはそれに近いものを賭けて行われる。生還と脱出が目標に設定されている場合が多い。


「特に自滅を誘うものだと尚良いわ。共に捕まった仲間を殺さなきゃ巨大ノコギリで刻まれるとか、自分の足を斬り落とさなきゃ脱出できないとか」

「ヒェッ」


ロードリックの口からは悲鳴が漏れる。彼女が可愛い仕草で物騒なことを言い始めた為に、思わず手を離してしまった。


「敵が仲間内で数を減らしてくれるから、従業員は比較的安全だし人件費も浮くわ。最初は足枷や手錠で始めて、余裕が出来たら徐々に設備を充実させましょう」


アイリスの無邪気な笑顔はいたいけな子供そのものだ。きっと生まれ育った環境のせいでこのようなことになってしまったのだと自分を納得させ、ロードリックはもう一度彼女の手を握る。そんなアイリスはにこにこしながら将来の展望を語った。


「私、永遠に同じ部屋が続く建物とか作ってみたいの!」

「そ、そうか。まあ我が城は広いからな。我のプライベートな中庭に、次元を歪めて造っても…」

「ちなみに暗号が解けなかったら、備え付けの罠で惨たらしい死を迎えるわ!」

「絶対造らないでくれ」


断固として拒否をする。そんなふたりに、横から控えめな声がかかった。


「魔王様…」

「あの、そのお嬢様は一体…?」


角や鱗、蹄の生えた異形の者たち。全身が液体状も者もいる。皆、彼の部下である。突然現れ魔王の職場見学をしている幼女に、皆戸惑いを隠せない。


とりわけ気になるのは、自分の上司とどういった関係なのか、その一点である。隠し子や誘拐説、まさかの恋人説がまことしやかに囁かれていた。彼らのボスがかなりの良い歳であるにも関わらず独身である為に、あらぬ嫌疑をかけている。実際は気合の入った女性不信なだけである。


そんな犯罪者予備軍にされているとは夢にも思わないロードリックは、言いづらそうに事の顛末を口にする。


「彼女はその、違う世界から来たのだ」

「は…!?で、では<召喚の杖Ver.4.0>で…!?」


やっぱりクソアプデだったかと皆が皆思う中、アイリスは首を傾げ口を開く。


「ロードリック。この方々は?」

「四天王に中ボス…我が城を守る頼もしい精鋭たちだ」


ロードリックは胸を張って紹介する。これまで様々な危機を協力しながら乗り越え、そして今も辛苦を共にする、彼の自慢の部下である。


「魔王様…」

「そんな、ボスこそ我らの誇りですよ…」


彼らも鼻の下を擦りながら、照れくさそうにそう言う。そんな互いの絆を確認し合う、ほんわかした雰囲気の中、無情な声は響く。


「うーん。弱いわね…」


言いながら、声の主は部下の腿を辺りをぺちりと叩いた。


「…アイリス?」

「あなたの部下、あんまり怖くないわ。これじゃあ腕に覚えのある人は、『逃げなきゃ!』よりも『戦いたい!』って思っちゃう」


恐ろしげな容姿を自負する彼らにとっては、到底捨て置ける言葉ではない。むっと口を尖らせる。


「何を…」

「人間に似た形で思考の読めないモンスターがいちばん怖いのよ。子供を食べるピエロとか人の顔の皮で作った仮面を被った殺人鬼とか、四肢が変な方向に曲がってる顔のない看護師とか」

「えっ…子供食べるの…?」


ドン引きである。紹介したモンスターの写真を渡された彼らの顔面は蒼白になっている。アイリスはうんうん悩みながら、のんびり先を続けた。


「それに比べたらビジュアルが弱い気が…。あなた、はらわたとか出せる?」

「無理だから」


部下に対する無茶ぶりを、ロードリックはそっと止めておく。


「あと、本能の赴くまま人間を襲える生き物関係は鉄板ね。もしよければ、軍用兵器として開発された殺人ピラニアとか、電流で狂暴化したミミズとか連れてきましょうか?」

「よくない」

「とりあえず比較的飼いやすそうな、脳が肥大化したサメを手配しておくわね」

「絶対飼いづらいからやめて」


残念ながら、彼の必死の懇願をアイリスは聞いていなかった。マイペースに鎧や装備を確認し、ぷりぷりと怒り出す。


「それより問題はこれよ!人間と戦うのに斧や弓?」

「それはそっちの界隈にもあるだろう?観たことあるぞ。仮面を被った殺人鬼に追いかけられるホラー映画」


彼としては本意ではなかったのだが、夜中にやっていてたまたま観てしまったのである。ちなみにその後彼は自部屋の鍵を付け替えた。


そこで見た悪役はナタや斧で応戦していた。けれど地元の事実を突き付けられても、アイリスの顔は晴れない。


「うーん。相手が丸腰の素人ならそれで良いけど、武器を持ってる上に訓練された人間でしょう?支給する武器としては心もとないと思うの」

「えー…。けど人間相手にあんまり凄い武器使うのも…。我ら魔族の誇りもあるしなあ…」

「なら尚のこと、こっちが圧倒的優位に立たなきゃ。催眠ガスを積極的に使って、麻酔科医も雇いましょう」


どうやら年上だと言うのは本当らしい。ロードリックが口では一向に勝てる気配がない。アイリスはずんずん話を進める。


「そして実際に武器として使うのは、チェーンソーかクロスボウあたりが良いかも」

「……」

「あとはドリル、芝刈り機に巨大扇風機の羽根、ミキサー…。やっぱり実用性と恐怖感を考えると回転系が強いわね。罠にはワイヤーやレーザー、トラバサミなんかの切断系がおすすめよ」

「……」


ロードリックは既にお腹いっぱいである。聞いているだけで痛い。彼女から完全に手を離し、怯えながら聞いた。


「ホラー映画の幼女って、こんな感じなの…?」


なんかこういう物騒な感じ、と言いかけて呑み込む。


「いいえ!ホラー映画の少女の役割は幅広いわ!」


アイリスは生き生きとした表情で振り返った。


「時に化け物だらけの画面に癒しを与える存在として、時に悪魔に取り憑かれた恐ろしい敵として、時には幽霊船での案内役、主人公が復讐する理由付けとして娘役なんかも最適ね」

「へ、へえ…」

「ちょっと大きくなれば思春期と重ねて、魚に変態したり食人に目覚めたりして主役を張ることだって可能なんだから!」


彼女の仕事はホラー映画の少女役。誇りを持って胸を張る。


「ちなみに私が好きなのは、一見人畜無害だけど実はすべての原因だったラスボス系幼女かしら。サスペンスホラーに多いわね」

「そうか…」


神妙に頷きながら、ロードリックは思った。


(帰ってほしい…)


召喚した少女は、可憐な容姿に反して大変物騒だった。このままでは、彼は芝刈機に乗ってここを徘徊せねばならなくなる。恐ろしいペットを愛でなくてはならなくなる。


それに、現在人間の襲撃には困ってはいるが、えげつない仕打ちをするほど恨んでいる訳ではない。今後、和解する道もあるかもしれない。


(丁重にお断りして、アイリスにはどうにか帰ってもらおう…)


先程とは違う意味でそう思う。


「魔王様!」


そう決意する彼の元へ、部下の1人が駆け込んできた。息を切らし、1枚の文書を差し出してくる。


「人間側が、陛下に対して懸賞金を懸けました!」

「何…!?」


幾度となく危機に晒された魔王は、これまで何とか持ちこたえてきた。その理由は、襲撃する人間が動機が不純なごろつきのような連中ばかりだったからだ。


だがしかし王国に正式に指名手配された今、人間達は以前にも増して押し寄せることになるだろう。この城を攻略されるのも時間の問題だ。


「和解のために文書を送ったばかりなのに、この仕打ち…!我らは何の危害も加えてはいない…!それなのに、こちらに資源があると見ると否や、何もかも毟り取ろうと…!」

「ロードリック」


絶望し悲嘆にくれる彼の元に、優しい声が掛かった。ロードリックの肩にはそっと、小さな手が置かれる。


「ホラー映画にはね、何よりも恐ろしい存在がいるの…」


彼女は悟りきった表情で先を続ける。


「そいつらはどんな映画にも居て、いつだって悲劇の原因を作る。そしていざ惨劇が起きれば殺し合い、正義の為だと言ってあらゆる手を使う。それでも尚、何度も同じ過ちを繰り返す…」


顔を上げるロードリックに、アイリスは言った。


「それが人間よ」


かくして魔王城ホラー化計画は始まった。







「うーん。良い悲鳴ね!」


半年後。魔王城の執務室。アイリスは机に向かっていた手を止め、のんびり伸びをする。開放された窓からは、爽やかな風と悲痛な叫び声が差し込んでくる。


「悲鳴が響けば響くほど、良い宣伝にもなるし」

「アイリス」


扉を開けてロードリックが現れた。


「この前のアンケートの結果が出たぞ」


彼の手元には紙の束。先日実施した、魔王城の従業員満足度調査の統計である。総合数値、平均値共に折れ線グラフは右に行くにつれて上がっている。それを確認して、アイリスはにこにこと微笑んだ。


「それは良かった!職場環境が変わってだいぶ安全になったのと、定時に帰れるようになったもの。財政にも余裕ができて給与も上げられたわ」


人間達の襲撃は未だ、定期的に続いている。それでも安定して装備品や金貨を回収できるようになった為、設備投資や差し引いても余裕があった。


「まだ、清掃スタッフのメンタルケアとか課題はあるんだけど」

「ああ…。我も結局何故か民家に暮らすことになったしな…」


ロードリックが呟く。彼は最近、住居の引っ越しを余儀なくされた。魔王城を改装してから四六時中悲鳴やら物騒な音が聞こえるようになった為である。恐ろしくて到底住めたものではない。


(だがしかし、助かったこともまた事実…)


冒険者達が魔王の間にまで辿り着けなくなり、夜中に叩き起こされる事態はなくなった。ストレスから来る胃痛も減り、離職率もまあまあ低い数値で安定した。部下がたまに人喰いナメクジに齧られているが、それはご愛嬌である。半年前と比べだいぶ顔色の良くなったロードリックは、王らしく口を開く。


「我も魔王だ。アイリス、これまでの礼だ。我が何でも叶えてやろう」

「何でも?」


ぱちりと瞬きを返してくる。


「い、痛い系や夢でうなされる系はだめだぞ」


慌てて補足しておく。それでも今の彼はひと味違う。すぐに姿勢を正し胸を張る。


「まあ今更何を言われても、そうは驚かないがな」


このビジネスパートナーを召喚して約半年。彼女には何度驚かされてきた。最近はピタゴラスイッチ式で最後に人が死ぬ装置を作ろうと言っている。けれどそんな彼女と付き合ううちに、恐ろしい職場で働くうちに、彼にもちょっとだけホラー耐性がついた。


「うーん…。欲しいものと言うより、なりたいものだけど…」


アイリスの声が響く。くるくる動く大きな瞳が、1ヶ所でぴたりと止まった。


「私、宙に浮いたり透明になったり、色んなことをやってきたけど、ひとつ、どうしても叶わなかったことがあって…」


片眉を上げるロードリックに対し、手を合わせ微笑む。


「お嫁さん…」


赤く色付く頬。青の瞳はほのかな憧れで輝く。最後に照れ隠しのように笑って、手を振った。


「ほら。私、見た目だけは子供だし。こっちの業界も、そういうところは厳しいのよ」


アイリスは照れ臭そうに補足する。けれど、ロードリックはそれどころではなかった。


「っ…!」


彼の女性不信は前述したその通りだが、それは長年交際したサキュバスに求婚した際に、「結婚とか重い」とこっぴどく振られた経験から来ている。いやそもそも付き合ってねーしとまで言われた。


そんな彼は人一倍、恋愛に対する警戒心が強い。だがしかし一生の不覚である。普段あれほど残虐な言葉を垂れ流すアイリスからふと出た返事は、あまりにも可愛いものだった。つまるところギャップ萌え、その一言に尽きる。


「ロードリック。誰か、私を嫁に貰ってくれそうな人を知らない?」


そんなこんなでふたりは城からちょっと離れた民家で仲良く暮らし始めた。少しばかり様相の変わった魔王城には、今日も元気に悲鳴が響く。

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