7
「ふぅぅ、久々に上手いやつとやれて楽しかったよ」
カウンターの後ろの棚に置いてあるボトルをロックグラスに移し、嗜むマスターが満足そうに語る。
突然始まった一戦は1対3で、マスターの清々しいほど圧勝だった。
「いやいや、依月さんの一人勝ちじゃないですか、負けたやつだってミスショットみたいなものだし」
少し呆れた口調で、しかし賛辞を贈る沙華さんに同意である。
「にしても、この子案外下戸なんだね……」
「ですね、私も初めて知りました」
谷川さんと私はその間の席でカウンターに突っ伏して動かない冬馬さんを見て、少し心配するそぶりをみせる。
「まぁ、とりあえずは水置いてるし、意識もあるから大丈夫だろ」
「もう!依月さんが煽って飲ませるのが悪いんですよ」
マスターの楽天的な発言を咎めるように少し怒る沙華さん、どうやら、このお店の実質的な主は沙華さんであるように思った。
「そいや、改めて、二人はどういう関係なんだ?付き合ってんのか?」
改めてのマスターの質問の真意がわからず押し黙る。
もしかして、何か疑われているのかも知れないが、私にはそんな強い感情を感じない。恐らくただのしつこい野次馬のようなものだと思うし、このまま押し黙っても不審がられると思い。適当にホラを吹く。流石に「二日前の夜に殺し合いました~」
なんて言った日には、いくら事実だとしても私は正気を失った残念な子の目線で見守られること請け合いである。
「別に、マスターの考えてるような関係じゃ――」
「依月でいい。マスターって柄じゃねぇってのはお前さんもわかるやろ」
(マスターなんかじゃねぇよ。依月だバカ)
と、突然の強い感情と強い口調に遮られ、最後までホラを吹ききれず立ち消える。
「いや、悪かった。けどまぁ、依月さんとかにしてくれ」
少し驚く私と、バツの悪そうな顔で訂正する依月さんを眺めておかしそうに笑う沙華さんはこっちによって耳打ちする。
「あの人、ああ見えて照れ屋だから」
と、少し弾んだ沙華さんの声からはどこか、寂しそうな感情の色が乗っていた。
それは、私が抱えたことのない感情で、
それはきっと恋慕の萎んだ後の芽の色で、だったからこそ、依月さんのことをよく知っているのだろうということは感じ取れたし、簡単には触れられないものだと察したのだ。
「好きだったんですか?」
「まぁね……。結局はいろいろあって、どうにもならなかったけど、藤乃ちゃんは大丈夫。多分ね」
わたしのストレートな決めつけともいえる質問を肯定し、私にも春が来ると大人な回答で、不躾な質問をした私が恥ずかしいと共に、ふと思う、今まで偽りの春を
所詮、男なんてものは性欲が服を着て歩いているようなものだと思っている私に、そんな夢現の事が起きるのだろうかと自嘲気味に考える時だった。
「うっぅ……」
「冬馬さん、大丈夫ですか?!」
「あ、ぁぁ……」
なにやら、よく分からない液体を理科で使う試験管のような入れ物で3杯ほど飲んで動かなくなっていた冬馬さんが起きたのだ。
私は手元にあったグラスを冬馬さんに差し出した。
「グラス持って、これ、飲んでください」
「あぁ、ありがとう……」
私にお礼を言って一杯分の水を飲み干した冬馬さんの顔色は、先ほどよりは少し良くなっていた。
「じゃあ、冬馬さんも起きたし、お会計をお願いします」
「もう、もらってるよ」
「えっ?」
依月さんはそう言って小さな瓶をそのまま傾け、お酒を嗜んでいる谷川さんを指した。
「まぁ、いろいろ面白かったから、そのお礼。気にしないで、あと、その子にもう女の子の前で恥かいちゃだめだよって、伝えといて」
どうってことないと言うように、相変わらず一定のペースでお酒の瓶を煽る谷川さん。私だけじゃなくて冬馬さんのことまで心配しているようだ。
しかし、そうはいっても気になるのが人の心というものだ、いや、そこまで真っ当に生きて来た自信はないけど……。
とにかくお金は返そうとしてる時だった。
「横の彼、危ないよ」
「ふぇっ?」
谷川さんが指摘したのと同時に私の膝に衝撃。
膝に冬馬さんが倒れて来たのだ。
「とっ……」
焦って彼の名を呼ぼうとして辞めた。
気持ちよさそうに寝息を立てる冬馬さんを邪魔しようなんて思えなかった。
「どうする、タクシー呼ぶかい?」
小声で私に問う、依月さんに対して首を縦に振る。
私が静かに頭を撫でる冬馬さんは、遊び疲れた子供のようで、ほんの少しだけ愛らしく感じてしまったのだ。
結局、タクシーが来るまでの間、冬馬さんが起きることはなかった。
その後、家に帰った冬馬さんに事の顛末を聞かせ謝り倒されたのは、また別のお話。
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