第17話 まるでアナタは欲に塗れた獣のように―6


「逃げないでくださいよ。当ててしまうかもしれないじゃないですか」


 俺が教会の庭に出ると、ルミナがそんなことを言いながら憧憬の炎をシンクに投げつけていた。

 シンクは腰を抜かして尻もちをついた状態で後退りをする。


「ストップ! ストーップ!」


 俺は咄嗟にシンクを庇うように立ち、ルミナと向かい合う。


「先輩、なんでその女の味方をするんですか?」

「別に俺はシンクだけの味方をしている訳じゃない! 頼むから攻撃を止めてくれ!」

「だけど、その女は先輩が傷つく原因を作りました。その女とあの男には同じくらいの苦痛を味わわせければ気が済みません」


 あの男というのは俺を刺したアランのことだろう。

 ルミナは冗談で言っているような様子でもなかった。


「それでも、今は駄目だ! ここは教会だぞ! お前が捕まってどうする! 捕まったら俺と一緒にいられなくなるんだぞ!」

「…………それは狡いですよ先輩」


 ルミナの手から青い炎は消えた。

 彼女は俺を引き合いに出せば強くは出られないはずだ。

 少しずつではあるが、彼女の扱い方が理解出来てきた気がする。


「ツヅリ君……ありがとう……」


 シンクが立ち上がって俺に礼を言った。

 見たところ、シンクの身体に外傷らしきものはないようだ。


「……いや、お前、腕に怪我してるじゃないか」


 俺はシンクの右手首に刃物で切られたような傷があった。


「あっ、これは……」

「隠そうとするな! 止血してやるから!」


 上着のポケットからハンカチを取り出した俺はシンクの右手首にそれを巻きつけて出血を抑える。


「ええと、消毒消毒」

「だ、大丈夫……私、回復魔法で自分の傷も癒せるから……」


 シンクが右手首を握りしめてしまったため、俺は手を出すことが出来なくなる。


「そうか。……悪い。おせっかいだったな」

「ううん。寧ろ……私は嬉しかったよ。こんな傷でもあなたは心配してくれるんだね」


 シンクは俯きながら、ほんのりと頬を赤らめた。

 一方、俺とシンクのやり取りを見ていたルミナは面白くなさそうな様子をしている。


「ほら、ルミナも怪我はしていないか?」


 俺はルミナに尋ねて彼女の左頬に触れる。

 突然のことに驚いたのか、ルミナは目を見開いてビクリと身体を跳ねさせる。


「あっ、ごめん……」


 ルミナの反応に堪えた俺は伸ばした左手を引っ込める。

 相手はルミナとはいえ、童貞の俺には女の子の肌に触れる行為はあまりにも難易度が高かったのである。


「いえ、別に嫌ではないのですが、私、こういうのは慣れていないものですから、身構えてしまって……」

「そ、そうだったのか。だけど、お前、今まで散々俺の腕に絡みついてきたりしていただろ」

「攻めは得意ですけど、受けはそれほどでもないのです」

「なるほど……」


 ルミナは案外、押しに弱いタイプなのかもしれない。


「えっと……ルミナ……さん? ……ルミナさんはツヅリ君の恋人……だったりするのかな?」

「はい。そうで――」

「断じて違うぞ」


 ルミナの肯定を俺は即座に否定で切り伏せる。


「ルミナがどう思っているのかはともかく、俺はコイツの恋人なんかじゃない。……浅からぬ縁があることは確かだが」


 残念そうな表情をするルミナとは対照的に、シンクの表情は明るくなる。


「そうなんだ……そうなんだ……じゃあ、私にもまだ……」

「何をブツブツ言っているんだ?」

「な、なんでも……ないよ……」


「おーい、痴話喧嘩は終わったかね?」


 俺とシンクがそんな会話をしていると、ザレンが物陰から出てきた。


「ザレンのおっさん、いつまでも来ないと思ってたらずっと隠れていたのかよ」

「子供の喧嘩で大人が真っ先に首を突っ込んではちゃんとした解決にはならないからな」

「申し訳ありません、ザレンおじ様。私がやりました」

「知っている。終始見ていたからな。だか、今回は誰も大きな怪我をしていないようだし、お咎めは無しとしよう」

「ザレンさん……ありがとうございます……」

「礼には及ばん。シンクちゃんも孤児院のマザーが心配しているだろうから気をつけて帰りなさい」


 それから、ザレンの登場によってその場は収められ、俺たちはそれぞれの帰路につく。


「……ルミナ、ちょっといいか?」

「どうしたんですか?」


 俺とルミナは猫屋敷までの夜道を歩いていた。


「俺、気を失っている間に、お前と出会った日のことを夢で見たんだ」


 俺が夢の話題を持ち出すと、ルミナは神妙な面持ちで俺を見つめる。


「覚えていないか? 俺とお前は一緒のバスで帰った時が何度かあっただろ?」

「ええ、覚えていますよ。私がまだ小学生だった頃の話です」

「でも、お前とはいつの間にか合わなくなったよな」

「あれは塾を辞めたからです。それに進学した中学校も違いましたから」

「ということは、お前と再会したのは高校に上がってきてからか」

「いいえ、それまでもずっとずっと、先輩のことは遠目から見守っていましたよ。どこの高校に進学したとか、どこに住んでいるとか、好きな食べ物は何かとか、何時に登下校するとか、たい焼きはしっぽから食べることとか、私、先輩のことなら結構詳しいんです」

「怖えぇよ。俺のプライバシーどこにもないじゃないか」

「因みに私もたい焼きはしっぽから食べる派です。私たち、気が合いますね」

「二択しかないから恐らくお前と気が合う奴は他にも全人類の半分くらいはいると思うぞ」

「頭としっぽの二択だけだと誰が決めたんですか。背びれ派や真ん中派もいるのでその理屈はおかしいです」

「……確かにお前の言う通りだ」


 こうして、ルミナについて俺は少しだけ詳しくなるのだった。

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