第19話 まるでアナタは恋に恋する乙女のように―2
「何をする気なのよ、そこのアンタ!」
ラビィが怒り声を出してフィラを睨む。
「動かないで! アタシだって戦いたい訳じゃないんだから! ただ、そこのツヅリって人は見つけ次第連行しろって言われているんだよね……」
「俺が何をしたって言うんだ!」
「悪いね。君がルミナの行方不明に関わっているのは明白なんだよ」
「そうは言われても、そもそも俺たちはルミナによってこの宿に半ば捕らえられているようなものなんだ!」
「ルミナに捕まっている? ……なんだか聞いていた話と違うような――」
直後、俺と対峙しているフィラの背後から玄関扉の開く音がする。
「ただいま戻りました先輩♡ ご心配をおかけしてすみま――おや?」
前触れもなく唐突に帰ってきたルミナが、玄関先で睨み合う俺とフィラを見て訝しげな表情をする。
@ @ @
「――と、言う訳で、俺たちはお金がないこともあって、ルミナが買収したこの宿屋で寝泊まりすることになったんだ。分かってくれたか?」
「そうだったんだ……。ごめんね、事情も知らずに剣を向けちゃって」
それから、俺はルミナに仲立ちをしてもらってフィラに事情を説明した。
フィラは納得してくれたようで、申し訳なさそうに謝ってくる。
俺とルミナが隣り合わせで座り、フィラはテーブルを挟んで俺たちと向かい合わせでソファに腰掛けていた。
ラビィはルミナの膝の上に座らされ、彼女はルミナから人形のように抱きしめられ、恐怖で真っ青な表情になっていた。
「気にするなよ。誤解だけで俺が傷つけられたということでもないんだから」
「私としては迷惑です。私は先輩と順調に愛を育んでいるというのに、何をしに来たんですかアナタは」
「いやいや! あんたを探しに来たんでしょうがルミナ! お姉さんが心配してたんだからね! というか、愛を育んでいるってどういうことなの!?」
フィラはルミナに対して砕けた態度でツッコミを入れる。
「言葉通りの意味です。私は先輩とここで暮らすと決めたんです。例え、姉様の差し金であろうと従うつもりはありません」
だか、ルミナは隣に座る俺をちらりと見てそう言い切る。
「おいルミナ、お前、家出していたのかよ」
「……仕方がなかったんです。お父様やお姉様は恐らく先輩と私が付き合うことを認めてくれるとは思いませんから」
「昨日はいつかお父様にも紹介したいとか言っていたじゃないか」
「それはそうですけど……先輩の魅力は凄く伝わりづらいのです。なので、しばらく時間をいただきたいです」
ルミナの言い分を聞いてフィラは自らの頭を掻いて難しそうな表情になる。
「いつかちゃんと帰るってことならアタシからもそう伝えておくよ……君についてはアタシも知らない訳じゃないし」
「そう言えば、なんでフィラは俺のことを知っているんだ? これが初対面だろ?」
「昔からルミナが君の話をしていたんだよ。それはもう、うんざりするくらいの惚気みたいな話ばかりだったけどね。もちろん、誰もその話を信じてはいなかったし、アタシも今日まで君が実在しているなんて思ってもいなかったよ」
「なるほど。前世の記憶からあることないことをフィラや家族に話していやがったんだな」
「先輩に対する私の愛は全て事実ですよ」
「お前は少し黙っていてくれ」
ルミナは渋々俺の言いつけに従って口を閉ざす。
暴走しやすいルミナだが、俺の言うことは聞いてくれるため、制御が難しくないのは救いである。
「お茶をご用意いたしましたわ〜」
そんな時、女将さんがティーセットとお茶菓子をトレイに乗せて運んできた。
女将さんが用意したのはクッキーと紅茶で、ルミナ、俺、フィラの順に湯気の立つ紅茶をカップに注いでいく。
「それでは、私は裏に引っ込んでいますので、何かご用件がありましたらお呼びつけくださいませ」
女将さんはそそくさとキッチンの奥へ引きこもってしまった。
「えっ、あの人は?」
「この宿の女将さん。数日前にルミナから宿を買収されて今はルミナの召使いみたいな感じになっている」
「宿一軒を買収!? ルミナはお金の使い方がバカなのかな!?」
ルミナは顔をしかめるが、反論はしなかった。
「……まあ、今回はアタシもこの辺りで帰らせてもらうよ。正直、色々なことに衝撃を受け過ぎて頭が追いついていないんだ。取り敢えず、君のことは覚えたから!」
「もしかして、俺、お前から嫌われているのか?」
「別に嫌っているという訳ではないよ。話してみた感じ、意外とまともそうな人だったし、寧ろ、誤解をしていた分、これから仲良くなりたいな」
フィラは俺にウィンクをして緩く笑みを浮かべる。
そのウィンクに思わず俺の心はときめいてしまった。
フィラからはルミナやシンクと違い、陽キャの性質を感じる。
「先輩、鼻の下が伸びてますよ」
ルミナが面白くなさそうな表情で言った。
「じゃあ、アタシは行くね。ツヅリン、今度は友達として会いに来るからヨロシク!」
「ツヅリンって俺のあだ名か!?」
フィラは俺たちにニッコリと微笑んで宿から立ち去った。
俺はどっと疲れた気分になってため息を吐く。
「なんでもいいけど、私を早くおろしてくれないかしら?」
そんな中、青ざめた顔色のラビィが俺に泣き出しそうな目で訴えてくる。
ラビィは以前ルミナに締め上げられたことが余程深いトラウマになっているのか、ルミナに接触されると途端に大人しくなるようになっていた。
「さっきから気になっていたんだが、なんでルミナはラビィをずっと抱きかかえているんだ?」
「それはラビィちゃんが私の娘だからですよ」
「「!?!?」」
俺とラビィは同時に驚いて目を丸くする。
「待って! どうして私がいつの間にかルミナの娘になっているのよ!」
「だって、ラビィちゃんは先輩の娘ですから、私の娘も同然です」
「意味分かんない! ちょっとツヅリ! 何を変な説明してくれているのよ!」
俺はラビィにもの凄い目つきで睨まれた。
「大丈夫ですよ、ラビィちゃん。私が亡くなったお母さんの代わりに沢山愛情を注いであげますからね。私こそが新しいママですよ」
「嫌ああああっ! なんでこうなるのよおおおおおっ!」
ラビィの絶叫が響き渡るのだった。
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