第200話 とりあえず俺はここでリタイアらしいから、ここで子供たちを応援するしかない。

光が晴れて目の前に神殿の床がある。

「ツネツギ!!」

ルルの声がする。


「ぐぁぁぁ………………………………っ…………」

痛みでまともに声が出せない。


「ルル!ツネツギはジョマと戦っている。

触っちゃダメだよ!!」

「だがあんなに苦しんでおる!」


「神様、ジョマの言った事は本当?」

「ああ、死ぬ事だけはない。5時59分までこのままで6時までの1分で再生が終わる」


よし、ジョマの奴、約束は守ったな。

「…よぅ……」

「ツネツギ!」

ルルが大号泣で近寄ってくるのがわかる。


「……く……ん………な!!!」

「ツネツギ!?」


触られたら負けになる。

今はとにかくやる事をやる。


「負け……らん…ねぇ…………」

俺はそのまま、ルルの部屋まで這いずる。

1センチ動くだけでもあり得ない痛みが襲う。


何分過ぎたのだろう?

まだ数分か?

もう1時間くらい過ぎたか?


痛みに慣れる事は無いが、口くらいなら開く気がする。

とりあえず千歳に頼まれた用事を済まさないとダメだ。


「キ…ヨ…ロス……………」

「何?ツネツギ?」


「ち…とせ…から……………だ………」

話すって辛い。


「…そ……備えろ………」

あ、もう無理。

少し休む。

休んだら前に進む。


「チトセが僕に備えろと言ったんだね?

わかった。

僕は僕でやる。

ありがとうツネツギ。頑張って!」


キヨロスの足音が遠ざかる。

…千歳とキヨロスは何を理解し合っているんだ?


少し休んだ筈だ。

俺はまた前に進む。


あー…、きっと床とか血塗れだよな。

掃除大変だよな…。


「…床……わり……汚…そう…じ………」

「バカ、そんなの気にしなくていいんだよ。負けんな!!」

ジチが涙声でそう言う。


その後も少し休んで少し進んでを繰り返す。

今がどのくらいとかもうわからん。

だが何がなんでも6時前にベッドにたどり着かないとダメだ。


「ル…ルル……」

「ツネツギ?なんだ!?」


「今…………何……時だ?」

「!!?」


なんだその反応は?

嫌な予感がする。


「ル……ルル?」

「もうすぐ正午だ」


!!?

3時間でこれだけしか這っていないのか?

後6時間でベッドなんて夢のまた夢だ。



クソ


ジョマの奴、そこまで読んでいたな…


俺は全身に力をいれる。

それだけで激痛。

それだけで意識が飛びかける。


だが負けん。


「ぐぁぁぁっ」

「ツネツギ!」


俺は必死に立ち上がる。

足を前に出す。

たったそれだけの事がキツい。

一歩…

二歩…


足が床を離れるたびに激痛が走り、床に着くたびに更なる激痛が走る。


「ぐぁぁぁっ」

力の抜けた俺は顔面から床に倒れ込む。

それがまた痛い。


「ツネツギ!!無理をするな!!」

「…へ………二歩…、進ん…だ……」


だが休んでなんかいられない。

「早く……ベッド……、時間……」


「無理をするな!!たとえジョマとの勝負に負けても誰もお前を責めぬ!」


「だ…ダメ………だ…………」

俺はその後も力を振り絞って前に進む。



8回くらいだろうか、倒れた。

もうすぐ20歩になる。


「ルル…」

俺はこの頃には激痛の中しゃべる事も上手くなっていて、ルルの名前を簡単に呼べる。


「なんだ!?どうした!?」

「声…………、聞き…た…かった…、やる…気…出る…」


「もう良い、無理をするな!

これでは勝ててもおかしくなってしまう!!」


そう言われて止まれる訳はない。

俺はその声を無視して歩く。


「ルル…時間…」

「1時半だ」


本格的にマズい。

俺は立ち上がると前に数歩ほど歩き、倒れそうになると前に飛び出す。


「ツネツギ!!」

ルルの涙声が頭に響く。

それすら激痛でたまらない。



「無理をしないでくれ!!」

「間に……合わ……せない…と……」


「くっ、わかった!ジョマよ!!」

「……ルル……?」


「私はツネツギの妻だ!私にツネツギを支えさせてくれ!!」

!!?

やめろ、ジョマにそんな事を言ったらどうなるかわからない。


「だ…ダメ…だ…。俺…だけ…で…いい」

「いい訳あるか!!一緒に耐える!私がお前を支える!!」


ジョマは聞いていた。

そして声だけが聞こえる。

姿は見えない。


「ルル様、本気?」

「ああ、今のままだとツネツギは間に合わない。私が手伝う」


!!?

それもジョマの作戦か?

ルルも巻き込む。


くそ、思い通りにさせてたまるか。

俺は必死になって床を這いずる。

這って這って前に進む。


「…っ…っ……………っ」

「やめよ!!私が支える!!」


「だ………ダメ…だ…、………ルル…の行動…………もジョマの………思い通り………だ」

「それがどうした!!見くびるな!私とてわかっている!!それでも支えるのだ!!」


ルル…


「ふふふ、そう。私はルル様の介入も見越していたわ。

ルル様、支える時は肩を貸してあげてね」


「………そう…する…と…どう…なる…?」

「ツネツギ様の痛みの30%がルル様に行きます」


!!!?


「ダメ…だ!!」

「大丈夫、触っている間だけですよ」


「ああ、やってくれ!!」

「ルル………」


「安心しろ、私が見事に支えてみせる」

そう言ってルルが俺の肩を支える。



「あぁぁぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」

「ルル!!」


「…これ…が、ツネツギの痛み…なのだな…マリオン、大丈夫だ」

そして数歩一緒に進む。

俺の痛みはさっきより和らいでいるが、それは暗にルルに肩代わりをして貰っている証明でしかない。


「くぅぅぅぅぅぅ…っ」

ルルが辛そうに声を漏らす。


「ツネツギ、何という顔をしておる。前を見よ!歩みを進めるぞ!!」

俺はその手を振り切って地べたを這いずる。


「ツネツギ!!」


ルルと離れると痛みが増す。

よし、俺と触れなければルルに痛みはない。


俺が地べたを這って行けばいい。


「馬鹿者!!

マリオン!紐を持ってきてくれ!!

ジョマよ!マリオンが私とツネツギを縛る事を認めろ!!」

「認めるわ」


ジョマの奴、何が何でもルルを巻き込むつもりかよ!?


「良し、マリオン!二本だ。胴体と手を結ぶ!!」

「ルル…」

マリオンが泣きそうな顔で紐を持ってくる。


「何を泣きそうな顔をしておる?お前たちとてこの状況なら同じことをしたであろう?」

「そうだけどさ…」

そう言いながらマリオンが泣く。


「さあ、その紐でツネツギと私を繋いでくれ!」

「…ダメだ…ルル…」


ルルなら俺の気持ちがわかるだろ?

ダメだ、こんな痛くて辛いことにお前を巻き込みたくない。


「ダメなのはお前だ!私に悪いと思うならさっさと一緒に歩け!!

それとも何だ!?お前は千明のほうがいいのか!?」

「ルル…それ…聞かない…約束…」


「知るか!比べられたくなければ私の愛に応えて見せよ!!」

「…くそ…、痛い…の……辛い…だろ…?」


「一人で苦しむ姿を見せつけられる方が辛い!マリオン!!さっさとこの馬鹿と私を繋げ!!」


「いいんだね?行くよ?」

そう言ってマリオンが俺の胴体とルルの胴体を繋ぎ、二本目の紐で左腕と左腕を繋いでしまった。


「くぅぅぅぅぅぅ…っ」

「ルル!?」


「感謝する…行くぞツネツギ…」

そして俺達は一歩ずつ前に足を進める。


ルルは俺を心配させまいと声を出さない。

だが脂汗が噴出していて辛い事が伺える。


「お母様!!もう少しです!!頑張ってください!!」

メリシアが感極まって泣きながらルルの部屋の扉を開けて大声で声援を送る。


「ツネツギ様!今は4時です。このペースなら間に合いますよ!!」

「そうだよツネツギ!!勇者なんだから頑張りなよ!!」


「ルル!もう少しだよ。部屋の中が見えるよね!?邪魔な椅子はお姉さんがどかすから気にしないで歩きな!!」


もうチャリティ番組の一幕みたいだが、外の事を知っている人間にしか言えないのが残念だ。

それを見ていた他の連中も我慢が出来なくて前に出ては俺達に声をかける。


「後ちょっとだぜ?あの距離を歩けたんだ。自信を持てよな!!」

「そうだよ、君たちはやれているよ!!」


「頑張ってください!!」

「ルルさん!素敵です!」

「ツネツギさん!頑張って!!」


「ルル、ツネツギ、皆の声が聞こえるだろ?後少しだ。辛いけど頑張れ!!」


「ルル……聞こ……えるか?」

「ああ、……聞こえるぞ」


「恥ず…かしい…な……」

「そうか……?………ツネツギは子供………だな?」


「なに?」

「愛……があれば……恥ずかしいどころか……自慢になる」


「マジ……か……」

「ああ、…マジだ」

ルルが俺の真似をしてマジと言う。


部屋の入り口に躓いた俺達は転ぶ。

ルルが顔から落ちて心配をしたが、傷はない。


「安心しなさい。ルル様の傷は全部あなたに行くわ」

「そりゃあ………親切………だな。感謝……する」


ようやく部屋に入った。

後少し…今の歩幅なら後20歩だ…


「あ…」

「どうした…ツネツギ?」

ルルが荒い息で聞く。


「声援が……足り……ない」

「何?」


俺は痛む身体を押して声を上げる。

「東!………ジョマ!!………俺達…夫婦……の仲……を褒め称…えろ!……応援しろ!!」


「何?」


「恥ず…かし…く……ないん…だろ?なら……な?」

「そうだな………くっ…、ジョマ!神様!!私達はどうだ!!?」


「もう、本当に伊加利家には敵わない。お似合いよあなた達。千明様やツネジロウがヤキモチ妬くほどにお似合い」

ジョマが俺達の前に顔を出してそう言って消える。


「2人とも…」

そう言って現れた東は涙目だ。


「泣いて……いる…のか?」

「まったく……。私達はどうですか?」


「ああ、お似合いだ。後数歩、頑張って見せてくれ」


俺達は皆の「後少し」「後3歩」「後2歩」「後1歩」の声に合わせて激痛の中を歩く。


その後は何も言えずに2人でベッドに飛び込む。

新しい刺激、新しい激痛。


「ぐぅぅぅぅぅぅっ!!!」

「ああぁぁぁぁっ…」


2人して苦しんだ後で力なく笑う。


「今、………何時だ…」

「5時20分。成功だよルル!!ツネツギ!!」

マリオンが間に合った事を教えてくれる。


「やったぞ…ルル。勝てた…」

「ああ、私達の勝利だ」


「じゃあ、お2人さん。お姉さん達は部屋から出て行くから残り時間、頑張って耐えてね」

ジチがそう言って部屋の戸を閉めていく。


「ルル…」

「なんだ…喋ると痛い」


「俺も…だ…痛い」

「なら、黙っておれ」





「ルル…ありがとう」

「馬鹿者…感謝するなら最初から頼れ」


「俺は…愛する人間が……辛そうなのが…嫌いなんだよ……」

「それを見ているこっちの気にもなれ。私も辛い」


「それ………ばかりはな……」

そのまま俺達は名前を呼んで痛い痛いと他愛もない話をした。


「さあルル様。時間よ離れなさい」

ジョマの声が聞こえて紐がほどける。


「回復…の時間だ…」

「よく耐えた…見事だ…」


「お前が居たからな…」

そしてルルが離れた瞬間に猛烈な激痛が走る。

全身の傷が治る…骨がくっつく感触。皮膚が繋がる感覚。

そう言ったことで激痛が止まらない。


だが本当に一分もすると俺の身体は再生していた。

「ルル、終わったようだ」

「ああ、酷い見た目以外は大丈夫そうだ」


「ありがとう」

「いや、無事そうで何よりだ」


「終わったー!!?」

マリオンが扉を開け放つ。


「お前…」

「ノックくらいせんか?」


「心配だったんだよ」

と言って無事そうな俺達を見て笑う。


俺達は広場に出て皆に感謝をする。

皆は床にこびり付いた俺の血を掃除してくれていて申し訳なくなった。


「あー、ナメクジが這った後みたいだな」

「必死で気づかんかった」


「ツネツギ」

「東?」


「千明が心配している。一度帰ると良い」

「…それもそうか」


「大丈夫、セカンドの映像はリアルタイムで君の家でも流しておくから。今日も動きらしい動きは無しだよ。ツネノリは修行をして千歳は疲労で一日中寝ていた。夜ご飯の時にようやく起きた千歳は食事を食べて少しだけ剣の練習をしていた。それだけだ。もう向こうは最終日の朝だ。動きがあれば教えるよ」


「まあ、ツネジロウがジョマとの交渉で俺はここでリタイアなんて言いやがったからな。出番は無しか…」

「そういう事だな、さっさと向こうに行って千明を安心させてやれ!!」


そう言ってルルは皆が居るのにお構いなしにキスをしてきた。

「わぁ…」

「大胆!」


「カリン、マリカ!こういう時は気を使って黙るんだよ!」

「「はーい」」


そんないつものやり取りを見て俺は帰り支度をする。


「お疲れ様でした」

そう言って寄ってきたのはメリシアだ。


「ありがとう。メリシア。この先は多分君にも頼ってしまうのだろう。申し訳ない」

「はい、ここから先は私の番です」


「ご両親に何て言って謝ればよいか…」

「父も母も仕方ないって笑って許してくれました。ただ大怪我をするな。傷をつけずに帰ってこいとだけ言われました」


「え?」


「ツネツギ!さっさと行け!千明が可哀想だ!!」

「いや待て!!」


「名残惜しいのもわかるが今日はさっさと行け!!神様!!」

俺はその声で強制的に外に出されてしまった。


…メリシア、親には言ったのか?


余談だが、この後ゼロガーデンに残されたツネジロウは滅茶苦茶ルルに怒られていた。

そして俺は…


「ただいまー」

「常継さん!!」

家の前まで東に送って貰って中に入ると千明が飛び出してきて俺に抱き着く。


「おいおい、どうした?」

「嬉しいから抱き着いたんです!無事に帰ってきてくれてありがとう!!」


「服を脱ぎながら、リビングに行く」

「ご飯は食べられますか?」


「腹ペコだ。朝もあのまま食べなかったしさっきまで瀕死だったからな」


「ふふ、良かった。ちゃんと作っておいたの」

そう言って出てきたのは焼き魚にみそ汁と白米と言う俺の好物だった。


「千明の飯は旨いから帰ってくるのが楽しみになるよ」

「ふふ、そうでしょ?」


「着替えた俺はテーブルに映る映像に気が付く。

東の奴、もう映像をくれたのか?

千歳たちは起きたか?」


「その映像は違いますよ」

「何?」

そう言って俺が見るとそれはさっきまで神殿でヒーヒー言っていた俺とルルの感動映像だった。


…東め…


「北海さんが「心配でしょ?」って言って送ってくれていたの。今は二周目よ」

「何?」


「もう、常継さんはルルさんにばかり甘えて。ちょっとヤキモチを妬いたわ」

「マジか」


千明が滅茶苦茶にヤキモチを妬いてきて大変だった。

まあ、こういう千明もレアなので悪い気はしないんだがな。


とりあえず俺はここでリタイアらしいから、ここから子供たちを応援するしかない。

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