第89話 君の立ち位置はわかったよ。

朝起きると状況が一変していた。

俺は日課になりつつあるスマホでガーデンがどうなっているかのチェックをした。

北海が報酬を参加費に変えて、死んだプレイヤーがイベント終了までログイン不可能になると言う事。

これで消極的になったプレイヤーの動きと、登場した魔物は9匹のビッグドラゴン。

それにより2000人は居たボウヌイの村が壊滅してしまった事。

プレイヤー側にも大多数の死者を出したそうだった。

死んだプレイヤー達はネット上で運営批判を繰り返していた。

不思議と俺や子供たちの批判が無いのは東の尽力だろう。


だがボウヌイの2千人の死者が出た事が何より辛かった。

俺の顔色を察した千明が朝っぱらから俺を抱きしめてきた。


「千明…」

「常継さん…、自分を責めないで」


「何があったか聞かないんだな」

「ええ、聞かなくても私は支えますから」


この千明の間と言うか空気がとにかくありがたく感じる。


「ボウヌイが壊滅した」

「え!!?」


千明も俺とブッキングしないようにガーデンを視察する仕事をしている。

ボウヌイには千明なりの思い入れがあったんだろう。


「千明はボウヌイに仲の良い知り合いは居たのか?」

「はい、スタッフカウンターのハツヨさんとか…私がボウヌイに行くと歓迎してくれて、一緒にお茶を楽しんだりしました」


そう言うと千明は泣いてしまう。

「親しい人が亡くなるのって辛いわね」

「ああ、俺もボウヌイが無くなってショックを受けている。俺がログアウトしていなければまだ救えた命があったかもしれないのに…」


「そんなに自分を責めないで、貴方は気丈に振舞ってくださいね。子供たちも今は実感がわかないと思うけど気が付いた時にショックで落ち込みます」


「…そうだな。気を付けるよ」


俺と千明は暫く何も言わずに抱き合う。


「千明は何も言わないんだな」

「何をですか?」


「いや、東に生き返らせてもらおう…とかな」

「はい。やれるならやっているから。

東さんは私たちの事を一番に考えてくれていますから、出来ないと言うのは仕方ない理由があるからです」


千明は俺達の事を本当によくわかっている。


「済まない。助かる」

「いえ」

そう言って千明はまた少し泣く。


「俺達の子供は俺達で守ろう」

「はい」


俺は身支度を早々に終わらせて出社をする。

玄関には恒例になりつつある北海の出迎えがあった。


「おはようございます。副部長」

「やあ、おはよう。今朝は居てくれないかと思ったよ」


「御冗談を…、副部長こそ殴りかかってくるかと思いました」

「君こそ冗談がうまいね。俺はそんな事はしたくないだけだ」


「とりあえず最初のご質問にお答えしますね。

やった事から逃げたくないんです。

そして自信を持って行動をしたんですから、謝る気もありません」

「そうか…、だからセカンドにこれからも降り立つし、俺たちの前にも出るか」


「はい」と言った北海は真っ直ぐに俺を見る。


「少し、時間貰ってもいいかい?」

「ええ、少しでしたら大丈夫です」


「会議室で待っていてくれ。鞄を開発室に置いてくる」

「わかりました」


俺は開発室に入り鞄を置く。

東が俺を見る。

「話は後だ…、俺は行動してくる」

「ああ、僕は君たちの行動と言うピースから答えを見つけるよ」


俺はすぐに会議室に入る。

手には申し訳程度の缶コーヒーを持つ。


「待たせたかな?」

「いいえ、どんなお話を聞かせてもらえるのか楽しみで時間なんて気になりませんでした」


「缶コーヒー、飲めるかな?」

「ええ、神ですから飲めない飲み物はありません」

北海は俺から缶コーヒーを受け取ると一口飲んで「美味しい」と呟く。

やはりだ…、この女には何か違和感がある。

千歳なら何かわかるのだろうが、俺には違和感しかわからない。


「話と言うか少し質問したくてね」

「どうぞ」


「ボウヌイの件、万一東が手を出して死者蘇生を行ったら君はどうする?」

「…わかっていらっしゃるかと?」


「君の口から聞きたい」

「今のイベントで出す魔物の数を倍にします。

発生場所も倍にします。部長が生き返らせるなら私はその倍を殺します」


「激しい言葉だ」

「そんな事をされたらあの綺麗な世界が台無しですから、それは怒ります」


「ありがとう、君の立ち位置はわかったよ」

「いえ」


「次だ、話の帳尻合わせはしてくれるんだよね?」

「はい。お任せください。副部長は何をお考えですか?部長のプロテクトで私には副部長の考えは読めません」


「そうだったね。簡単さ…多分命を軽んじているプレイヤーは一定数居るだろう。その連中にセカンドに居る命は唯一無二だと説明する」

「命だと?」


「それに近い存在だと言う」

「そうですか、わかりました。副部長のご希望に沿えるように立ち回ります」


「もう一つ、何故このタイミングでルール変更をした?」

「つまらないからです。爆弾で特攻をしかけてくる?回避や防御を度外視して敵を倒す?

そんな事はあの綺麗な世界への冒涜です」

そう言う北海は頬を膨らませている。

…何だろう?

本当に何か違和感があるんだ。

多分、ゼロガーデンで見たあの魔女達が良くなかった、あの魔女のイメージに引き摺られるから俺達はこの女を見誤っているんだ。


俺は「時間を取ってくれてありがとう」と言って部屋を後にする。

「いえ、コーヒーご馳走様でした」と北海は俺を見送る。


開発室に帰った俺は東に「見ていたか?」と聞く。


「ああ、またわからなくなったな」

「まったくだ。やはりゼロで見た北海の使いが良くなかったな、どうしても悪意があると思えて仕方なくなる」


「多分、あの使いは北海に似せた容姿と話し方だけで設定が雑なんだろうね」


なんだろう、雑さとか違和感なく俺の心に入ってくるな…。


「さて常継、朗報だよ」

「朗報?」


「千歳が北海と僕を別々にだが朝食に誘ってきた」

またか…、あのオテンバ娘め…


「どこが朗報だよ」

「いや、朗報だ。

千歳のおかげで北海とは譲歩に成功したし、僕は…と言うか千歳が彼女の目的に気付けた」


そして東から千歳のお願いで巨大ボスが村や街に近づいた時にはスタッフはスタッフカウンターを使って逃げられるようになった話。


セカンドとファーストの死者を限界まで増やしてサードに送らせる事でサードと東の繋がりを強くしようとしている事を聞いた。


「確かに朗報だな」

「そうだろ?」


「俺はこれからルルの元に行く」

「ああ、動きがあれば知らせるよ」

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