第33話 俺は君の気持には答えられない。
俺がガーデンから戻る直前に東から端末に連絡が入った。
「春日井さんに全てを説明した。一度常継と話をしたいと言っている。よろしく頼む」
俺が深くため息をつくとツネノリを抱いて見送るつもりだったルルが「どうした?何か問題か?」と聞いてきた。
「ああ、東…神の奴がこの前言った告白してきた子に俺の事を全部話したって言っている。
そしてその子は俺ともう一度話をしたいと言っている」
「ああ、あの後も熱烈にツネツギに想いをぶつけてきた子か」
ルルは至って普通の表情で俺を見る。
だが、内心は揺れ動いているのは間違いないだろう。
「何度来ても無駄なんだがな、俺はこの世界に居るルルとツネノリを大事にしている。俺は出来る事なら向こうには行かずにこっちにずっと居たいのだがな」
これは本心だった。
あのイーストに召喚されてからの日々、仲間達と…ルルとの日々が今の俺の全てで、そしてツネノリが居る。
向こうの世界に何かを求める気はもうない。
俺が東の力で就職出来ていた事で肩の荷が下りた両親。
無事に志望校に合格をして夢に向かっている妹の御代。
もうこっちの世界で生涯を終えたいと思うようになっていた。
「馬鹿者」
そう言ってルルが抱っこをしたツネノリの足で俺の頭を叩く。
「申し出は非常に嬉しい。私だって本音は一秒たりともツネツギと離れたくはない。
だが、ツネツギは向こうの人間で向こうには気づかないだけでツネツギを必要としている人が居る。それは仕方のない事だ」
「ルル…」
「ほら、さっさと向こうに行って話をして来い。無碍に断る必要は無い。若い娘の真剣な気持は受け止めてやれ」
「ルル…、わかったよ。流石五十…」
「年の話はするな!!今の私は24歳だ!」
俺が唯一出来た冗談をルルは冗談で笑い飛ばしながら蹴りを入れてくる。
ルルに抱かされたツネノリがキャッキャと笑っている。
本当に、何で俺の身体は向こうにあるのだろう。
こっちでルルとツネノリ、カムカ達と居てはいけないのか?
「行ってくる」
「ああ、帰りを待っている」
俺は普段通りツネノリの頭を撫でてルルにキスをしてからガーデンを離れる。
VR装置を外した俺の前に春日井さん、千明が居た。
千明は真剣なまなざしで俺を見る。
「私、全部知りました。東部長に教えて貰いました」
「ああ、東から聞いたよ」
「それでも私の気持ちは変わりません。付き合ってください」
「俺は君の気持には答えられない」
ルルは受け止めてこいと言ったが俺にその気はない。
期待を持たせる方が間違いだ。スッパリと断る。
「私、こっちでの伊加利副部長の支えになりたいです」
「支え?」
俺の心の支えはルルとツネノリだ。
別にこっちの世界にそれを求めてはいない。
「はい!向こうの家族に私は遠く及ばないと思います。それでもこっちで一緒に居て支える事なら私には出来ます。最近ちゃんと食べてますか?顔色が良くないです」
「別に俺はそう言うものは求めてない。食事も最低限食べているし、今は仕事でも食べなければいけないから食べている」
「全部外食なんですね」
「おい」
「わかりました。明日から私が支えます!!」
そう言って千明は帰っていく。
「東…お前、責任取ってくれよ」
俺は辟易としながら東を睨む。
東の奴はニコニコと笑っていた。
それからの毎日は凄かった。
「朝ごはんにお弁当を作ってきました!食べてください!」と言って朝は手作り弁当。
夜は東に家の場所を聞きだして、神の力で複製された鍵を使って家に押しかけてきて夕ご飯を作ってくれた。
「伊加利さん…会社じゃないからいいですよね?
伊加利さんって何か殆ど物のない家に住んでいるんですね」
「ああ、こっちの家は帰ってきて寝るだけだからな。休日も東に無理を言って出来るだけガーデンに帰らせて貰っている。労働基準法とかそう言うものの邪魔が無ければずっと居たいと思っているんだ」
そう、俺はその時は土日もガーデンに帰っていた。
千明のご飯は美味しかった。
久しぶりに美味しい家庭の味を食べたことに気付かされた。
料理が上手な理由を聞いてみたら嬉しそうに「母が「いつでも嫁に行けるように」って仕込んでくれたんです」と言って笑った後「少しは私に興味を持ってくれましたね」と言ってきた。
休日も散々だった。
東が裏で手を回したのだろう。
会社から働き方を改めるからと言って完全週休二日にされてしまった。
ルルもその事は東から聞き及んでいたようで逆に今までが会社の命令を無視して通い詰めていた事がバレて怒られた。
「これからは神様から会社の休みを聞き出すからな!休みの日に勝手に来たら家に入れんぞ。いや、ツネジロウ共々実験に使ってやる!!」
俺は俺でルルとツネノリとの時間が減ってしまい、遂にはツネジロウに嫉妬をするようになってしまった。
そのせいで手持ち無沙汰になった俺の時間にぐいぐいと入り込んできたのが千明だった。
休日も俺の所に来て、アレコレと世話を焼いたり、何もない部屋に家事をするのだからと実費で色々と買ってきて皿だの家具だのを足していく。
一か月もすると、同棲しているカップルの家みたいになってしまっていた。
「伊加利さん、こうなると手狭なので大きい所に引っ越しませんか?」
「何を言うんだか…、不用品はリサイクルショップに持っていくなり出来るだろう?」
そう言うと千明は懲りずに「今度住宅情報誌を持ってきます。一緒に見るだけ見ましょう!」と言っていた。
ある日、千明の作るご飯に慣れてしまった頃、俺は少しだけ気になって千明に聞いてしまった。
「なあ、こんなに通い詰めて親御さんは心配になったり怒ったりしないのか?」
ぱぁっと笑顔になった千明が嬉しそうに「父と母には「仕事人間の副部長に惚れたんだけど、仕事にしか興味のないから全然振り向いてもらえない。でも放っておくと寝食も忘れて仕事をするから支えたい」って言ってあります。父と母は仕事人間が大好きですから応援してくれました」と言った。
…仕事人間…と思われているのか、そんな娘を応援できる親って何なんだろう?
ずるずると千明との日々が続くことが気になった俺は東に苦言を言った。
「このまま行ってもいい事は何もない。神の力で何とかしてくれ」
「そうかい?今の常継は肌ツヤもいいし悪い事は何もないと思うよ」
「東!」
「まあ、彼女はやりたいと言ってやってくれているのだからありがたく受け入れればいいじゃないか?」
「そんな事できる訳が無い!!」
俺は苛立っていた。
恐らく怖かったのだ。
二重生活に順応をし始めていた事が…
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