第23話 提案、ないしは狂言
控室に連行された八人は、真っ暗なモニターを眺めていた。
携帯端末はネットへの通信も制限され、外の情報が入ってこない。
ただ再びアンドロイドの呼び出しを待つことしかできなかった。
「――どうせなら解散になればよかったのに」
沈黙に耐えられなかったのか、九条が吐き捨てた。嫌味を口にしなければ死んでしまうのか、と何人かが思った。が、もう口にしない。面倒だからだ。
「こういうことってよくあるんですか?」
言根は、勇気を振り絞って風坂に尋ねる。
風坂は嫌そうな顔をしつつも、結局は答えてくれた。
「……いくつか前例はある。震災とか、テロ行為とか」
「テロね」須和がぽつりと零した。
「何があったか知る方法はないのか?」
「外部との連絡や通信は禁止だ。……禁止のはずだが」
何を当たり前のことをと風坂は言おうとしたが、視界に携帯端末を耳に当てている女を見つけて言葉を濁す。
「……」
「?」
柏原は七人の視線を一身に受けていることに気がつき、携帯端末をおろした。
「どんな裏技?」
「え?」
登壇前にも見かけた柏原のその姿に、雪永は混乱して尋ねる。
「どうしてあなただけ電話が使えるの?」
「使ってないけど」
「いやいやいや」
きょとんと言う柏原に全員が、誤魔化せるか、おい、だとか唸る。
須和は戸惑いを見せる柏原を見て考えた。柏原が須和を知らないように、須和も柏原をほとんど知らないが、嘘をつく女には見えない。その器用さもないと思えた。
そうして考え、行き着いた結論は。
「……録音音声?」
「落ち着くの」
柏原は頷いた。どうやら、ただ録音された声を聞いていただけのようだ。
「なんだ、紛らわしい」雪永達は安堵と落胆を綯交ぜにして、すぐに興味を失った。
アンドロイドは戻ってこず、八人は手持無沙汰なまま。部屋の壁に寄りかかっていたり、椅子にじっと座っていたり、うろうろ歩いていたり。
そのひとりひとりを観察し、部屋をぐるりと歩きながら九条は口を開いた。
「クローンが二人に、殺人鬼」
雪永が顔を引き攣らせ、柏原は目を瞬かせる。須和はまるで反応しない。
「レジスタンスの身内」
風坂が自身を落ち着かせるように息を深く吐き、
「ひきこもりに」
言根はビクンと身体を強張らせ、
「ありがちな人生の男が二人」
中井谷は舌打ちをし、斎藤は少しだけ眉尻をもちあげ、
「くだらない人生を送ってきた女がひとり」
自棄の言葉を最後に、九条は椅子にどっかり座りこんだ。
その背中が出逢った時よりも随分小さく見えて、柏原は「自分を卑下するのは良くないわ」と優しく声をかける。
「うるさい偽物。……今んとこ誰が外されてもおかしくないわね」
確かに今この場で、自分は絶対に無事だと声をあげられる者はいないのかもしれない。ここに至るまで、勝利を確信する場面も、敗北を予感させる場面もあったろう。
何が基準にされるのか分からず、過度なストレスに彼らは晒されている。
「そう展開させるのが奴らのやり口だ。人類をより良いものにするという名目で、番組中に自尊心や価値観を傷つけ貶めて、強制的な人格矯正を行う。心の無いロボットらしい方法だろ」
そう言ったのは須和である。彼らのやり方を最初から心得ていたのか、大衆の前で正体が明かされたというのに、今はもう平静を取り戻しているらしい。
「彼の言うとおりだ」斎藤が続いた。
「この場にいると我々は、いかにして他者を蹴落とすかを考え始めます。しかし、奴らの思惑通りになってはいけないんです。――皆さん、そもそもおかしいとは思いませんか。このプロジェクト自体が」
実直なその姿勢と言葉の意味を飲み込むのに、暫く時間がかかった。
「え、それ私、説明会で言いましたよね」
「ですね」
言根が混乱したように訊ねると、斎藤ははっきり頷いた。意味が分からない。あの時は言根に酷い言いようだったのだ、この男は。
「くだらない、意味がないって言いましたよね!?」
「ですね」
「はあああ!?」
言根は絶叫した。勇気を出して発した言葉を拒絶されて傷ついたあの時の気持ちはなんだったのか!
彼女のように叫ばずとも、他の面子も同じような気持ちだろう。
しかし斎藤は怯みも臆しもせずに、実直で誠実な男のようにはっきりと声をあげた。
「そうです。僕は今、大変くだらなく、意味がなく、無謀なことを口にしています」
「イカれた?」中井谷が言った。
「一人犠牲にするより、八人で出られる可能性に賭けませんか」
「ハイリスクノーリターンだ! ……僕は選ばれる」
風坂は吐き捨て、自身に言い聞かせるように宣言して椅子に座り、長い足を組みなおす。
「私も。だって、あーるえいちぬる、だもん」
言根も言って、風坂の隣に座った。
この場から八人で出ようとしたとして、実際に八人で脱出するよりも、全員がネックチップを発動させられる可能性の方が遥かに高い。考えるだけで無謀だ。だから誰も斎藤の言葉に取り合わない。
「あんた今一番つまらない人間だから焦ってるんじゃないの公務員さん。目立ったこと何ひとつできてないものね」
「マイナスイメージはないけれど、プラスもない。確かにマジカルナンバー7の方向性を考えれば、彼も候補から外されている可能性は大いにあるわね」
「何ソレ。保身のために適当なこと言いだしたの?」
九条の嫌味に、柏原が素直に思った事を喋り、それを聞いた雪永が侮蔑の表情を向ける。
斎藤は「はあ、そう受け取りますか」とあまり困ってないような顔で、困った風にぼやいた。
『お待たせいたしました。ショーを再開致します。ステージにお戻りください』
エヴァの声がスピーカーから聞こえてくる。
八人は顔を見合わせた。そして斎藤と目が合うと、結局彼を置いて自らの足でステージへと戻るために部屋を次々と出て行ってしまう。
風坂が真っ先に、そして言根、中井谷、九条が続き、雪永もその後に続いていった。柏原も斎藤を一瞥し、そして皆の背中を見比べてから、結局去ってしまった。
斎藤は須和を見る。須和は柏原が部屋を出るのを見届け、その後に続いて歩きだそうとする。その背中に、斎藤は咄嗟に声をかけた。
「君は? まだ保留のままですか」
カサリ、と音を立てて斎藤がポケットから取り出したのはくしゃくしゃになった紙切れだ。返事すら書かれず、捨てられたそれ。アンドロイドに見つかっていたかもしれない。この青年にとってはどうだってよかったのだろう。しかし、今は違うのではないかと、斎藤は踏んでいる。
「……。知ってたのか?」
須和は振り返り、答えず、訊ねた。
「何が」
「緊急ニュース。本当にテロじゃ?」
風坂達はショーの中断理由を知らず、震災もテロも現実的ではないと思っているはずだ。しかし、須和は後者の線はないわけではない、と気がついていた。
「どうでしょう。ここは外の情報が入りませんから」
斎藤の答えははぐらかされたものだと分かり、須和は続けた。
「なんで真っ先に俺に声をかけたんだ。俺が誰か知ってたんだろう」
「ええまあ」
「殺人鬼だから、テロにも反逆にも手を貸すって?」
「いえ。ただ視聴者にとって魅力的に映ると思って。影響力があるかと」
「……」
須和の皮肉も受け取らず、斎藤は素直に思惑を告げる。
沈黙した須和に「で、まだ保留ですか?」と斎藤は返事を急かした。
「あんた次第だ」
「僕」
「他の六人も。六人次第だ。他人が人の生き方を決める権利はない」
須和はそう告げ、斎藤を置いて歩き出す。
「いいこと言いますね」
須和の背中に告げ、斎藤は控室のカメラを一瞥した。
彼の視線を受け止めた、映像向こうの人々は息を呑んだ事だろう。
ステージに戻ってゆく冴えないサラリーマンの携帯端末は、今は彼の手元にない。
『現在電話にでることができません。メッセージを残してください』
定型文の音声の後に残された、妻の声を聞くこともなかった。
『――もしもし、あなた何をしているの。内部映像が流出してるって、あなた何か妙なことを考えてるんじゃ、お願いだから無事に帰ってきて――……』
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