第二回戦ヒロイン付き



 ほっておいたら頭に降り積もってしまいそうな粉雪を振り払いながら、俺はほんの少し隆起した丘上から物騒な炸裂音撒き散らす眼下へ意識を向ける。

 レウミカパパの姿は近くに見えない。

 おそらく何らかの問題が生じているのはまず間違いないだろう。


「な、なあレウミカ? ここってオリュンポス島とかいう場所じゃないよね?」

「ええ、そうね。おそらくここはホグワイツ大陸の北方に広がる、ハーデス凍土野ね。ファイレダルという国に隣接している場所だけれど、領土的にはどこの国のものでもないはずよ」

「やっぱりか……でも、レイドルフさんの魔力なら一度直接感じ取ってるはずだから、探知は可能なのかな? よし、急いでレイドルフさんのところに――」

「ちょっと待って、ムト。たしかにここは目的地ではないけれど、探し人はどうやら見つかったみたい」

「え?」


 ここから少し離れたところで、さっきから危なっかしいパーティーをエンジョイしている謎の集団の一人に向かって、レウミカは真っ直ぐと指を伸ばす。

 仕方がないので目を凝らすと、粉塵立ち昇る中には人の姿が六つほど確認でき、その内の一人を彼女はどうやら指さしているらしい。


「クレスティーナ・アレキサンダー、あの紫髪の女が私をダイダロス森海に置き去りにして、さらにお父さんに助けを求めた張本人よ」

「あ、そうなの? じゃあ、駆けつけるべき場所はここで合ってたってこと?」

「そうなるわね。まあ、なぜこんなところにあの人がいるのか、そしてなぜあんな状況に陥っているのかはわからないけれど」


 クレスティーナという名の女性は、なるほど確かに危険な状況に置かれているようだ。

 かすっただけで骨まで蒸発してしまいそうな火炎に、純金製の様々な武器が引っ切り無しに地面や宙からその刃を向けている。

 まさに人外大戦争。

 どう考えても人間とは思えない動きを、超高速で彼らは繰り返している。

 うん。

 凄く関わりたくないです。


「おぉ、できた! 見てくださいご主人! 雪だるま作ってみました! これ、雪だるまですよね!?」

「あー、凄いねー。完全に雪だるまだねー。楽しそうだねー」


 なんだこのメイド。自由か。

 俺が胃をキリキリとさせている間に、なぜかマイマイは雪だるまを作って遊んでいる。

 どうにも俺と違って、この子は図太い性格をしているらしい。

 羨ましいものですね。


「それで、ご主人? 用事はまだ終わらないんですか? 誰をだか知りませんが、助けるんだったら早く助けに行ってきてください。雪だるまづくり楽しいんですけど、すでに飽き始めてきました」

「え? 飽きるの早くない? 一秒くらい前まで、はしゃいでたよね? 乙女心は秋の空? もう冬だよ?」


 なぜか眉がへの字に曲がった困り顔の雪だるまを、ポンポンと叩きながらマイマイは俺をジトっとした目つきで睨む。

 知らない間に、俺へのヘイトが若干溜まりつつあるようだ。

 まあたしかにマイマイはレウミカとそれほど関係がないし、彼女からすれば全く意味の分からない旅行に連れ回されている感覚なのだろう。

 仕方ない。

 さっさと俺の役目を終わらそうか。


「はぁ、じゃあ俺、行ってくるね。あの紫色の髪をした女の人を救い出せばいいんだよね? クレスティーナさん、だっけ?」

「ええ、そうだけど、一人で大丈夫なの? ……いえ、愚問ね。君は強いもの」

「え? あ、うん。たぶん大丈夫だと思う。さて、それではさっそく」


 クレスティーナさんを救出し、その後レイドルフさんのところへ飛び、それで任務完了だ。

 レウミカともう少し一緒に居たい気持ちはあるが、よく考えたらせっかく離れ離れだった父親と再会できたばかりなのだから、俺はお邪魔虫というやつだろう。

 厄介事を華麗に解決し、世界に感謝を捧げる旅を俺は再開させようじゃないか。


「《魔力纏繞》 ……紫色の髪をした女の人、クレスティーナさんを救い出せ。邪魔するやつらは無効化してくれて構わないけど、一応殺さないでおいて」


 魔力纏繞の後の言葉は、二人には聞こえないように小声。

 爆発と雪塵舞う乱戦地帯へ身、体の正面を向かせる。

 あれ? なんかクレスティーナさんを襲ってる人たちの顔、どっかで見覚えが――、



「叶えよう」



 ――しかしそこで俺の意識は薄まり掻き消え、大地を強く蹴り飛ばし、雪風吹き荒れる空へ羽ばたいていく光景だけが微かに見て取れた。







――――――




「そろそろ終わりかもしれないわね……まさか一日も持ちそうにないなんて」


 間一髪でヒトラーの剣戟を交わしながら、クレスティーナは限界が近づいてきていることを自覚する。

 ここはオリュンポス島から遠く離れたハーデス凍土野。

 敵も愚かではない。クレスティーナが魔法を使って増援を呼んだのを見て、対策を打ったということ。

 彼女の送ったアイスバードはネルトに見られてしまい、洗脳したユラウリを使ってハーデス凍土野に瞬ばされてしまったのだ。


(これじゃあ、レイドルフやあの糞餓鬼の増援も期待できない。全てにおいて向こうが一枚上手だったってわけ。やっぱりユラウリをられたのがデカかった。本当腹立つ糞ジジイね)


「クレスティーナ!」

「え? ちっ! しまっ――」


 ガロゴラールがクレスティーナの名を叫んでいるのが耳に届いた瞬間、切れ始めていた集中を戻すが一歩遅い。

 烈火の爆撃が、死角からもうすぐそこまで迫って来ていた。

 メイリスの立ち位置から考えて、その魔法をユラウリが転移魔法でサポートでもしたのだろう。

 

(こんな時まで無駄に抜群のコンビネーション見せやがって。困った姉妹だよ)


「悪い、ハンニバル。あとは任せるわ」


 クレスティーナのことをガロゴラールが助けようとするが、ヒトラーと九番目がそれを抑える。

 まず間に合わないだろう。

 あの九番目も中々に曲者で、魔法を叩き斬り、無効化する能力は正直かなり厄介だった。

 自分もまだまだ未熟だ、弟子なんてとってる場合じゃなかったかも、とクレスティーナは後悔する。

 絶体絶命のピンチ。助けてくれる人なんていない。いざという時に頼れるのは自分だけ。

 

(あーあ、こんな時、昔よく読んだ英雄譚だったら、完全無欠の救世主ヒーローがやってきてくれるはずなんだけどね。まあ英雄なんて現実には存在しないし、そもそもあたしは英雄に救われるヒロインなんて柄でもないか――)



「貴公がクレスティーナだな?」



 ――走馬灯代わりの回想が、突如遮られる。

 灼熱の猛火の代わりに、冷たい粉雪がクレスティーナの頬をうつ。

 なぜか一瞬前まで目前に迫っていたはずの爆炎は、視界の下の方にある。

 

(は? 視界の下? あたし浮いてるの? なんで?)


「あい……? なにこれ? 夢? あたし死んだの?」

「いや、貴公は生きている。治癒魔法は必要か?」


 足下はすでに雪原の地面から離れていて、クレスティーナは自らを自分の力で支えていない。

 顔を少し上げると見える、黒い髪に黄金の瞳をした見知らぬ青年の顔。

 この知らない青年の顔はどうだっていい。

 問題なのは、彼が今、クレスティーナに対してしていることだった。


「な、なななんで、あたしが誰だか知らねぇ奴に、抱きかかえられなくちゃいけないんだよっ!?!?」

「暴れないで欲しい。私が貴公を救うことに支障が出る」


 クレスティーナは、感情を悟らせない無表情を思いっきり手で押しのけようとするが、ぷにぷにと柔肌を楽しめるだけで効き目はない。

 メイリスの炎は避けたはずなのに、顔が燃えるように熱かった。

 

(それもこれも全部、こいつがあたしに俗にいうお姫様抱っこというやつをしているせいだ)


「す、救う? いや誰だよお前!? というかどっから湧いてきた!?!?」

「貴公を救う。それが彼の願いだ」


 謎の鉄仮面はクレスティーナの質問を完全に無視して、軽やかに地面へ降りる。

 まったく意味がわからなかった。


(だけど救う? こいつはあたしの味方なのか? ハンニバルの知り合い?)


「《グラキエス》」

「な、これは、氷属性の魔法っ!?」


 やっと解放されたと思ったら、今度は分厚い氷壁によってクレスティーナは閉じ込められてしまう。

 

(やっぱり敵なのか? ふざけろこの鉄仮面。どいつもこいつも。少しは説明しろってんだ)


「貴公はここで待っていてくれ。すぐに終わらせる」

「はぁ? お、おい! ちょっと待ちなさいよっ!」


 クレスティーナの言葉には全く聞き耳を持たず、鉄仮面は知らない間にまたも猛突してくる火焔に手をかざす。

 

(すぐに終わらせる? こいつは一体何を――)


「気をつけてください! 僕に狙われていますよ! クレスティーナさん!」

「ちっ、ヒトラーか!」


 跳ねた声がする方に顔を向けると、ヒトラーがちょうど黄色の魔力を一つに集中させ、今にも放とうとしているところだった。

 目算ではこれまででも一番の魔力の高まり。

 あれはまずい。まともに受ければ四肢欠損ではすまない。

 クレスティーナは、まだ若そうに見える青年に注意を促す。


「おい! お前、今すぐここから離れろっ! どでかいのが来るぞっ!!!」

「あれは敵だな。無効化する」


 だが案の定、とりあえず味方らしき鉄仮面野郎はクレスティーナの言葉をまるで聞こうともしない。

 

(こいつ死ぬ気か? あれは避けられないぞ?) 


「《金の王道レグルス・ゴールド》……おや? 新手が一人いますね?」


 グンッ、そんな衝撃波が足下の地面から伝わってくる。

 解放されたのは高貴だが、荒々しい魔力の奔流。

 メイリスの火焔すら飲み込み濁流する。

 白銀の世界が、片っ端から剛質の黄金に蹂躙されていく。

 金色の轟波を目の前にしても、だが同じ色の瞳をした青年は動こうとしない。

 そして、ついに地形ごと押し潰し、変貌させていく金波がクレスティーナたちの下へ到達しようとした瞬間――、



「最強たる者に、挫けぬものはなし」



 ――幼い面影残す青年が、小さな拳を振り抜く姿が見えた。


「は?」


 時が止まる。

 いや、それは勘違いだ。

 さっきまで恐ろしい速度で迫って来ていた黄金の壊波が突然動きを止めたため、まるで時が止まったかのように錯覚してしまっただけ。

 


「……ははっ、これは驚いた。まさか、知らない間に第二回戦リベンジ・マッチが始まっていたんですね。あの時に比べて正義と悪、立場は逆になっていますが」



 ピキリ、そんな音と共に、継ぎ目のない黄金に亀裂が入るのが見て取れる。

 視界を埋め尽くすほど巨大な金壁の前に立つのは、背中の小さな青年ただ一人。

 

(はっ、ふざけろ。こいつは今何をした? いや、何も変なことはしちゃいない。ただ、ヒトラーの絶級魔法を殴って止めただけだ)


「ずいぶんと雰囲気が変わっていますが、中身はやはり変わっていませんね。……仮面の男。仮面はもう捨ててしまったんですか。しかし反則でしょう、こんなの」


 次の瞬き。

 白銀の雪舞う景色に、細粒に砕かれた黄金が混じる。

 金と銀。

 幻想的な世界の中で、ただ一人空間を貫く黒い影。


「《クリスタライズ》」


 いつの間にやらヒトラーの真後ろに回り込んだ鉄仮面は、静かだが、はっきりと聞こえる声で魔法を唱える。

 すると直後、呆れたような苦笑の表情で固まったヒトラーが、彫刻みたいに保存されている大きな結晶が創造された。



「これで、まずは一人」



 分厚い氷の内側から、クレスティーナはどこからともなく出現した、名も知らぬ英雄ヒーローの姿をぼうっと眺める。

 

(年甲斐もなく熱くなっちまう。カッコよすぎんだろ。何者だよお前)



「そして、あと四人か」



 ただし英雄は、一つ間違えている。

 敵はあと三人だ。



(一番凶悪そうな面してる奴は、あれでも正気を保ってる味方だからな? くれぐれもよろしく頼むぜ?)



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