No.17 デイズ・レフト・2



 俺がドワーフの首都アルセイントにやってきてから五日ほどが経過した。

 ルナのお手伝いにもだいぶ慣れてきて、手伝い初日のような大仕事も大やらかしもなく、割と平穏な日々だったと言っていいだろう。

 この数日間で分かった事といえば、ルナがこの街では結構有名人であること、そして彼女が意外にも“強欲な拐奪者スナッチ・スナッチ”という犯罪組織にそこまで思い入れがないということだった。

 三年前当時の時点で、嫌々とまでは言わないが、惰性や成り行きで所属していただけだったらしい。

 当然、俺に関する恨みつらみも一切ないと言っていた。

 つまり、全ては勘違い。

 俺はルナのことを盛大に勘違いしていたということになる。

 この解釈からいえば、闇の三王を倒した後にも俺と友人関係を続けてくれたのは、案外俺に好印象を抱いていたからとも考えることができる。

 もちろん俺は、こう見えて魔法使いとしては規格外の力を持っているので、パワハラ的なアレで俺を無禄にできなかったという可能性もあったが。



「おはようございます、ムトさん。今日も一日お願いします」

「おはよう、ルナ。こちらこそよろしく」



 いつもと同じ待ち合わせ場所につけば、これまたいつもと同じようにルナが先に到着していた。

 朝に強く礼儀正しい彼女は、いつだって俺より早く来ている。今だってまだ約束の十五分前で、俺が特別遅刻しているわけでもない。

 この五日の間に一時間前に俺がついた時もあったのだが、その時ですらルナの方が早かった。

 いったい何時に来ているのだろう。明日辺りはちょっと本気を出して、三時間くらい前に行ってみようか。さすがにそのくらいすれば、俺の方が早くつくはずだ。


「いい朝ね、ルナ。それで今日はどんな厄介事を片付けるのかしら?」

「ラーさんもおはようございます。今日はとりあえず、エステさんの最近帰りが遅いという夫について調べてみようと思います」

「あー、その人、俺も覚えてるよ。たしか夫が王城の警備兵やってる人だよね?」

「はい。そうです」


 ラーが艶っぽい声で今日のメニュー訊くと、その内容は珍しく俺でも覚えているものだった。

 夫の様子がおかしい、という相談を持ち掛けてきたご婦人は、ちょうど俺がルナの助手として対応した最初の客、つまりは順番待ちで俺の次だったので印象的だ。

 俺からすれば、どうせどっかに別の女でもつくって、新鮮なツーチーに向かって腰を振っているのだと思うが、ルナは違う見解を持っているらしかった。


「とりあえずは王城に行ってみようかなと思っています」

「え? 王城って、これだよね? 中入れるの?」


 街の至るところから見ることができるド派手な高塔。

 空中通路で繋がれるそれらは、街中に蜘蛛の巣の様に広がっていて、道の上からはどこか緊張した面持ちの警備兵たちが俺たちを見下ろしている。

 

「前に相談をしに来てくださった警備兵の方がいるので、その方に頼んでみようかと思っています」


 さすがルナ。顔が広い。

 この街にも詳しくなく、ドワーフの王家の雰囲気もよく知らない俺は特に意見することもできず、黙って彼女についていくことにした。


「ムトさんは、これまで色々な場所を旅してきたんですよね。まだ行ったことがない国とかあるんですか?」

「あー、そうだな。そう言われると、わりと大体行ったことあるかもしれない。ホグワイツ大陸にある国は全部……行ったかな?」


 石色の街を歩きながら、俺はこれまでの足跡を振り返ってみる。

 この世界で初めて行ったというか、生まれた場所は今や商業国家と呼ばれるようになったアミラシルだ。

 思えばルナと出会ったのもあの国だった。

 その後は法国クレスマにちょっとしたレミジルー関係の用事で赴き、色々あった後にホグワイツ王国で闇の三王を倒したという流れ。

 それが今から三年前の話だ。


「そうなんですか。私はまだ幾つか行ったことのない国がありますね。ファイレダルや帝国ゼクターには行った覚えがありません」

「そこら辺にはわりと最近行ったよ。そこの智帝と暴帝ともあってきた」

「それは凄いですね。暴帝はまだしも、あの人嫌いで有名な智帝とよく会えましたね」

「なんかよくわかんないけど、会ってくれたよ」


 対照的な二人の皇帝を思い起こす。

 片方は今にも機関銃を乱射しそうな超体育会系ウーマンで、もう片方は握手しただけで骨が折れてしまいそうな超文化系女子だった。

 あとホグワイツ大陸にある国といえばどこだろう。そうだ。“麗帝”とかいうアホほど美人な女王がいる神聖国ポーリがあった。

 しかし神聖国ポーリには一度暇潰しに寄った以来行っていない。面倒な知り合いが一人、ポーリで宮廷魔術師とかいう役職についているはずだが、あいつは元気にやっているだろうか。


「こちらの大陸の国も全て行ったんですか?」

「いや、ここに来る前にはホビットにいたんだけど、エルフには行ったことないな。たぶん唯一まだ行ったことのない国だと思う」

「エルフですか。たしかに余程のことがない限り、行くことのない国ですから。私も行ったことありませんし」


 話しながら、俺はルナの顔を横から覗いてみる。

 プラチナブロンドの髪に、サファイアのように美しい瞳。

 そういえばルナはどこの国出身なのだろう。

 金色の髪に蒼い瞳という組み合わせだと、真っ先に浮かぶのはエルフ人だが、どうもそんな雰囲気は感じない。


「ラーさんはどうなのですか? セト・ボナパルトといえば賢人としては自由奔放で、世界中の至るところを旅していることで有名ですけど」

「そうね。私も国というくくりなら、全部行ったことがあると思うわ。私というよりは、セトだけれど」

「へー、そうなんだ。さすがセトさんだな。ちなみにラーはどこでセトさんと出会ったの?」

「デイムストロンガ大陸よ」

「え?」


 気軽な調子でラーの過去をほじくってみると、予想外過ぎて反応できない返答が戻ってきた。

 デイムストロンガ大陸。

 それはこの世界で三つある大陸のうち、唯一人の住まない大陸だ。

 死の大陸とも呼ばれ、その実態は謎に包まれている。当然俺も行ったことはない。

 知り合いの九賢人が一人、何を考えているのかソロで向かったと聞いているが、行ったきり音沙汰はなかった。

 

「デイムストロンガ大陸ですか。行ったことはないです。どんなところなんですかね」

「特に面白い場所ではないわよ。草木の一本も生えていない、荒れ果てた大地がひたすらに続いているだけ」

「なんでそんなところで?」

「さあ、なんでかしらね。不思議なめぐり合わせよ。私もセトも、気づいたらそこにいたの」


 ラーは猫目を細めて遠いどこかを見つめている。

 本当に謎の多いニャンコロリンだ。ただこのミステリアスさも声のエロさに一役買っていることだし、あまり気にしないでおこう。


「そろそろ着きます」


 そうやって適当な会話を続けていると、やがてルナが目的地への到着を教えてくれる。

 街中に建つ塔の内の一つ。どうもそこは兵舎の役割を担っている塔らしい。

 ルナは特に迷いもなく塔の方へ近づいていき、当たり前のように扉を開けようとした。



「おい、ちょっと待った。ここは一般人立ち入り禁止だ」



 だが当然というべきか、出入り口の横に立っていた兵士にそれは遮られる。

 そりゃそうだろう。一応この扉の向こう側は、もう王家の敷地内だ。簡単に入れるわけがない。


「すいません。トップさんはいませんか?」

「トップ? ……ああ、お前さん、ソリュブル兵長のお気に入りのルナ・ラドクリフか。いいぞ、入れ」

「ありがとうございます」


 しかしさすがルナ。止められたのは一瞬だけで、あっという間に顔パスをした。

 たしかにアルセイントでは彼女以外に、金髪碧眼という外見の人は見ていない。実際に知り合いでなくとも、顔だけ名前が伝わることもそこまで不思議ではなかった。

 しかもルナは美少女だ。そっけない態度を積極的にとる馬鹿な男はいないだろう。

 俺は若干デレデレした様子の警備兵を強く睨みつけておく。

 すぐにバレて、睨み返される。俺はそっぽを向いて口笛を吹き、睨んだことをなかったことにした。


「ルナの知り合いだかしらんが、余計なことするなよ」

「りょ、了解で~す」


 無駄に屈強な兵士の横を、俺は鶏のような格好で通り過ぎルナに続く。

 塔の中は少し湿気っぽかったが、思ったよりは広い造りになっていた。

 窓はなく、代わりに橙色のランプの光で満たされている。

 中央の辺りでは休憩中らしき兵士たちが仮眠を取ったり、よくわからないボードゲームに興じたりしていた。


「とりあえず警備兵たちを取り仕切っている、警備兵長のソリュブルさんのところへ行ってみましょう。エステさんの夫に関しても、何か知っているかもしれませんし」

「お、おう」


 警備兵長。肩書からしてたぶん偉い人だろう。そんな偉い人とコネがあるなんて、ルナは凄いな。少しだけ遠くに感じてしまう。

 しかしよく考えれば、俺のコネも似たようなものだ。というよりはルナ以上に派手なことになっている。俺は自分が怖くなった。


「……いましたね」


 螺旋階段を上がり続けていると、やがて他の階とは違い、たった一人しかいない部屋に辿り着く。

 その部屋では赤茶色の髪をオールバックにした肩幅の大きな男が一人、難しい顔で机に向かっていた。

 俺たちが階段を登り切ると、こちらに気づいたのか鋭い視線を飛ばしてくる。

 体格の良い身体に比べ、顔の造詣は非常に理知的なもので、敏腕営業マンっぽい雰囲気が漂っていた。


「……ルナか。どうした。お前がこんなところまで訪ねてくるのは珍しいな」

「どうもご無沙汰しています、ソリュブルさん。今日は少しお訊きたいことがありまして」

「また厄介なタイミングで来たものだな。……まあいい。力になれるかわからないが、話だけなら聞こう」


 海外俳優のような渋い声でソリュブルは、彼の机の近くにある椅子に座るよう顎をしゃくる。

 ラーとは違った色気のある声だ。俺の性別が男ではなかったら、もうそれはビショビショになっていそうだ。

 値踏みされるような視線に晒されつつも、俺もルナと同じように椅子に腰かける。


「そちらの青年が誰か気になるところだが……それはまあ後でいい。実のところ、今は俺にしては珍しく時間があまりなくてな。そこまで悠長に話は聞けないんだ。そのことは理解して欲しい」

「そうなのですか。では知りたい事だけを単刀直入にお聞きしますね」


 俺というどうでもいい存在についての説明を求める前に、まずは本題に入るそうだ。

 ソリュブルとルナの関係性がどの程度なのか俺も知りたいところだったが、どうやら話を訊く暇はなさそうだ。


「エステという女性の夫が警備兵にいると聞いたのですが、その方がどこにいるのか教えてもらえないでしょうか?」

「エステ? ……ああ、たしかカブスの妻がそんな名前だったような気がするな。つまり、ということはカブスに会いたいということか?」

「エステさんの夫がその方なら、そうですね。そのカブスさんに用事がありまして」

「……ちなみにどんな理由で? 差し支えない範囲で構わない。会いに来た理由を教えてくれないか」

「実は先日、エステさんから夫の様子がおかしいという相談事を受けましたので」

「……なるほどな」


 ここでソリュブルの顔が曇り出す。

 いったいどうしたのだろう。

 ただでさえ鋭いソリュブルの目つきが、さらに尖鋭になった気がする。


「……すまない。先ほどの言葉を訂正する。まず先に、そこの彼を紹介してくれないか?」

「どういうことですか?」

「……とりあえず確認しておきたいんだ。その彼が何者なのか。いや、この言い方は正しくないな。その青年に、どれほどの力があるのか知りたい。ルナ、君と比べてだ」


 突如話の矛先がこちらに向かい、俺は驚きを隠せない。

 どうしていきなり俺に興味を持ったのだろう。さっきまで時間がないと言っていたのに。

 ルナがアイコンタクトで、喋っていいか俺に訊いてくる。

 いまやもう革命軍の振りをする必要もなくなっている。別に構わないだろう。

 俺は頷きを返し、一応の許可を出した。


「この方の名はムト・ジャンヌダルクです。力を知りたいとのことですが、この国くらいなら数秒で堕とせますよ。私の力とムトさんの力を比べることすらおこがましいですね」

「ちょっ、ルナ!?」

「ムト・ジャンヌダルクだと? あの、ホグワイツ大陸の英雄なのか?」


 待て待て。紹介の仕方が少しばかりまずい。

 この国くらいなら数秒で落とせるとか最高に余計な一言だ。

 俺をドワーフ出禁にするつもりか。もしやホグワイツ大陸を追放させてしまったさりげない意趣返しなのか。


「……そうか。ならちょうどいい。君たち二人には話しておこう。もちろん今から俺がする話を聞いた後に、君たちが何をしようと自由だ」

「何の話を?」

「これはカブスの様子がおかしくなっていることにも関係する」


 そして何やらおかしな気配が会話の流れに漂い始める。

 これはいつもの嫌な予感だ。

 厄介事に巻き込まれる前の、これまで俺が何度も味わってきたあの匂いがプンプンしてやがるぞ。



「……二日後、このアルセイントの街にエルフの大軍が押し寄せてくるという情報が入っている。目的は破壊と殺戮だ。すなわち、このままいけばあと二日で、この世界からドワーフという国が消えることになるだろう」




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