No.3 サイレント・テロリスト



「それでどうします、ご主人? とりあえず城の方に行くんですか?」

「まあそうなるかな。没収された剣がどこにあるのかわかったりする?」

「うーん、なんだかんだあの城には長居してたので、なんとなく見当はつきますけど」

「そっか。じゃあマイマイの勘に任せてみるか」


 手枷も無事に外せたマイマイは、隣りで軽くストレッチをしている。

 俺はといえば廃屋の寂れた雰囲気に、今さらだが怯えていた。


「でも見当がつくって言っても、なんとなくですからね。あんまり期待しないでくださいよ?」

「べつに期待なんてしてないよ。簡単に見つかったらラッキーくらいにしか思ってない」

「はあ!? なんですか!? もしかしてご主人私を見くびったりしちゃってますぅ!?」

「えぇ!? どうして怒ってるの理不尽じゃない!?」


 俺が同意を示すとなぜかマイマイはぷんすか怒り出す。

 まったくもって意味がわからない。

 年頃の女の子というのはなぜこうも理解に苦しむ存在なのか。

 女性の言葉にはとにかく頷いていればいいと言ったのはどこのどいつだ。


「もういいです。早く行きましょう。オッシーのことも助けださないといけないんですから」

「というかさっきから思ってたんだけど、マイマイってそんなにオシリウレスさんと仲良いの?」

「はい。超仲良しですよ。オッシーは超可愛くて超優しいんです。見た目はちょっとアレですけど」


 俺と同じように人見知りの気が強いマイマイが、これほど他人を気に入るなんて意外だ。

 実際俺だってあの人のことが嫌いなわけではない。

 ただちょっと色々とアレなので、すこぶる苦手なだけだ。


「だいたいご主人こそどうしてこのタイミングで戻ってきたんですか? 私を迎えに来るのは春先だって言ってましたよね? あれ? あれれ? もしかしてあれですかぁ? 私のいない寂しさに耐え切れず思わず来ちゃった感じですかぁ? まったくご主人は本当に困りますよ。私がいないとまるで駄目人間なんですから」

「そんな愚かな理由じゃないっての。マイマイに預けてた剣を無性に持ち主に返したくなっただけだよ。あと俺はマイマイがいても駄目人間だ」

「またまた照れちゃって。素直じゃない人は女の子に嫌われちゃいますよ。私がいないとクズ変態駄目人間のご主人」

「なにを言ってる。俺ほど素直な奴は中々いないぞ。だから女の子に嫌われやすいのは別の根本的な理由だ。あとクズ変態駄目人間も言い過ぎだぞ。事実だったらなんでも言っていいわけじゃない」

「……なんかごめんなさい。ご主人と会話してると無性に涙が出てきそうになります」


 マイマイがとても穏やかで慈悲深い瞳で俺を見つめている。

 突然俺に惚れてしまったのかもしれない。

 性格的にはもう少しおしとやかなタイプが俺の好みだが、多くは望まない方がいいだろう。

 ドウテイ、エリゴノミシナイ。


「マイマイ、俺の顔に見惚れるのもいいけど、まずは城に向かおう」

「はいぃ? なにふざけぶん殴りたくなること言ってるんですか? ぶん殴ってぶん殴りますよ?」

「どんだけぶん殴りたいんだよ」


 すると急にマイマイの表情がそれはもう形容しがたいほどオラついたものに変わった。

 先ほどまでの優しげな表情はもうどこにもなく、眉間の皺が俺のタマキン並になっている。

 まったく相変わらず言葉遣いも態度も悪いメイドだ。

 俺以外の人間に仕えたら、まず数分でクビになるだろう。

 マイマイが男だったら俺も数秒で追放しているのは間違いない。


「ジャンヌ、俺とマイマイをアレス城に連れてってくれ。できれば人気の少ないところで頼む」


【叶えよう】


 俺は口元を手で覆い、小声でジャンヌに再び転移魔法を頼む。

 マイマイにもジャンヌの存在は明かしていないので、こうやって気づかれないようにジャンヌに言葉を贈る必要があった。

 どうして秘密にしているかと言えば、自分の中の別人格と話してるなんて言ったらどんな反応をされるのかわからないのと、単純にジャンヌへの独占欲だ。

 マイマイとジャンヌが知り合いになったら意外に仲良くなってしまい、俺が二人にハブられてしまうような気がしないでもない。

 まあそれはそれで別に構わないが、とりあえずは秘密にしておいている。


「それじゃあ行くぞ、マイマイ」

「はい。ご主人」


 斜め後ろからマイマイが俺の小指をそっと握る。

 転移魔法を使う際は、身体の一部が触れていないと移動できないと教えてあるからだ。

 ちなみにそれは完全な嘘で、触れてなくても俺やジャンヌの意志次第で転移はできる。

 俺は女の子の身体に触るためなら、平気で嘘をつく人間だった。




――――――




 仄かな光に身体が包まれたと思ったら、次の瞬間には物置小屋のような薄暗く狭い場所にいた。

 すぐ目の前には顔を真っ赤にするマイマイの小顔があって、俺は状況を理解するのにいつも通り時間がかかった。


「これはどういうつもりですか? ご主人?」

「え、え、ど、どういうつもりと言われましても」


 ドスの効いた声がマイマイから向けられるが、口下手な俺はとっさに上手い言葉を返すことができない。

 狭隘にもほどがあるこの空間で、俺とマイマイの身体はほとんど密着している。

 おそらくここがジャンヌの考える、アレス城の中でも最も人気が少ない場所だったのだろう。

 しかしここは、もしもマイマイが残念バディの持ち主ではなくワガママバディの持ち主だったのならば、それはもうどうしようもなく当たってしまいそうな狭さだ。

 もちろん残念ながら実際にはそこまで気持ちの良い部分は接触していない。

 少し腹立たしい。


「ほら、人いないでしょ、ここ? なるべくね。見つからないようにしないといけないからね。わかるでしょ?」

「そ、それはわかってますけど、ほかにも転移できる場所あったんじゃないですか?」

「ないね」

「なんでそんな自信満々なんですかムカつきます」


 ジャンヌがここがベストと判断したのなら、ここがベストに決まっている。

 俺の彼女への信頼はとっくのとうにメーターを振り切っているので、そこに疑問の余地はなかった。

 

「まあまあ、ええじゃないかええじゃないか、俺とマイマイの仲なんだから。ぐへへ」

「超キモいですご主人。もうわかりましたから早く出てください」


 口ではいつも通りだが、身体はカッチカッチに緊張しているマイマイがちょっとだけ可愛い。

 ちなみに言うまでもないが、俺の本体もカッチカッチになっている。


「ぐへへ。ぐへへ。ぐへへ」

「うるさキモいです。本当に早く出てください」


 あまりにふざけすぎてマイマイが泣きそうになってきので、ここら辺でお楽しみはやめることにする。

 まったく初心な娘だ。

 俺のように身体の緊張をさせながら脳は高揚状態にするという技を覚えるべきだと思った。


「いよっと……よし、周りには誰もいないな。ここは裏庭かなんかかな?」

「はぁ……ご主人と一緒にいると疲れます」


 無事うっかり挿入することもなく物置小屋から出ると、辺りはガーデニングされた花々に埋め尽くされていてた。

 花が盛んに咲く季節ではないと思うが、その色鮮やかな光景は見事なものだった。


「こ、ここはオッシーの個人庭園ですね」

「え? あの人個人庭園なんて持ってたの?」

「えと、はい。オッシーはお花も大好きですから」


 顔にまだ若干火照りが残っているが一応落ち着きを取り戻したらしいマイマイが、いま城のどの辺りにいるのかを教えてくれる。

 耳を澄ましてみても誰かの声や、何者かが近づく気配も感じない。

 静かで、美しいところだ。

 花を愛でる趣味なんて俺にはないにも関わらず、たまにはこういう場所でゆっくりするのもいいかもしれないなどと柄にもない事を思った。


「城の中に繋がる扉はあそこです。鍵の番号は私が知ってますので」


 マイマイの先導に従って歩いて行けば、あっさりと城の内部に入ることができた。

 鍵を開ける番号を教えてもらっているとは、どうやら自称ではなく本当に暴帝オシリウレスと仲が良いらしい。

 マイマイがあの筋肉の鎧に覆われた皇帝と普段どんな会話をしているのかまったく想像がつかなかった。


「まずは武器庫ですかね。もしかしたら珍品が詰め込まれてる宝物庫かもしれないですけど」

「その二つの場所はわかる?」

「はい。覚えてます」


 周囲に注意を払いながらも、マイマイは迷わず通路を進んでいく。

 俺と違って彼女はそれなりに頭の出来がよく、記憶力には定評があった。

 そして城の中も人員不足なのか、平時に比べて人が少ないように思える。


「けっこう荒らされてるね。壁や床にヒビが沢山ある」

「そうですね。これも全部ムト・ジャンヌダルクの仕業らしいですよ」

「だから俺はやってないって!」

「大声を出さないでください。指名手配犯なんですから」

「うっ……!」


 呆れた顔でマイマイが口に指を一本を当てる。

 さっきのお返しのつもりか知らないが、どうやら俺をからかいたくて仕方がないようだ。

 だが改めて考えると、ずいぶんとおかしなことだ。

 その俺の偽物は本当に一人でこの城で起きた事件を起こしたのだろうか。

 たった一人で城の中を破壊し尽くし、五帝とまで呼ばれる大陸指折りの実力者である暴帝オシリウレスを無力化させる。

 これはとんでもないことだ。

 目的も不明、力も未知数。

 ここ三年ほど続いていた平和に、不穏な影が忍び寄っている気がしてならなかった。




「ご主人、あれを見てください」

「ん? どうした? 着いたの?」


 そうやってしばらく歩き続けていると、唐突にマイマイが静止の言葉を発した。

 何かを見つめる蒼い瞳を追ってみれば、そこには小さな人影があった。


「あれは?」

「さあ、わかりませんね。パッとみ帝国兵に見えますけど」


 廊下を曲がった先に見えたのは、何かを小脇に抱える一人の少年だった。

 黒い髪に真紅の瞳。

 おそらくこの国の生まれだろう。

 歳はずいぶんと若く見えるが、身に付けている軍服からある程度の年齢には達しているのだと推測できた。


「どうします?」

「まあ普通にやり過ごせばいいんじゃない?」


 少年は何かに怯えるように辺りを忙しなく窺っているが、俺たちの気配に勘づいているというよりは、自分自身が隠れて見つからないようにしている印象を受ける。

 俺が下痢便を漏らしたパンツを捨てに行こうとするときの動きにそっくりだ。


「あれ。でもご主人、あの子が持ってるのって私たちが探してるものじゃないですか?」

「え?」


 はっとしたようなマイマイの言葉で、俺は挙動不審な少年への視線を強くする。

 その小脇に抱えられているのは、刃のない柄だけの剣。

 残念ながら我がメイドの指摘は正しいようだ。

 あれは間違いなく俺が九賢人のセトさんから借りた“無刃のヴァニッシュ”。

 どうしてこんなことが起きているのかわからない。

 まさかあの剣の価値に偶然気づいた少年が、王(おに)のいぬ間によからぬことをしでかそうとしているのか。


「まじかよ。どうすればいいんだこれ」

「どうするもなにもあれはご主人の物なんですからぶん殴って取り返しましょう」

「待て待て落ち着け。何かしら理由があるのかもしれないし、そもそもあれは俺の物でもない」

「じゃあこのままにしておくんですか?」

「それはまずい。あれはセトさんの持ち物だ。他人に渡すわけにはいかない」

「なら迷う必要はないじゃないですか。早くぶん殴りましょう」

「だからどんだけぶん殴りたいんだよ」


 少しばかり過激な皇帝としばらく過ごしていたせいか、マイマイがやけに攻撃的な思考の持ち主になっている。

 それとも俺が優柔不断なヘタレ野郎なだけなのか。

 仕方ない。

 実に不本意だが、最悪手荒な真似も覚悟しよう。

 よし。行くぞ。

 すぐに行くぞ。

 今すぐ行くぞ。

 うん。行くぞ。

 一回深呼吸したら行くぞ。もう行くぞ。

 そうだな。

 三秒数えたら行くぞ。

 さすがに行っちゃうぞ。


「ほら、いつまでチンタラしてるんですか。行きますよ、ご主人!」

「ちょ、俺のタイミングでイかせてよ!?」


 しかしマイマイは俺の精神統一をまったく考慮せず通路に飛び出す。

 俺もそれにつられて慌てて少年の下へ駆け寄った。


「はい、ご主人!」

「うひぃ! 背中押さないで!」


 なんだかんだで面倒な役割を嫌い弱腰なマイマイは、俺を前に突き出す。

 心の準備がまるでできていない俺と、やはり幼げに見える少年と視線が合致した。

 生まれたのは最高に居心地の悪い沈黙。

 少年はまじまじと俺の顔を眺め、肩をプルプルとさせ、息すら止めているようだ。

 よく見ると、結構可愛い顔してるな。

 そんなギリギリの心を読まれたのか、少年の反応もまた俺の想像を上回るものだった。



「きゃああああああっっっっ!!!!!!」



 耳を劈く悲鳴。

 白目を剥いて倒れる少年。

 床を何度か跳ねる無刃のヴァニッシュ。

 再び戻った沈黙に少しだけ哀しい気持ちになる。



「ご主人の顔を見ただけで気絶しちゃまいしたね」

「……そうだな」



 どうやら俺は知らない間に顔を見せるだけで気を失わせることができるようになったらしい。



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