第35話「やられてばかりはいられないのです」
次の日のことだ。
厚木さんが話しかけた子が、
「山田さんって小学生の時、スカートの裾がタイツのゴムに挟まって後ろが恥ずかしいことになっていたらしいわね」
「へー大胆ねぇ」
「だけど、天然なふりして実は露出狂だったりして」
「ああいうおとなしいタイプは意外とそういう
さらに厚木さんが峰草さんと話していると、
「峰草さんって中学2年生まで父親と一緒にお風呂に入っていたそうよ」
「なにそれ? 全然身体が成長してなかったってこと?」
「単純に父親がロリコンってことなんじゃないのかな」
「峰草さんもまんざらじゃないの? あの子ファザコンでしょ」
「え? それじゃ、禁断の恋?」
「うわ、父親となんてキモイよ」
過去の失態を掘り起こして
今はまだ学校に来られなくなるようなネタには触れないが、いずれ大きな爆弾を破裂させる気満々なはず
そんな感じのことが続くと、さすがにみんな厚木さんと距離をとるようになる。これって、わりかしスタンダードなイジメだよな。
孤立させるのは、精神的に一番ダメージを受けるからね。
厚木さん自身もクラスの子に迷惑をかけたくないと思ったのか、休み時間は教室から出てくようになる。自分への攻撃なら受け流すのだろうが、周りを攻められたら防ぎようがないからな。
でも、1組には仲の良い
それでも俺としては、こんな状態を放置するわけにはいかなかった。厚木さんのあの優しい笑顔を教室で見られないのはつらい。
このままあいつらをなんとかするにしても、正攻法で戦うには分が悪い。向こうはチームでこっちは一人だからな。
孫子の兵法でも応用するならば、『我は
つまり、各個撃破こそが俺の取るべき戦略である。
増長を含めて
そのために最適な策は……。
放課後もその事を考えながら部室へと向かう。ちょっと志士坂に相談したいことがあったからだ。
部誌の製作が終わった後も、厚木さんや高酉や黒金は部員として入り浸るようになり、文芸部の本棚はそれぞれが持ち寄った本で埋まりつつあった。
今日は厚木さんと黒金は用事があるために先に帰っていた。厚木さんが来ないなら高酉も来ないわけで、当然、志士坂と二人だけになるが……まあ、教室の例の件で相談するのにちょうどよかった。
「あれ? 今日は部活に参加するんだ。けど、厚木さん来ないんじゃないの?」
扉を開けると、志士坂が読んでいた本から顔を上げてこちらに笑顔を向ける。
ちょっと前までこいつは小悪魔系のいじめっ子のリーダーだったのに、最近じゃ牙を抜かれて飼い慣らされた猫という感じだ。いや、懐き具合は犬っぽいけど。
「ちょっと志士坂に聞きたいことがあってな」
「聞きたいこと?」
「
「そういえば最近、厚木さんに突っかかってくるよね」
「いや、あれは完全に潰しにかかってるだろ?」
「まあ、うん。そうかもね」
「で、だ。ちょっと
俺一人では人を見る目に偏りが出てしまう。それは志士坂や黒金の件で反省した。だからこそ第三者の視点を取り入れる必要がある。
「なんで?」
「いや、ちょっとあのグループを解体しようと思って」
「は? 土路くん、理由というか過程を飛ばしすぎだよ。どうしてその考えに至るのよ?」
たしかに説明不足だったな。とはいえ、オレの中ではそれが最良の答えではある。あとで、ラプラスに演算してもらおう。
「そりゃ、厚木さんへのイジメを止めさせるためだよ。最初はどうやってあいつらに対抗しようかと思ったけどさ」
「カースト上位に対抗するには、それなりの発言力がないときついよ」
ローカルルールに縛られる『教室』という狭き世界。でも、その世界では『序列』こそがすべてだった。
「うん。だから、グループに対抗するってこと自体を考えから排除したんだ。だって、とても簡単方法で、やつらの牙城を崩すことが可能なんだから」
「それでグループの解体を?」
「そう。
「はぁー」
志士坂は深い深いため息を吐く。そして何か諦めたように、微笑んでいるんだか困っているんだかわからないような微妙な顔で俺を見つめた。
「いけないのか?」
「土路くんって、ほんと厚木さんの為なら手段を選ばないよね」
「いや、イジメはよくないだろ。俺は正義のために」
咄嗟にそんな言葉を取り繕う。
「いいよ。あたし知ってるから、あなたが厚木さんを好きなこと」
「ははは……そういえばバレてたんだっけ」
苦笑いしかでない。前に言われたんだった。
「まったく……」
「分かってるならいいよ。だからこそ、おまえには優しくできないぞ」
こういう時は開き直るしかない。というか、こいつには優しくする必要なんかないんだから、本音を言えばいい。
「それはかまわない。けどさ、土路くん。厚木さんは難しいと思うよ」
改めて他人に指摘されるとキツいな……。
「どうして志士坂はそう思うんだ?」
「最近、厚木さんと親しく話すようになって、わかってきたの。土路くんと厚木さんはそこそこ仲が良いと思うけど、それでもあの人は恋心を抱くまでには至らないんじゃないかって」
とりあえず性的マイノリティーのことはバレてないな。あんまり深く話して気付かれて、厚木さんに迷惑をかけるわけにはいかない。
「まあ、その話はいいよ。今は
俺は強制的に話を終わらせる。
「でも……」
「くどい! 俺は俺の事情であのイジメを止める。そこに手段は選ばない」
「ご、ごめん」
「謝らなくていいよ。自分でもわかってるんだよ。
ラプラスではなく生身の人間に忠告されたことに、俺はわずかながらショックを受けていたのかもしれない。段々と気弱になっていくのを自覚する。
「本当にごめんなさい。あたし、あなたを傷つけるつもりも追い詰めるつもりもなかったの」
あー、もう。こういう時は気持ちを切り替えることが肝心だ。優先順位を考えれば、どうみても俺なんかの恋路より、
「志士坂、おまえの見解を聞かせてくれ。
強引に話題を修正する。
「う、うん。そうね、まずサブリーダー的存在は
彼女は正当派美人というより薄いメイクで少し華やかさがある。基本的にうちの高校は、派手なメイクさえしなければ教師に
もちろん学力がそれなりに上ならばという条件が付くが。
うーん……志士坂の分析で気になるワードがあるな。
「野心家?」
「ちょっと前に朱里と陽葵と話したことがあるの。リーダー格の
そういえば増長は、学力では学年8位だったな。
「彼女としても無理にリーダーの座を奪おうという気がないのはそのせいか」
「けど、増長さんは、たぶん自分の方が男子にもてると思ってるかも」
「そうなのか?」
「うん。
「なるほど、おまえって結構人を見てるんだな」
富石の直感的な人を見る目と違って、こいつは正確に分析しているなぁ。
そりゃ、カースト上位を狙おうとしていたグループにいたんだもんな。他人をよく観察しないと生き残れない世界だったのかもな、女子って。あー、怖い怖い。
「そうだね。もともと他人の顔色を覗うような性格だったし、そこに人の弱みとかを見抜けるように陽葵と朱里に鍛えられたからね」
「けっこう嫌な性格だな」
「悪かったわよ……ほんとうに反省しているんだから」
「でもまあ、今はその能力に期待している。次にあのグループの中で影響力がありそうなのは?」
「
「あいつ地味子だから、なんで
「外見は地味だけど、実はわりと性格悪いわよ」
「え? そうなの?」
「あのグループは、ただでさえアクが強いから目立たないかもしれないけど、よく聞いてるとエグいことを結構言ってるかな」
あ、そういえばそうかもしれんな。
厚木さんがビッチ呼ばわりされてた時は「クラスの男子全員食べられちゃっていたりして」とか言ってたし、山田さんが失敗したエピソードでは「天然なふりして実は露出狂だったりして」って言ってたな。峰草さん時なんか「父親がロリコンってことなんじゃない」って、えらい際どいこと言葉を吐いてたな。
「なるほど。で、あとの二人は」
「
持国と広目って、津田と南みたいに性格的に差がないからな。髪型でいえば持国が三つ編みのポニーテールで、広目がナチュラルショートのサイドを耳かけする感じか。
単体もしくは二人だけなら、さほど脅威ではない。
何か仕掛けるのであればわりと簡単に事は運びそうだな。逆に増長と多聞さえ籠絡しておけば、あの二人は苦労しなくても落ちそうだし。
「わかった。ありがとう。これで策略の方向性を定められたよ」
「策略って……なんか、土路くん楽しそうね」
「そうか? 俺はこれだけが取り柄だからな」
「あ、あたしもなにか手伝おうか? 前もほら、不動産屋行く時に手伝ったじゃん。涼々ちゃんの子猫の時も」
「へ?」
「だから、
「いや、でも、志士坂は今回、あいつらにイジメられてないじゃん」
「土路くんだって、いじめられてないでしょ……じゃなく、あたし、もうイジメを見て見ぬふりをするのはやめたの」
黒金涼々の時とは状況が違う。今回は一歩間違えれば、志士坂にもヘイトが行く。そういう危険はあった。
「おいおい。無理はするなよ」
たぶん、こいつなりの罪の償い方なのだろう。ただし、そんなものは報われない。何人助けようが、千種寧々は志士坂凛音を許しはしないだろう。
「言ったじゃない。イジメられる子にとってみれば、イジメる子と助けない子の間に差はないって。だったら、あたしは助ける方に回る」
「そんなに気張るなって言っただろ。正義の味方は疲れるだけだぞ。俺が今回動くのだって、正義の為じゃない。厚木さんの為だ」
もう隠す必要なんてない。だから何度でも言ってやる。
「別にいいでしょ。人が動く理由なんていろいろだよ。あたしは誰かをイジメたっていう十字架を背負っている。それを少しでも軽くするためだよ。自己満足でしかないけど……ううん、自己満足だからこそ、こうやって動くしかないんだよ」
「偽善者」
俺はぼそりと本音を言う。いや、本音じゃないな。志士坂を巻き込みたくないだけなのかもしれない。こうやって突き放せば、こいつは付いてこないのではないか。そう思ってしまったからだ。
「いいよ偽善者でも。あなたが厚木さんの為に動くなら、あたしは自分の為に動く。それなら文句はないでしょ? それに各個撃破するなら1対1より2対1の方が有利なはずだよ」
俺の策略は失敗した。彼女はそんな言葉では挫けない。原因はわかっている。俺が彼女に勇気を与えてしまったからだ。
だったら責任をとるべきだろう。
「了解。その代わり後悔するなよ」
「ありがと。なんでも言って」
その穏やかな笑顔は、猫っぽくもあり、従順な姿勢は犬なんだよな。なんで俺、こいつに懐かれてるんだ? というか、もしかして泥沼にはまってる?
◆次回予告
カースト上位の
第36話「目からビームとロケットパンチは幻想です」にご期待下さい!
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